第10話 臨界突破

 頭の中が朦朧とし、余計な事が考えられなくなった。


 もう百回近く受身を取っただろうか、目は回り縺れて倒れそうになっている両足を、歯を食い縛り辛うじてキャンバスに着地させている。鮮やかなオレンジ色をした練習着を、身体中から大量に流れる汗で生地をくすませ、全力疾走したかのような荒い呼吸で早急に体内に酸素を取り込む玲佳。


 バニーこと郁美が個人的に、太平洋女子の道場で夜間に開催している通称《兎の穴バニーズ・ピット》へ参加して、既に五日が経った。


 開始当初はあまりの激しさに、もう辞めようかと何度となく思った玲佳だったが、事務所からは芸能の仕事も与えられず、沙織たち美獣軍団ベッラ・ベスティアの練習に参加も不可能とあっては、この場にいられるだけでも良しとしなければならない。それに次から次へと郁美から与えられる課題で、考える事が出来ない分悩む事がないだけに、心配性の玲佳にとって毎日のこの数時間は有り難かった。


「プロレスのを、しっかりと身体に染み込ませるの。そうすれば頭で考えなくても自然と身体が動くから。型が崩れている試合ほどみっとも無いものはないわ」


 郁美の激が飛ぶ。

 彼女も付きっきりで玲佳の相手となり、小さな身体で幾度となく技を受け続けていた。ひとつの型が終わる度に玲佳へアドバイスし、彼女の動作を微調整していく。そしてそれが郁美の納得いく形になると、玲佳へまた違った課題を与えるのだ。


「先輩、次お願いします!」


 今度は晶とのスパーリングが始まった。

 ハイスパート・レスリングを重点的に教えている玲佳とは異なり、相手に「参った」と言わせる為のグラウンド技術が要求される、いわゆる昔ながらの《極めっこ》であった。


 身体が大きくパワーもある選手ならば、己のフィジカルだけで相手を屈服させる事もできるが、そうでない選手は腕や脚の関節を極めたり、あるいは頸動脈を絞めて肉体的苦痛を与え相手を降参させるのだ。それもまたプロレスの醍醐味といえよう。

 秒単位で攻守が入れ替わり、少しでも相手に隙を見せるとすぐさま関節を掴まれ、捻られ、曲げられる。だからといってガードばかり固めていても安泰というわけでもなく、肘などの鋭利な部分で急所を突き、無理矢理固めた防壁をこじ開け極められてしまうので、関節を取られまいと終始動き続けなければならないハードな稽古であった。


 郁美も晶も幾度となく、身体を押し潰してザラついたキャンバスの表面に、額や肘膝を擦り付けるが一向に止む気配はなく、より一層関節の奪い合いに熱が入っていく。

 先に晶が悲鳴を上げた。

 しっかりと足首を固定された彼女は踵を捻られ、アキレス腱から膝靭帯にかけて痛みが走る。試合では滅多に使わない郁美の踵固めヒールホールドが極まったのだ。

 だが晶も美獣軍団いちの関節技使い、一本取られたままでは終われない。逆に郁美の脚を取るやお返しにとばかりに、不自然な形に脚を曲げ自分の肩に担ぐと襟巻き固めマフラーホールドで捻りあげ膝や腰へダメージを与える。懸命に身を捩り脱出する策を講じてみるものの、全く逃げ道がないのを悟り郁美はマットを叩いて、負けを認めるしかなかった。


 先輩から降参タップアウトを奪った晶が技を解くや、郁美は膝を押さえ辛そうな表情で彼女に握手を求めてきた。これは自分の技を褒めてくれているのだ――そう思った晶は手を差し出した。だが直ぐにそれは過ちであったと身を持って知る事となる。

 握手した腕を郁美は離さず、強引に自分の方へ彼女を引き寄せると、脇固めフジワラ・アームバーを極め晶の身体をマットに這いつくばらせた。


 逃げなければ!――頭の中でけたたましく警報サイレンが鳴り響く。


 晶は捻られた腕の筋を元に戻すべく、前転して逃れようとするが郁美はお見通しとばかりに、腕ひしぎ十字固めの体勢に変え肘関節を極めにかからんとする。

 フェイントなのかそれともフィニッシュなのか? 晶は混乱するが実の所、彼女の動く方向へ合わせて技を変えているだけに過ぎず、どれでも極められる自信は郁美にはある。相手が自分の降参技サブミッションに、どこまで喰らい付いていけるのか試しているのだ。

