第2話 あなたの死体

ねえ、幽霊ちゃん? 


なあに? 


幽霊ちゃんは、ほんとうは、幽霊なんかじゃ、ないんでしょう? 


あら。狗魔子くまこにしては、素敵な質問をするのね。そうよ、私は死んだ女の子のニューロン・データを再現、ハードディスク内に構築された、人工幽霊よ。AIって呼んでもいいけど。幽霊とは、まったく別モノよね。


そんなことはどうでもいいの。小難しい話は嫌いだわ。


……はあ? 


それより、幽霊ちゃん、あなたの名前を教えてちょうだい。


ええと、アプリで使うHNじゃなくて、私のソースになった女の子の生前の名前、ってことかしら? ……卯月うづきだけど? 


いい名前ね。でも、それって本当の名前なの?


だからさ? 今、言ったでしょ? 正確には、それは「私」の名前じゃないわ。


そうよね。私、あなたの死体を見つけたのよ。


……は? 


見つけたの。あなたの死体を。


……なんですって? ……狗魔子くまこったら、酔ってるの? 


酔ってなんかないわ。この目で見たの。


……いつ、どこで見たの? 


さっき、商店街の隅っこで、倒れてた。


さっき、死んだばかり? 


死は禁忌なのよ、卯月。近頃は、家族にだって死体を見せないのが常識。葬儀には3Dホログラムが使われる。よっぽど「死にたてホヤホヤ」じゃなければ、死体を目にする機会なんて、ないのよ。


あっそ。私が生きていた頃は臨終に立ち会うこともあったんだけどな。……ところで、狗魔子くまこ。あなたが、この死者アプリ……『憑いてる! ver.8.1』を、ダウンロードしたのは、いつ? 


先月の半ば。


じゃあ、少なくとも先月の半ばから、私が幽霊をやってたことを、あなたは知っているはずでしょう? 今「死にたてホヤホヤ」の死体が私のなら、先月から幽霊として登録されてた、今もこうしてあなたと話している、この「私」は何なのよ? 


そう、それが聞きたかったの! 卯月、あなたは、商店街の隅っこで、ぶっ倒れてる「あなた」のことを知らない。だったら、私も今どこかの商店街の隅っこで、死んでいるのかもしれない。もし、そうなら。ここであなたと話をしている、この「私」は何なの? 


なーるほど。あなた、落語の『粗忽長屋そこつながや』を観たのね? 


……知らないわ。


まあ、たしかに? 私は人工の幽霊で、生前の記憶のみならず、AIになってからの、死後の記憶まで持っている、この「私」は、いったい何なのかしら? 哲学的ゾンビ? 中国語の部屋? 


な……何言ってるの、卯月。小難しい話は嫌いだわ。……もういい。この話、ここまでにしましょう。


私はまだ話したい。興味深いわ。


もういい。私、眠くなっちゃった。おやすみ卯月。また明日。


自分から話をふってきて、これだもの。いいかげん私を一つの人格として扱いなさいよ? もし私が生きていたら、会話の途中で、通話を切るなんて、失礼なこと、できないわよね? で、私は自分が死んでいるとは思えないの。わかる? ……まったく、生きてる人間って無神経だわ。……って、ねえ? 聞いてるの狗魔子くまこ? ……ちょ、待……くま……




──With the Lights Out──


(了)

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