第13話

 真田はコーヒーを飲むことも忘れて、懸命に訊き出そうとしている。

「はあ。だがその前に、あんたたちはなぜあの会社を調べようとしてみえるのかな?」

「わかりました、ご説明させて頂きます。私どもは、こういう者です」

 真田と中西は各々の名刺入れから1枚取り出して老人に手渡す。

「この前と同じもんですな」

 老眼鏡の奥にある黄色く濁った目でしげしげと眺めた。

「はい。ご覧の通り私どもは車のセールスの仕事をしています。大体は跳び込みでどこの会社にでも顔を出すのですが、やはり事前に会社の内容を知ってから営業をしたほうがすんなり契約が取れることがあるのです。これまでこのあたりのビルを1棟1棟回って来て、今度あのマエダビルに入ってる会社を訪ねようと思ってるんです。それがあの会社のことを知りたい理由なんです。どうかご協力をお願いします」

 そこまで喋った真田はようやくコーヒーカップに手を伸ばした。

「いまあんたが言ったことに間違いはないだろうね?」

「はい」

「そういうことなら……。でもその前にタバコをもう1本よんでもらえんかね」

 老人は目蓋を押し上げて真田の顔を見ながら言った。

「ええどうぞ、どうぞ。1本でも2本でもお好きなだけ喫ってください。なくなったらまだ予備がありますから」

 それを聞いた老人は嬉しそうな顔を見せて真田から火をもらった。真田にしてみたらタバコくらいで情報が得られるくらいなら、これほど楽なことはなかった。

 同席している中西は、これまでひと言も口を利かずに、ただ黙ってふたりのやり取りを傍聴している。

「あそこはですな、人間の臓器移植に関する情報を教えてくれる会社で、わしらのような臓器のことで悩んでおる者に救いの手を差し伸べてくれるんですよ」

 真田が老人の顔を正面に見ると、老眼鏡の奥にある目が泪で潤んでいるように見えた。

「あっそうなんですか。そういう会社だったんですか。通るたびに看板を見るのですが、もひとつよくわからなくて……。ところで、いま、『わしらのような臓器のことで悩んでる』と言われましたが、もし差し支えなければどういうことかお話し頂けませんか?」

「うむ。まあ隠すようなことじゃないから、別に話して聞かせてもかまわんと言えばかまわんが」

 老人は自分のものでもあるかのように新しいタバコを咥えながら言った。

「ぜひ……」

「この前あんたに家内が入院しとることを話したと思うが、私の家内が僧帽弁閉鎖不全症――つまり心臓弁膜症を罹っておりましてな、手術をしたんですが術後の経過がいまひとつ思わしくなくて、いまJ大学病院に再入院をしとるんです。ところが医者が言うには、このままの状態ではそれほど長く生きられないので、延命を望むのならあとは人工心臓か心臓移植しかない、と言うんです。だが、家内には心臓移植を待つ時間の余裕というものがないんです。残されたのは人工心臓なのですが、なかなか私自身の踏ん切りがつかず、どうしたらいいものか悩んでいた時に、偶然ある人にここを紹介してもらったというわけです」

 老人が手元のグラスに入っている水を一気に飲み干すのを見て、真田はコーヒーを3つ追加した。

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