 肘が極められのを防ぐため、仕掛けられた方の腕をしっかりとクラッチしつつ、上体を起こして技の支点ポイントをずらす晶。極まるポイントが少し外れるだけでも関節技は本来の意味をなさない。


 だが油断は禁物だ。

 末期とはいえ、ここ太平洋女子プロレスがこの業界を牽引し、プロレスラー志望の女の子たちにとってだった時代に入門した郁美は、まだ当時在籍していた今では《レジェンド》と称されている、鬼のような強さを持った先輩たちに実戦やスパーリングで嫌という程シゴかれただけあって、極めるポイントを自分で微調整できる技術を身に付けている。決して大きくはない郁美が修行の地メキシコで、幾多のルチャドーラたちに舐められなかった理由はここにあった。


 マットに背を付けた状態から、ぐいと腰を前に突き出す郁美。晶の肘関節が逆方向へ曲り、激痛が腕のなかを電流の如く駆け回る。

 これ以上力が侵入してくるのを防ごうと、晶が極められている腕へ添えようと反対側の手を出した途端、上半身が力強く下へ引っ張られ思わず膝を付いてしまう。待ってましたとばかりに郁美が彼女の手首を捕まえたのだ。そして両腕を交差させ身動きを取れなくすると腕十字固めを解き、内腿を深く絞め頭を自分の腹の方へ押した――三角絞めの完成だ。

 絞め付けられる事で自身の肩が、首筋にはしる頸動脈に食い込み血流が鈍くなる。

 晶の意識は次第に遠退いていく。失神おちまいと歯を食い縛り、我慢するがとうとう耐えきれず、郁美の太腿を強くタップし降参の意志を示した。



 ふたりの白熱したスパーリングを、リング下から傍観していた玲佳はそのの凄みに言葉を失い、終了してからもしばらく口を開けたままだった。試合会場でみせる、空中殺法を主体とした《楽しいプロレス》とはまるで違うの一切ない、格闘技色の強い郁美=バニーのファイトスタイルに戸惑いを感じている様子だ。


「どうしたの、玲佳さん?」


 熱く注がれる、玲佳の視線に郁美が反応する。

 離れていても鳥肌が立つほどの殺気に似たオーラは既に消え、普段通りのお人好しな《郁美先輩》へと戻っていた。


「いえ、なんと言うか……凄いですね郁美先輩って」

「ウチらみたいな中軽量級の体格だとね、極めっこは必須科目みたいなものなのよ」


 只々圧倒されっぱなしで、はぁ――と生返事を返す事しかできない玲佳を見て、郁美は補足説明する。


「例えばあなたみたいに、大きな身体を持っている選手だと、もうそれだけで強力なになって、技だの何だのという小細工が必要がないの。殴って蹴ってぶつかるだけでお客さんは「凄いっ!」って感じてくれるからね」


 自身の体躯に、コンプレックスを感じている玲佳は「大きい身体」と言われて、一瞬ドキッとする。


「――ちっちゃいモンが意見するのはおこがましいけど玲佳ちゃん、その身体を有効に使わないと勿体ないよ。プロレスも芸能も」


 好奇の視線を浴びるについてから、もう何百回と言われた同じようなアドバイス。

 頭では理解しているものの、からかわれ蔑まされた幼少の頃のトラウマからか、玲佳はなかなか素直に「はい」と言えないでいる。

 だが郁美とて馬鹿ではない。

 「出来ない子」のふりをして薄ら笑いをみせる玲佳に、どこか違和感を感じたのだ。その原因が何であるかは知る由も無いが、これ以上の追求は彼女の為にならないと思い、郁美はこれ以上中へ踏み込む事を思い止まった。


