たった一言の嬉しさ
@konjikinokumo
第1話 PTAの役員
今から十数年前のこと、北海道のある田舎町に浄土真宗のお寺があった。お寺にはお坊様とその奥様、及び小学一年生の息子と幼稚園児の娘がいた。その息子が二年生になった春、三人の男性が突然やってきて、「お願いがあります」と言う。
お願いの内容を尋ねると、PTAの役員をお願いしたい、とのことであった。
「私の子はまだ二年生になったばかりなので、もっと高学年の保護者の方にお願いしたほうがよろしいのではないでしょうか・・・」
やんわりお断りすると、メガネをかけた男性が、「学年委員長なので、二年生の保護者の中から選ばなければならないんです」と言う。
「学年委員長ですか・・・」
葬儀など、お寺の仕事は突然の出来事が多く、なかなか予定が立たない。だからお坊様は、こんな大役が私に務まるのだろうか?と思案していると、今度は少しぽっちゃりとした男性が、「あなたはお坊様でしょう?」と念を押すように言った。
そんな分かり切ったことを何で聞くのだろう?と思ったが、とりあえず「ええ」と頷き、続けて、「だからなかなか予定が立たないので、私には無理だと思います」と言おうと思ったら、「お坊様は私たちと違って、人前で話すのは慣れていると思うんです。ですからどうか、私たちを助けると思って、引き受けてもらえないでしょうか」と畳みかけるように言った。そして三人揃って、「どうかお願いします!」と頭を下げるのである。
さあ困った。坊主という立場上、『人助け』という言葉を聞いてそう簡単には断れない。
〈仕方がないか・・・〉
覚悟を決めたお坊様は、「では、一年だけさせて頂きます。一年だけですよ、来年はほかの方にお願いして下さいね」と答えた。
こうしてお坊様は一年間、何とか無事に学年委員長の役目を果たしたのであった。
ところが、である。息子が三年生になった春、また昨年の男性たちがやってきて、一年前と同じように「お願いがあります」と言う。同じパターンだったので、今度はこちらから先手を打った。
「今年はもう、学年委員長は勘弁して下さい。確か、一年だけですよと念を押したはずですよね。ですから、今年はほかの人にお願いしてみて下さい」
すると、「約束は承知しています。ですから今回は、学年委員長を頼みに来たわけじゃないんです」と言う。
「では、今日はどのようなご用件で?」と尋ねると、「実は、ご住職の一年間の活動をみて、皆さんがとても素晴らしい人だなあとおっしゃるんです。ですから、ぜひPTAの会長をやって頂きたい、ということになりまして、今日はそのお願いに参ったんです」
一年間学年委員長を経験したので、どうすればお寺の仕事とPTA活動が両立できるか分かってはきたが、会長ともなるとやはり、低学年の自分が引き受けるより、高学年の保護者の方にお願いすべきだろう。そう思ったお坊様は、「こんな私が出しゃばっては、高学年の保護者の方に申し訳ないと思います。ですから、今回はお断りさせて下さい」と返答した。
するとすぐに、「これは高学年の保護者も含めた選考委員全員の総意なんです。ですからどうか、PTAのために、一肌脱いで頂けないでしょうか」と懇願された。
さあ困った。『選考委員全員の総意』ならそう簡単に断るわけにもいかない。どうしたものかと悩んでいると、「私もお手伝いしますので、お引き受けされたらどうですか」と、奥方がお坊様の背中を押した。
この一年間、お寺の仕事とPTAの活動の両立ができたのも、妻の支えがあったからこそである。その妻が引き受けたらどうかと言うのだから、もう断る理由が見つからない。
「分かりました。皆さんがそうおっしゃるなら、何とかお引き受け致しましょう」と申し上げてお帰り頂いたのだが、何しろここは田舎町、小学校と中学校がくっついて小中学校になっているので、結局このお坊様は、下の娘が中学校を卒業するまでの九年間、PTAの会長を務めることになってしまうのである。
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