新しい世界
さて、これはどういうことだ?
見知った城内。
見慣れた玉座からの景色。
違うのは、死んだはずの臣下がいることか。
だが、それ以上におかしいのは、なぜ俺の隣に、彼女がいる?
白い髪の女性と目が合い、咄嗟に視線を逸らした。
死んでいないだけならばわかる。
だが、なぜ俺の隣にいる。
神がいないのなら、戦争も起こらなかった…………初めから決まっていたとでも言うのか?
生まれた時から、戦うことは決まっていた種族だと、だからこうして和平を結び共に生きていると。
それならば良かった、死者は出たであろうが、共に生きる未来へとたどり着けたのならば良かった。
ただ、ならばなぜ俺がここにいる。
神がいなければ生まれなかった者もいる、だから同じ世界に同じ人間を存在させたはずだが……何か不具合でもあったか?
俺に害はないが、心配だ。
「我は少し出る。お前達には休暇をくれてやる。まぁ、平和なこの国に激務などというものは存在していなかっただろうがな。ただ、経済にだけは気を配っておけ」
頭を下げる臣下を他所に、アマデウスは自室へ入り力を使おうとした。
「これは、違和感なく使おうとしたこの力は……転移術式?ふん、異世界に住む友と会えるようにか、ウラノスの奴も随分と気合の入った贈り物をくれたな」
そう言って笑うと、アマデウスは転移した。
さて、今のところは問題なかったが、ここからだな。
アマデウスが今まで見てきた世界に矛盾は無かった。
神はいなくとも、仲間たちはその世界で髪に奪われたものと共に生きていた。
だが、ここから先は違う。
まずはアインスからか。
空で輝く太陽は温かい。
花を揺らす風は心地良い。
その世界は平和そのものであった。
……これは、どういうことだ?
まさか、俺が終わらせようとした戦争、始めたのも神だったわけか。
けど、そこに神が関わっているとなると……。
「…………なんで、ここにいる?なんで存在出来てる⁉」
男の背後、洞穴の奥には、洞穴には似つかわしくない機械があった。
モニターと、そこに映し出されるこの星の映像。
そしてその正面に置かれた椅子には、一人の少女が座っていた。
「久しぶり、アインス」
こちらを見て微笑む少女に、アインスは涙を流す。
「どうして……どうしてお前が、ここにいる」
「……はぁ、久しぶりに愛する妻に会えたのに、一言目がそれなの?」
「だって、おかしいだろ。俺もお前も、この世界に存在できるはずがない。だって……」
「えぇ、だって私たちは……戦争を終わらせるために人が造り出した兵器なのだから」
「でも、あなたにわからないことはないでしょ?」
そう当然のことのように問う少女に、アインスの頭は冴えていく。
「ツヴァイ、何を言われた?」
「それでこそ私の愛する人。おまけだそうよ。本来なら生まれ直すくらいのことはしなければならず、私に至ってはそもそも生まれようがない。だからこそのおまけだそうよ」
「その身体もか?」
「これは、閻魔大王にお願いして精神体をパワーアップさせ、ウラノスのお節介で人間に近い体を用意してもらいました」
ドヤ顔をするツヴァイを見つめる。
「……その見た目についてだが」
「あなたの好みに合わせたの」
ふむ、問題はなさそうか。
しかし、ウラノスも無茶をする。
さて、これ以上はさすがに見てはいけないな。
アマデウスはまた別の世界へと転移した。
森の中、地面に倒れ空を見上げる男がいた。
「はぁ、人は平和に暮らしてる。懐かしい風景、神のせいで空が荒れるようなこともない。神がいないからなぁ」
男は寂しそうであった。
「そりゃ神がいないならこうもなるか。これは、私が一番辛いのではないか?あぁいや、晴明も母がいないとなると辛そうだな……ん?母がいないのなら、晴明は誰の子供になるんだ?」
「あら、こんなところにいたのね」
森の奥から現れる少女に、驚きを隠せなかった。
「なんでいる。神はもういなくなったんじゃないのか、天照?」
「だって私、私たちもう、神様じゃないもの」
「え……」
「だから、これからはあなたと一緒に暮らせる」
卑弥呼は衝撃で回らない頭で思考する。