「――早く、思い切り暴れられるといいね」


 怒鳴ることなく努めて冷静に、そしてフレンドリーに振舞う郁美。

 彼女からの励ましに玲佳は、嬉しさと申し訳なさが入り混じる複雑な感情の中、こくりと頭を下げこれに応えるのだった。



 有馬玲佳の謹慎ペナルティーは、約二か月後に解かれる事となった。


 助け舟を出してくれたのは、深夜番組で以前に彼女と共演した中年芸人・内藤アキマサだった。

 番組で顔を合わせた先輩女性タレントの酷い嫌がらせにも怯む事なく、また返討ちにした度胸の良さが彼の心を惹いたのだ。何度も何度も玲佳の所属事務所に電話を入れ、ペナルティーの解除と自分がホストを務める番組への出演依頼を願い出たのだった。

 この内藤からの申し出に、厳粛な態度で臨んでいた事務所も重い腰を上げざる得なかった――というか、謹慎解除のタイミングを計り損ねていた事務所側も、大物である彼からの後押しにのもまた事実であった。


「何であなたみたいな子が、内藤さんに気に入られたのかよくわからないけど――」


 玲佳を担当する女性マネージャーが、本人を隣にぽつりと呟いた。

 客観的にみても他の所属タレントと比べ、より劣っているはずの彼女に、何故大御所から白羽の矢が立ったのか分からない。芸歴の長さと幅広い人脈という「力」を持っている人物の、「鶴の一声」で全てが変化してしまうこの不思議な世界に、ガチガチの現実主義者であるマネージャーは正直戸惑っている。

 一方の玲佳も内藤からの突然の申し入れに驚き、未だ夢を見ているようでふわふわとした浮遊感が心地悪く感じる。あの時自分がした事と云えば彼の後ろに座っていた事と、共演者である元ヤンのセクシー女優をぶっ飛ばした事だけだ。お世辞にもセールスポイントなどあったもんじゃない。


 緊張と疑問そして戸惑いが渦巻く中、ふたりを乗せたタクシーは一刻、また一刻と内藤の個人事務所オフィスのある彼所有のマンションへと近付いていく―― 



 中では内藤が普段テレビの中でみせる、おなじみの笑顔で待っていた。

 部屋の中は事務机や電話の他に、ぎっしりとスケジュールが書き込まれたホワイトボードや、壁いっぱいに貼られたテレビ番組やコマーシャル出演した企業の宣伝用ポスターが――彼が己の腕一本で、この浮き沈みの激しい業界に残した足跡は若い玲佳を驚かせるのに十分だった。

 彼女は自分がこんなと一緒にいていいのか? と今頃になって不安が心に重く圧し掛かる。


 挨拶もそこそこに内藤は早速、企画中の新番組について息つく暇もなく捲し立てた。ここ最近は規制の緩いCS放送やネット配信用コンテンツばかりに顔を出してきたが、今回は久しぶりの久しぶりの地上波放送の番組とあって彼自身珍しく力も入っていた。ユーザーがある程度限定される番組の出演ばかりで飽きてきた内藤の、テレビタレントとしてまだ自分に需要があるのか、不特定多数の視聴者たちに問い掛けようというのだ。

 充分すぎるほどの芸歴や成果を既に残している彼が、現状に留まる事を良しとせず更なる挑戦へ向かわんとするバイタリティーの強烈さに圧倒され、玲佳は腰掛けているふかふかの高級ソファーに、身体が沈まないよう必死に踏ん張って堪えていた。


「――企画の概要は以上や。一部スポンサーは知名度の低いあんたを起用する事に、難色を示しているようやが、ワシが直接奴等に上手く言い包めてきたる。だから玲佳ちゃんは何も心配せんでいい」


 初めてのバラエティー番組のアシスタント、しかもローカルではなく全国ネットでの放映だ。タレントとしての経験値が低い彼女に「心配するな」という方が無理である。大御所である内藤は玲佳をフォローできる技術は十分持っているが、玲佳に彼をアシストする技術など持っているはずなどない。


