異世界のお笑い事情
すめし
第1話
「何やってんだよ! 本番まで時間ねぇぞ」
受話器から相方の怒号が飛んでくる。俺は相方と漫才のコンテストであるN1グランプリにエントリーしている。ラストイヤーで初めて準決勝に進んだのに寝坊で遅刻していた。
「すまない。出番を最後に回せないかお願いしてくれ」
「それまでには間に合うんだな」
「間に合わせてみせる。頼む!」
首都高を飛ばせば何とか間に合うはずだ。頼む間に合ってくれ。焦りからいつもよりアクセルを踏む右足に力が入る。想定以上にスピードを出してカーブに差し掛かった瞬間、ハンドルが動かなくなった。違う全身が動かない。
「動け、動け! 絶対に優勝するっ――」
目の前が真っ白になり意識を失った。
――――――
「あ、目が覚めましたか。勇者様」
気がつくと俺は知らない部屋のベッドにいて、目の前には青く髪の長い女性が声をかけてきた。
「えっと、俺はどうしてここに」
「ここはザイマン王国の王宮です。勇者様」
ザイマン王国ってどこの国だ? 勇者ってなんだ、俺のことか? 俺は漫才師で……そこまで考えてN1グランプリのことを思い出した。
「今何時だ!? 竹芝駅まではどれくらいの距離だ!?」
「今は3の刻です。タケシバエキ?とは勇者様の元の世界の場所ですか?」
そこまで聞いて俺はある可能性を考えた。ここは地球ではなく異世界転移というもので別の世界に来たのでは。よく相方が異世界系の小説を読んでいて聞いたことがある。事故などの死によって異世界にいくことがあると。そして魔王と戦う勇者として呼ばれることが定番だとか。
それによく見ると彼女の頭には猫耳がついていて動いているように見える。間違いない、異世界だ。
「魔王を倒せば元の世界に戻れますよ。ただ転移してきた時の前日になるそうですが」
魔王さえ倒せばあの日の前日に戻れる? もしそれが本当ならN1グランプリに間に合うじゃないか。人生で1番の失敗をやり直せるなら魔王と戦うことなど怖くはなかった。
「魔王を倒せば転移してきた時の前日に戻れるんだな」
「はい。あくまでそう伝えられているだけですが。でも伝承が外れたことはないので間違いないです」
「伝承? どういう内容なんだ」
「魔王との戦いに9連敗したら異世界から勇者様が転移して連敗を阻止してくれるという伝承です。昨日悔しくも9連敗したところだったんです」
「9連敗……それは相当な強さだな」
9連敗ってやばくないか。10連敗したら国が滅ぶから勇者を呼んだということだろうか。そういえば相方が勇者はチートスキルというものをもらえると言っていたな。
「勇者と言うからには特別なスキルがあるのか」
「スキルって何ですか? 伝承にはありませんでしたが」
スキルがないだと。芸人として無茶振りには答えてきたけど戦いの能力は俺にはない。帰れないかもしれん。相方すまん。
「ところで勇者様のお名前は何でしょう。私はテンネ。テンネ・ボッケと申します」
急な異世界転移で自己紹介すらしてなかったことに気づく。まぁ異世界転移がカウントダウンするわけもなく、テンパるのは普通だろうが。
「俺は鈴木だ。日本……元の世界では芸人をやっている。よろしく」
「それでは鈴木様。早速ですがこの後すぐに魔王が別の国と戦う予定ですので見に行きますか」
「あ、危なくないか?」
いきなり魔王見るってヤバいだろう。俺にはスキルもないそうだし。しかしテンネからの返答は俺の予想を覆すものだった。
「魔王の強さにショックを受けるかもしれませんが、危険はありませんよ。見学するだけですし」
どういうことか分からないまま、俺は魔王の見学に行った。
――――――
「今日こそ勝ってみせる。俺が2週間考えたギャグを喰らえ。パンダがパン食べた」
「クックックッ。なかなかやるではないか。我の攻撃を喰らえ。パンのパンツを履いたパン屋」
ステージ上で魔王らしき人物と挑戦者がクソつまらない言い合いをしている。何だこれ。冷め切った俺の横にいたテンネの肩は震えていた。
「パ、パンを3つもかけてるとは。あはっ、はっはっ……ふう。魔王やりますね」
魔王やりますね。じゃねーよ。笑いどころがわからん。待てよ。9連敗したと言うのはこの低レベルなお笑い大会のことか。だとすると13年芸人やってきた俺が負けるはずがねぇ。
「この勝負魔王の勝ちです!!」
気がついたら審判らしき人が魔王の勝利宣言をしていた。負ける要素は何一つ見つからない。魔王首を洗って待ってろ。
異世界のお笑い事情 すめし @sumeshi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。異世界のお笑い事情の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます