第27話
警察署の少し傾斜のついた駐車場に車を停めると、神妙な面持ちで交通課に顔を出した。
「ご苦労さまです」
しばらく真田を待たせた若い警官は、言ったあと手にした調書に目を落とした。
「N自動車販売の方ですね?」
「はい、真田と申します。吉田の代理でやって参りました」
「そうですか。早速ですが、一緒に現場に行って頂いて、お宅の車に間違いないか確認願いたいと思います」
「わかりました」
真田はふたりの警官と一緒にパトカーに同乗すると、不安な気持を隠せないまま中西のことを考えつつ窓外に流れる景色を眺める。絶え間なく聞こえる耳障りな無線の音が気持を逆撫でする。隣りのシートの半分くらいのところまで紫外線をたっぷり含んだ秋の陽射しが鋭角的に入り込んでいた。
狭隘な住宅地を抜けると急に緑が多くなる。やがてこどもの国の広大な駐車場が見えはじめると、パトカーはすぐ横の道に沿ってしばらく走ったあとゆっくりと停まった。
「あれです」
言われて右手を見ると、空地の隅に突っ込むようにして見慣れたライトバンが停められているのが目に入った。
間違いなく会社の車である。ナンバーからすると、この前追跡した時に使ったやつだ。
「間違いなくうちのライトバンです。でもなぜここに?」
真田は外から覗きながら零すように訊ねる。
「いや、それは……」
若い警官は、曖昧な返事をしながらライトバンの取っ手に手をかけ、ドアを開ける。
警官と入れ替わって社内を覗き込んだ真田は、真っ先にキーを捜した。しかしどこを見てもそれらしきものが見当たらない。後部ドアを開けてもらって捜したがやはりない。
「何か?」と、若い警官が訊く。
「いや、車のキーがどこにもないんです」
「もともと車内についてなかったですよ」
「どこかそのへんに棄てられてるとか……?」
「いやこちらも気になってあたりを捜してみたんですが見当たりませんでした」
「となると、移動させるわけにもいきませんね」
「きょうはキーをお持ちでは?」
「はい。会社に予備は保管してありますが、急いで来たので持ち合わせていません」
若い警官はもうひとりの中年の警官と何やら相談をしはじめた。
「そういうことでしたら、レッカーを呼んで移動させることにします。一時的に本署のほうで預かるようにしますので、明日にでも引き取りに来てください」
「わかりました。ところで、この車を運転していた者が中西という営業マンなのですが、このところ会社に姿を見せないんです。今朝も上司と彼のことを話してたところにそちらから電話が入ったという次第です。一体彼はどこでどうしているんでしょう?」
真田は交通課の警官に訊ねても無駄だとわかっていたものの、自然と口から出てしまった。
「本件は放置車両ということでご足労願ったわけですから、そういうことでしたら、捜索願を出して頂かないと、こちらとしては対処のしようがありません。もしそういった可能性があるんでしたら、少しでも早く手続きをされたほうがいいんじゃないでしょうか」
もうひとりの中年の警官が事務的な口調で話した。
真田は瞬間的に、もし事件に関係していた場合、車を移動させたことによって現場の維持ができなくなってしまのではないかという危惧を抱いた。
と同時に、脳裡に中西のあの屈託ない笑顔があぶり出しの絵のように浮かび上がってきた。たった3日だけだが、もう随分顔を見てない気がして、無性に会いたい気がした。
「そうですね。早速会社に帰って上司と相談いたします」
真田はそう返事したあと、背筋に寒いものが走るのを覚えた。
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