 こいつはまずいな――がちがちの笑顔で応対する彼女をみて内藤は、同席する女性マネージャーに少しの間二人きりにさせて欲しいと頼んだ。

 一瞬顔を強張らせ、躊躇するマネージャー。

 共演した女性タレントとは必ず一線を越えた関係となってしまう、という内藤の《都市伝説》《武勇伝》を先輩社員から何度も聞かされていた彼女は、例によってに傷を付けられてしまうのではないかと警戒するのも当然だ。

 暫し熟考するをみせた後「実に申し訳ありませんが――」と断りを入れようとしたその瞬間、玲佳が手をかざしそれを遮った。予想外の行動にマネージャーは驚きを隠せない。


「れ、玲佳。あなた一体――?」

「大丈夫です。お願いします、内藤さんと二人きりで話をさせてください」


 いつもは自分の指示に言いなりで、どちらかと言えば低く見ていた玲佳が、初めてとった反抗の態度と自己主張。マネージャーは溜息を付くとこの場を彼女に託し、十五分間だけ席を外す事を告げオフィスの外へ出ていった。


 扉の閉まる重い音を聞き終えると、内藤が緊張の面持ちを崩さない玲佳へ尋ねる。


「ホンマええんか?うるさいオバハンが隣にいなくても、一対一さしで話出来るかお嬢ちゃん」


 幾分か落ち着きを取り戻した彼女は、大きく首を縦に振り返事をする。自信もなく泳ぎがちだった瞳の中に強い意志を確認した内藤は、よしよしと満足気な表情を浮かべた。



 内藤と玲佳による二人だけの秘密の打ち合わせ――と聞けば良からぬ想像をしてしまいそうだが、実際は内藤が一方的に玲佳へ質問をし、彼女はそれに答えていくというインタビューのような内容だった。硬い話は一先ず抜きにして、ひたすらに玲佳の人間性を知り、互いの間にある見えない壁を取り外し、そして彼女に何が出来るのか探っていくのだ。


 内藤はこの短時間に、彼女が是が非でもこの世界で売れてやるんだ、という過度な上昇志向を持っている人間ではなく、よく言えばマイペース悪く言えば消極的な性格である事を知る事ができた。人としては申し分ないが母性を滲ませる恵まれた身体、癒し効果のある笑顔が魅力的なだけに正直惜しいと内藤は思った。


「――もう少し裸になってみよか?」

「えっ?!」

「いや。服を脱ぐんや無うて、もっと本性をさらけ出してほしいんよ。まだまだワシと玲佳ちゃんとの間には壁があると思っとる」


 口をつぐんで俯く玲佳。

 研修生時代から苦楽を共にした仲間たちや、尊敬できる先輩にも決して明かさなかった胸の内。しかしここで打ち明ける事を拒んでしまっては、一生トラウマに苦しめられ生きていかなくてはならないだろう。

 玲佳の、恐怖から生じる身体の震えが内藤にはとても痛々しく映った。

 そして――落ち着きを取り戻した彼女は口を開き、少しづつ幼少期の辛い思い出を吐露し始める。内藤はそれに対して否定する事もなく目を瞑り、時々相槌を打ちながら真摯に彼女の話を聞いてあげた。


 ――――――――


 全てを話し終えた玲佳の瞳には、つかえていた吐物を出し終えた時のように薄らと涙が浮かんでいた。一切の秘密を晒した彼女の表情はリラックスしていて、最初に対面した時以上に魅力が増し、眩しい程にひかり輝いて見えた。


「うん、いい顔しとる。それがあんたの本当の姿や」

「はいっ!」


 鬱のように悩んでいる事に悩み、なかなか晴れなかった胸中で渦巻いていたもやもやの晴れた玲佳に、もう恐れるものは何もない。一仕事を終えた内藤はほっと溜息をついた。


「――きっとその子は、玲佳ちゃんの事が好きやったと思うんよ。ほら、よく言うやろ?好きな子にはチョッカイ掛けたくなるって」

「そうかもしれませんけど……二十年以上も残るような心の傷を付けるなんて、男性として最低ですっ!」

 

