第2話 万引き事件

 この娘が中学一年の時、ちょっとした事件があった。娘と同じクラスの男子生徒三人が、コンビニで万引きをしたのである。三人とも経済的に困窮した家庭ではないので、単なる物欲しさではないようだが、三人のうちの一人はお坊様のお寺の門徒だったので、学校から報告を受けたときは、祖母と一緒によくお寺参りをしていたことを思い出し、何であんないい子が、と思って心が痛んだ。

 この子の家庭は二年前まで、祖母と両親の四人家族であった。ところが、この子が小学五年の時に母親が病気で亡くなり、母親が亡くなってから一人で家事を担っていた祖母も、半年も経たないうちに亡くなってしまったので、父親はこの子のためにと思って後妻を迎えた。

 新たに家族となった女性はとても優しく、この子に対しても我が子のように接してはいたが、反抗期という年齢がそうさせるのか、それともほかに理由があるのか、継母になるこの女性に対して「お母さん」と呼ぶことは一度もなかった。もしかすると今回の事件は、継母への当て付けだったのかも知れない。そう思うと、とても切なくなってしまうのであった。

 万引きのあったコンビニの店長は、一旦は警察に通報しようと考えたらしいが、この店長もお坊様のお寺の門徒だったため、お坊様がPTAの会長をしていることを知っていたので、とりあえず学校に連絡したとのことであった。

 学校から連絡を受けた母親たちは、血相を変えてコンビニにやってきた。店長室では、担任の教師と生徒たちが、保護者の来るのを待っていた。そこへ二人の母親が入ってきて、息子の顔を見るなり「本当に盗んだの? 何かの間違いじゃないの?」とか、「本当に万引きしたの? お金を払うのを忘れただけじゃないの?」などと、我が子に限ってそんなことはしないとばかりに問いただす。

 親の気持ちも分からないではないが、母親が来る前に事実確認はとれている。いくら何でも間違いで片付けるには無理がある。担任の教師は半ば呆れたような顔をして言った。

「お母さま方、少し落ち着いて下さい。先ほど店長さんやお子さんたちの話を聞いて、これが事実だということは分かっているんです」

 すると子供たちも、小さな声で答えた。

「した」

「え? 何なの? 聞えないわ」

「万引きした!」

 親のわずかな望みを裏切るように、子供たちはあっさりと万引きを認めてしまった。

「何でそんな馬鹿なことをするのよ! 世間の人に知れたら恥ずかしいじゃないの!」

 親たちはコンビニの店長に頭一つ下げず、子供たちを叱り飛ばすだけであった。そこへ、もう一人の母親が「遅れてすみません」と言いながら入ってきた。例の継母である。車を飛ばしてやってきたが、勤務先が遠いので、これが精一杯の早さであった。

 継母は先ず、「息子がとんでもないことをしてしまいました。誠に申し訳ございません」と、店長に向かって頭を下げながらコンクリートの床にひざまずいた。そして頭を床に押し付け、「本当に、本当に申し訳ございません」と、涙を流しながら何度も何度もお詫びの言葉を繰り返した。その光景を目の当たりにした男の子の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

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