歳は取っても腹は減る。〜月曜デニーズ朝7時〜
Keikei3zo
歳は取っても腹は減る。〜月曜デニーズ朝7時〜
しょっぱい 酸っぱい 甘い
暖ったかい 冷たい 熱い
ソーセージを齧る。
強い塩味と油が口の中に広がり、鼻には香ばしさが残る。
ドレッシングのかかったレタスのサラダから、酸味、塩と水。
口の中が塩味で一杯になった所に、スクランブルエッグの甘みを放り込み、
ブラックコーヒーに手を伸ばす。
しょっぱい 酸っぱい 甘い
暖ったかい 冷たい 熱い
一方、薄くスライスされたベーコンは、やや冷めていた。
月曜デニーズ朝7時。
日本の真ん中らへんの地方都市。
令和10連休のゴールデンデンウィークが開けた、最初の月曜日。
飲食店が存在するから利用者が存在するのか、
利用者がいるから飲食店があるのか。
そんな事より、朝から美味い物を食いたい。
美味いコーヒーを飲みたい。
そんな欲望を満たすべく、ドアノブを押し、店内に入る。
[ベテランであろうウェイトレス]が一人、案内する暇もないくらい、
こちらに気付かないくらい、店内を忙しそうに動き回っている。
しばらくして、入り口に棒立ちしているのを見かねたのか
「好きな所に座ったらいいよ」
と、常連と思わしき老人に声を掛けられた。
「あぁ、どうも」
と礼を言い、広々とした店内の中央辺りの席に着く。
7時開店の店内にはもう先客が入っていて、後から続々と、各々勝手に座り、
「やあ」「おはよう」
などと聞こえてくる。
地方都市特有なのだろうか、大きな駐車場と広いスペースの店内。
そして、昨今の慢性的な人手不足。
老人ホームの食堂はこんな感じだろうか、などと考えがよぎった。
メニューを一通り確認した後、呼び出しボタンを押し、
[ベテランであろうウェイトレス]に、お目当ての、
スクランブルエッグのモーニングセットを注文する。
空腹で目が覚めた。
とにかく胃袋に何か入れたい。
近頃、注文式からドリンクバーに変更されたカウンターに向かい、
コーヒーを入れる。
砂糖2杯、ミルク1つ。
甘ったるい刺激とカフェインが、舌から胃へ、胃から脳に、全身に伝わった。
一杯目。
「人手不足」という名のスパイスの掛かった、
冷めかけたベーコンを口に含みながら、5分前の出来事を思い出していると、
二つほど離れた窓際席の、老父婦と思わしき人達の会話が耳を突いた。
男は耳が遠いらしい。
時折
「あぁ?」「何?」
などと、大きな声を上げながら、
「俺はもう死ぬ」
「財産を狙う人間が」
「子供が居ないと、こんなに惨めな最期か」
「やる事が無い」
「もう死にたい」
苛立ちを含んだ発言を受け止め、なだめようとする[夫人らしき人物]に対し、
「お前はそうやって茶化す」「俺が死んだ後、お前の為に」
云々。
思わず視線を向けると、[白髪の老人]が、朝の7時からビールをやっつけている。
アルコール中毒なのだろうか。
時折電話をかける素ぶりを見せては、「今日の予定は?」「あぁそうか」などと同じセリフを繰り返す。
別の人物に確認を入れているのか、あるいは・・・。
声が大きいのは、耳が遠いだけなのか、他人から理解されたくて、
無意識に大きくなってしまうのか。
~リタイアした後の人生の生き甲斐~の大切さ。
いずれにせよ、こんな会話が毎日繰り広げられているとの想像に難くない。
不幸なのは、付き合わされる[夫人らしき人物]か、[白髪の老人]本人か、あるいはホールで絶賛ワンオペ中の[ベテランであろうウェイトレス]か。
一方、こちらのテーブルでは、パンケーキとの一騎打ちが始まっていた。
小ぶりのパンケーキが2段。
ブラックのコーヒーは半分以上残っていて、丁度飲みやすい温度だ。
新しいフォークとナイフを食器箱から取り出し、
バターを薄く塗り、蜂蜜を落とす。
まず半分、さらに半分。
一口サイズに切り分けて口に運ぶ。
焼けた小麦粉と蜂蜜の甘み、バターの滑らかな舌触りを、コーヒーがリセットして盛り上げる。
甘い 苦い 甘い 苦い
向こうがアル中なら、こちらはカフェイン中毒か。
温度が適温ということもあり、皿という大陸は一気に征服された。
そして、締めにオレンジジュース。
再びドリンクバーに向かい、棚からグラスを取り出し、
機械(ディスペンサーという名前らしい)にセットして、
オレンジジュースを選択。
オレンジジュースを作ると同時に、三杯目のコーヒーを注ぎ、席に戻る。
酸っぱい 苦い 甘い 苦い
先ほどとは別の、もう少し遠い席から会話が漏れ聞こえてくる。
「民主党が」「共産党が」
と、老男子達が政治談義をしている様子。
遠い席の会話が聞こえるほど静かになった、先程のテーブルに目をやると、
注文していた食事がようやく届き、食べるのに集中している。
なんという事はない、[白髪の老人]は腹が減っていたのだ。
「死にたい」などと言っても腹は減る。
耳が遠くなっても腹は減る。
やる事がなくても腹は減る。
歳を取っても腹は減るのだ。
いずれ老人ホームが溢れ、老人ホームから地方都市、地方都市から全国へ、
国全体が老人ホームとして機能していくのだろうか?
などと考えながら、最後に残ったコーヒーを一気に飲み干し、席を立った。
伝票とともに、45円の割引チケット、ヨーグルト味のキャラメルを[ベテランであろうウェイトレス]に渡す。
計724円也。
ドアを引いて外へ出ると、街はすでに、通勤ラッシュの様相を呈していた。
街のスピードに遅れない様にしなきゃと思いながら、
ラッシュと逆方向に足を向けた。
歳は取っても腹は減る。〜月曜デニーズ朝7時〜 Keikei3zo @Keikei3zo
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