 凄い剣幕で怒る玲佳に対し、遥か昔の少年時代に似たような事をした経験を持つ内藤は只々苦笑いをするしかなかった。


「せやな、あんたの言う通りや。でもその子もしでかしたに、後々後悔してると思うなぁ。「あの時、何でこんなに意地張ってたんやろ」って」


 過ぎ去った昔の情景を思い浮かべ、時折寂しげに、しかし優しい目で遠くを見つめる内藤の横顔に玲佳は、トラウマだった幼少時代のほろ苦い記憶が浄化されて、《過去の思い出》へと昇華していくのを感じていた。



「――随分と長々と話し込んでいたわね。内藤さんの新番組の件は大丈夫そうかしら玲佳?」 


 が終わり事務所へと戻るタクシーの中、担当の女性マネージャーは玲佳に尋ねた。内藤の元へ向かう時とはまるで雰囲気の違う彼女に、マネージャーは少々戸惑ってた。人格が変わった――とまではいかないが、真ん中にぴーんと一本筋が通り「より芸能人らしくなった」という印象だ。

 過去のトラウマという、それまで彼女を縛り付けていた枷が無くなった今、玲佳は前向きに仕事へ取り組める環境が整った。それもこれもベテラン芸人・内藤によるカウンセリングの賜物だ。


「はい。初めてで慣れない事だらけですが、内藤さんもバックアップして下さるので何とかいけそうです。ただ――」

「ただ?」

「特番枠の試作品パイロットを何本か収録するんですけど、局やスポンサーの評判が良ければ番組収録に掛かりきりになってしまい、《ベッラ・ベスティア》の活動が難しくなってしまうんです」


 本業であるタレント活動も大事だが、気心の知れた仲間たちとのプロレス活動も同じくらい玲佳は大切にしている。全く鳴かず飛ばずだったタレントを、最初に認めてくれたのが女子プロレスファンだったからだ。


「あなた自身はどう思っているの?」

「と、言いますと――?」

「これまでのように、プロレスをしながらタレント業も続けるのか? それともプロレスの方は徐々にフェイドアウトさせて、タレント業一本に絞るのか? よ」

 

 安曇野や郁美たちとずっとリングの上で闘っていたい――玲佳の偽ざる本心であるが、内藤と知り合った事でより多くの人に【有馬玲佳】という存在を知ってもらいたい、という欲が生まれたのもまた事実だった。


「それは……仮に内藤さんや局の偉い人たちから「タレント業に専念して欲しい」と言われれば、タレント一本に専念する覚悟はありますけど、今はまだ正直プロレスを辞めたくありません」

「何故そこまでプロレスに拘るのよ?」


 事務所社長の肝入り企画である《女子プロレス参入》も、冷ややかな目で見ている女性マネージャーには全く理解出来ないでいた。肉体的な苦痛や大ケガのリスクを伴いながら、それでも闘い続ける彼女たちの気持ちが一人の女性として共感も賛同も出来ないからだ。

 そんな彼女に玲佳は、秘めたる胸の内を思い切り吐き出した。


「だってわたし――まだプロレスで!」

 

 玲佳の大声に驚き、びくっと肩を動かすタクシー運転手。彼女の熱意をまざまざと見せつけられたマネージャーは暫く言葉が出なかった。上からの命令で渋々やっているだけ、だと思っていただけに玲佳の反論は意外以外の何物でもなかった。


「あなたが、そこまで本気に取り組んでいたなんて――」

「だから……だからプロレスラーでいさせてください! お願いします!!」


 これまでの人生においてプロレスに、興味なんてこれっぽっちも持たなかったが、あれほどおとなしかった玲佳が豹変してしまう程に、何らかの魅力があるのは間違いない。そして純粋に玲佳がリングの上で闘う姿を、一度観てみたくなったマネージャーは運転手に行先を、事務所から太平洋女子の社屋ビルへと変更させた。


「わかった。あなたの熱意は十分に伝わったわ。だから今度は――言葉だけでなく闘いでの私を納得させてみせて。出来るでしょ? 今の玲佳になら」


 玲佳の顔に笑みが浮かんだ。

 当然喜びの意味もあったがどちらかといえば、絶対の自信に満ちた頼もし気な笑顔。身体を酷使し、頭を悩ませながら【有馬玲佳】に不安などあろう筈がなかった――

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