第9話

(一体どういうことだ――)

「……?」

「調べたんですよ。ところがインターネットで調べてもそれらしきものが見つからなくて、とうとう法務局まで行きました」

「法務局?」

 真田はつい身を乗り出してしまった。

「M区にも、隣りのS区にも『日本臓器製造株式会社』という法人はないんです」

「だって、先週おまえは俺の話に耳を傾けなかったじゃないか」

 なぜ中西がそこまでやる気になったのか不思議でならない。

 そこに注文した焼き鳥の五本が目の前に置かれた。ハツの串焼きを歯でしごいたあとビールをひと口飲んで、

「そうなんですが、あの日先輩と別れてからなぜか日本臓器製造というのが頭から離れなかったんです、布団の中に入っても。それで自分なりに調査したというわけです。でも、どうしてもその会社が見つからなくて……。結論から言うと、法人ではなくて個人事業所ではないか、と」

 と、中西はトーンを落とした。

「なるほど。でもおまえがそこまでやるとは、思いも寄らなかったよ」

 真田は共通項ができたことでほっとしたのか、薄笑いを浮かべてジョッキを空けた。

 そして、ビールとつまみの追加をしたあと、

「なあ、中西。酒のツマミにあの話の続きを聞く気があるか?」と、タバコに火を点けながら訊く。この前のような肩透かしはごめんだ。

「聞きたくないことはないです。だって僕もここまで首を突っ込んでしまいましたから、これで放り出されたら消化不良になりますよ」

 中西はこれまでとは別人のようになって言う。真顔だった。

 きょうは遅くなりそうな気がした真田は、携帯で家に連絡を入れた。

「そうだな。おまえに粉をかけたのはこの俺だもんな」

苦笑いをしながら言った真田だったが、どこまで話そうか迷っているふうに見えた。

「何か新しい情報でも?」

「じつは、きょうその会社に行って来た」真田はさらりと言ってのけた。

「えッ!」

 中西は真田の意外な言葉に、思わず手にした箸を落としそうになる。

「行って来たんだよ」

「で、どうだったんです?」

「挨拶を兼ねて入り込もうとしたんだけど、門前払いを喰らってしまって、オフィスの内部を見ることはできなかった。でも見れないとなると、見たくなるのが人情だよな……」

 真田はビアグラスを空けると、そのあとに会った老人のことなども交えてつぶさに中西に話して聞かせた。

するとこれまで黙って聞いていた中西が思わぬことを口にした。

「先輩、もしよかったら、来週の金曜僕も一緒に行きたいんですが、だめですか?」

「おまえが? 何でまた」

「だってそうでしょ、先輩が話の口火を切ったんですからね。ここまで聞かされて突き放されたら、この出かかったアドレナリンをどう鎮めればいいんです? まあそれは冗談として、僕も一度その会社を見てみたいんです」

「それほどまでにしなくてもいいと思うけど――わかったよ、おまえがそこまで言うんならそうしたらいい」

 真田がタバコを点けようとして周りを見ると、店内には自分たちの他に一組しか客がいなかった。カウンターの向こうではせわしく食器を洗う音が絶え間なかった。

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