第12話
中西の乗って来た車の中で時間を潰し、2時を少し過ぎた頃になってマエダビルの前で待っていると、この前の老人が相変わらず元気のない足取りでビルから出て来た。
「どうも」
真田はほっとしながら頭を下げて近づいてゆく。
老人は覚えていたとみえて、真田の顔を見ると、犬が飼い主の機嫌を窺うかのように上目づかいでわずかに頭を下げた。
「少し時間、よろしいですか?」
「はあ」
老人はどこか怯えているような目で返事をした。
「では、すぐそこに喫茶店がありますから、そこで10分ほど……」
真田はとてもそれくらいの時間で老人を開放しようとは思わなかったが、とりあえずそう言って先方を安心させることが肝心だと思った。
店には他に時間差で昼食を摂る一組の客と、商談を交えながらコーヒーを飲む一組だけである。
「はあ」
真田はコーヒーを3つ注文したあと、最近は滅多にしたことがないのだが、リラックスさせる意味で老人にマイルドセブンを勧める。老人はどうしたものか逡巡を見せたが、よほど喫いたかったとみえて、恐るおそる手を出した。
真田がライターの火を差し出すと、顔を突き出してタバコに移したあと、俯いたままちからなく喫った。目の前に坐っている老人の表情は、2匹の蛇に睨まれた蛙のようだといっても大袈裟ではない。
「あのう、お忙しいところを、本当に申し訳ないです。早速なんですが、お訊きしたいことがありますので、お教え願えませんか」
真田は老人を腫れものにでも触れるように大事に扱っている。
「訊きたいことですと?」
老人はこれからされる質問に不安を顕わにしながら、タバコの灰をぽんぽんと落とした。
「はい。お訊きしたいというのは、ご主人がかよってみえる、日本臓器製造についてなんです」
「あの会社がどうかしましたか?」
老人はようやく質問の中身を聞かされたからか、少し余裕のある表情を見せた。
「あの会社のことが知りたくて、自分なりにちょっと調べようとしたのですが、どうしてもだめだったんです。そこであの会社から出て来たご主人にお訊きすれば多少のことはわかるかなと思ったんです。いえ、けしてご主人にご迷惑はおかけしません」
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