第8話

 まだ平均的な退社時間までには少し余裕があったので、十軒ほど回って会社に戻った。

 すると、待ち構えていたように中西が真田に声をかけてきた。

「先輩、どうですか?」

 中西は指を筒状にして口の前で手首を返す。

「ああ、いいけど」

 このところ週末になると必ずと言っていいほど飲んで帰るので、家では何も言わなくても勝手に夕食を済ませている。

 一時間してふたり揃って会社を出た。秋の日は釣瓶落としとはよく言ったもので、街はすでに濃い闇に包まれている。信号の赤い色がやけに鮮やかに見えた。

「いつものとこでいいよな」

 真田は歩きながら中西に念を押すように訊く。

「酒さえ飲めればどこでもいいです」そっけない返事を返す。

 中西は飯のついでに1杯飲めればどこでもかまわなかったから、真田が行くところならどこでもよかった。あまりこだわりを持っていない。

 半次郎に入ると金曜日ということもあってか、店中が共鳴していた。本当にこの国は崖っぷちに立たされているのか疑りたくなるような光景だった。自分も同じ境遇であることを忘れて席を捜していると、たまたま帰る客がいたために何とか確保することができた。

 坐るや否や店員に生ビールと焼き鳥の盛り合わせを注文する。そうでもしないといつまでも放って置かれそうなくらいひっきりなしに注文が飛び交っている。

 儀式でもあるかのように乾杯を済ませると、突き出しの肉ジャガを口に放り込んだ中西が、

「この間のあれは、幽霊会社じゃないですか?」と、突然口にした。

「ん……?」

 真田は一瞬中西が何のことを口にしたのかわからなかった。

「やだなあ、先輩がこの前いっていた日本臓器製造とか言う会社のことですよ」

 中西は真田の反応の悪さに苛立っている。

「それって、この前ここでおまえに話した、あの会社のことを言ってるのか?」

「そうです。あれから僕なりに調べて見たんですが……」

 真田は中西の言っていることがよくわからなかった。

日本臓器製造という会社について自分なりに調べたと言っている――あの日まったく興味のない素振りを見せていた中西が。

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