「神としての力はないようだが、神だった者が存在しているというのはいいものなのか?」
「ウラノス様が言ってた。神無き世界では幸福を感じられぬ者もいる。それに、神の多くはもっと人を知るべきだ。神としての力を全て剥奪し、人の世に混ざり人を理解してこい。と言っていたので、皆自由に世界旅行をしているわ」
「それは、大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。犯罪に手を染めることはあっても、人に出来る範囲のことしか、今の神はできないわ」
……髪を滅ぼしたのは人、ならば神以上のことが出来ても……。
いや、彼女が大丈夫と言うのだから、己の全てを懸け戦った人ではなく、日常を謳歌する人、ということなんだろう。
「それで天照、これからどうする?」
「どうするって、何が?」
「前は神に追われてゆっくりできなかったからな。どうだ、私と共に世界を見て回るというのは。時間ならたくさんある」
「まぁ、それは素晴らしいわね。けれど」
天照は卑弥呼の隣に座ると笑った。
「今は、あなたとのんびりしたいわ」
「そうか。では、まずはのんびりしようか」
此処も問題はない。
しかし、神を人に近付け人として生活させるか。
問題は……ないな。
それより、なんというか……いや、全て終わったのならばそれも良しか。
のぞき見はさすがにしないとも。
俺も早く帰りたくなってきた。
アマデウスはまた別の世界へと転移した。
「さて、お前達よくもまぁ、俺達の前に来れたなぁ」
ファラオは玉座から見下す。
「ここに住みたいと、お前達はそう言うのだな?」
「あぁ、敵対などはしない。ただ住まわせてほしい。出来ることならば、友として」
「ほぉ、お前達が行った暴虐の数々。この世界では無かったことだとしても、俺らは覚えてる。それを承知でここに来たのか?」
それは覚悟の問いであった。
「我等もまた、我等の行いを記憶している。だからこそこの地なのだ。この地でなければならないのだ。我等の行いで苦しんだ者達を、我等は知らねばならない」
「…………そうか。ならば好きにしろ。ただ、一日一度は俺たちの元へ来い。それが約束だ。命令ではなく約束だ。その意味を理解せよ。それが、お前達がこの地を旅立つ条件だ」
「承知した。その期待に応えよう」
そんな様を陰から見守る二人。
「これは、長くなりそうだね」
「本来なら君も向こう側なんだからな」
「わかってるよ。ただ僕は、君と友達だからね、トキ」
「あぁ、そうだな。とても仲の悪い友達だ、トト」
トトは満面の笑みを、トキは鼻を鳴らし顔を背けた。
ふむ、このような関係が神と人との新しい共存の形か。
しかし大丈夫だろうか。
神は未だ人の心を理解しない。
一日一度のタイミングもまた、常識から外れたものとなろう。
それこそ、夜中二人で……いや、これ以上は俺が考えることではないか。
さて、神と人との間に亀裂が入らなかったのならばあとはもう……大丈夫、だよな。
一応見に行ける全てを見ておくか。
友を心配してアマデウスはさらに世界を転移する。
何度も何度も、友のいる世界全てを見て自分がいた世界に帰還すると、そこには懐かしい者がそこにはいた。
「久しぶりだな、我が親友、ウツ」
「あぁ、久しぶり、アマデウス。それにしても、随分な長旅だったようだな」
その言葉は、今帰った異世界転移のことではなかった。
「お前、知っているのか?」
「少しだけな。彼から聞いたんだ」
そう言ってウツは背後の扉を開けた。
なかでは椅子に座り、机に置かれたクッキーをかじる少年の姿があった。
「な、ゼウスか⁉」
「久しぶりだね、アマデウス。してどうだ、今の僕とは、友達になれそう?」
「あぁ、当たり前だ。ウツ、お前も座れ。思い出話をしようじゃないか」
「あら~、私は仲間外れなの?」
いつの間にかドアの近くまでやってきていた女性に、アマデウスは微笑む。
「そんなわけないだろう。一緒に話そう。俺にとっての久しぶりの時間を」
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