第28話
3時近くになって会社に戻ると、まだ吉田課長は帰っていなかった。いまさら営業に出るわけにもいかないし、放置車両のことも報告しなければならないので、しかたなく課長の帰るのを待つことにした。
喫煙スペースに行く途中、事務の女性に中西から電話がなかったかを訊ねる。すでに彼のことが伝わっているのだろう、事務員は首を横に振りながら深刻な顔で答える。
タバコを喫いながら中西のことを考える。ただ願うのは病気でもいいから無事であることばかりだ。
喫煙スペースから戻ると、課長の吉田が出先から戻ったばかりで、まだデスクに着いていない状態だった。
「課長、行って参りました」
「ご苦労さん。で、どうだった?」
「間違いなくうちのライトバンでした」
そう答えたあと、すべての経緯を細大漏らさず伝えて自席に戻った。
しばらくして、名刺の整理をしていた真田のところに、課長が歩み寄って来た。
「真田くん、いま部長と相談をしてきたんだが、部長は明日博多に出張で都合が悪いらしいから、きみ俺と一緒にもう一度横浜に行ってくれないか?」
「そういうことでしたら」
真田は名刺の束を手にしたままで答える。
「すまんな。それときみが言っていた捜索願の件だが、部長と相談した結果、もし万が一事件に巻き込まれていると困るから、一応出すだけは出しておこうということになった。彼が無事なら取り下げればいいことだからな」
吉田の口振りはそれほど深刻に考えていないように受け取れるものだった。
「そうですか」
「で、行き方なんだけどどうする? 電車で行くか、それとも車で一緒に行って別々の車で戻って来るかのどっちにする?」
「私はどちらでもいいです。課長の都合で結構です」
結局一度行って道程もわかっているということで、朝一番に車で会社を出ることになった。
東名高速に乗り入れた頃、それまで黙っていた吉田が、
「きみは結構彼と仲がよかったみたいだが、何か心当たりでもないのかね?」
と、まるで責任が真田にあるような言い方で訊いてきた。
「いえ、先週の金曜日に一緒に飲みましたが、蒸発する素振りはまるでなかったです」
嘘ではなかった。あの日すこぶる機嫌よく飲んで歌っていた中西は、電車の駅で別れるまで終始愉しそうで、月曜の朝だっていつものように便々たる腹を揺すりながらにこやかに話しかけてきたものだ。
「そうか――」
吉田はそれっきり黙ってしまった。
10時半近くに青葉警察署に着いたふたりは、交通課に顔を出して車両引き取りの手続きを済ませたあと、生活安全課の窓口に行き、とりあえず捜索願について話を聞いた。
捜索願には「一般家出人」と「特異家出人」とがあり、中西の場合は犯罪が絡んでいる可能性があるので「特異家出人」の捜索に該当する。原則として捜索願を提出するのは、家出人の住居を管轄する警察書に届け出るものなのであるのと、身内が届け出るものだが、家出人の使用していた車両が放置してあったことと、身内がいないということがあって吉田課長が代理でこの警察署に提出をすることにした。
無事届け出を済ませて警察署を出た時、真田は思い立ったことがあって、課長の吉田に口頭で月曜日に1日休暇を取りたいと願い出た。理由を訊かれたが、私用ですとだけ答えておいた。
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