戦いの幕引き
雷を、闇が呑む。
炎を、闇が呑む。
全能たるゼウスは、己が全能を以てしてアマデウスへと攻撃した。
だが、アマデウスの闇は、ゼウスの攻撃を、その悉くを呑み込んだ。
「効かぬ、効かぬぞゼウス。貴様を殺すために強さを求め続け、最強の座にまで至った我に、貴様の攻撃はもはや通じぬ」
闇はさらにその勢いを増す。
「これが最強だ。貴様があの日殺し損ねた、一人の弱者が辿り着いた極致である‼」
「あぁ、届かぬとも。我では貴様に届かぬ。だが、手はある。卑怯とは言うまいな。これは互いの過去を、未来をかけ戦いである。全身全霊、全てを尽くした決戦に、卑怯などというものは存在せぬ」
闇の中、ゼウスは眼を見開く。
「我は、全能神である」
時が、世界が止まった。
ただ一柱、ゼウスだけは動いていた。
「これが、我が最高神たる、創造神たる所以だ……天地開闢」
そこには、光があった。
新たな世界の光があった。
光は闇をその上から塗りつぶす。
「そしてこれが、終焉である」
新たな世界が、崩壊を始める。
世界に飲み込まれたアマデウス諸共。
崩壊する世界が、黒く染まる。
闇が全てを覆いつくし、止まった時は動き始める。
「ゼウスよ、我は貴様を、創造神を殺すために力を求めたと。世界を創造する貴様を越えるのだ……我が闇は、世界をも呑み込む」
闇の中から、アマデウスが現れた。
「終わりだ。我が復讐は果たされる。さらばだゼウス」
闇に呑まれながら、ゼウスは笑った。
「貴様とこうして全てをぶつけ合えて、我はとても……嬉しかったぞ」
そうしてゼウスは笑いながら、闇に呑み込まれた。
「あぁ、今の貴様とならば、良き友となれたであろう」
アマデウスはそう呟くと、地上へ降りた。
「皆、生きているな?」
アマデウスの呼びかけに、誰一人欠ける事無く神との戦いを制した者達は集まった。
「皆よく戦った。神々との長きに渡る戦いに、我等は勝利した。あぁ、だが、この唯一度の勝利までに犠牲となったものは、あまり多すぎる」
数多の世界が、そこに住む人々が犠牲となった。
何もない大地を悲しげに見つめる。
「この世界も、じきに終わりを迎える。だが、我はそんなもの認められない。故にやり直そうではないか。理不尽無き世界を、再編しよう」
その言葉に、アルバが前に出る。
「任せておけ。我が世界を維持してみせよう」
《おい、なんで勝手に身体を……》
今回きりだ、許せ。
「して魔王よ、我に頼むからには、出来るのだろうなぁ」
「安心しろ。当然出来るとも。だから信頼して身体を、心をあずけよ」
目を瞑るアルバの胸に、アマデウスが触れる。
淡い光が包み込み、アマデウスに引きずり出されるように、アルバの前に一人の男が現れる。
男はすぐに振り返ると、アルバを抱きしめた。
「あぁ、ようやく触れられる。そうか、お前はこのような感触をしていたのか。お前はこのような姿だったのか。似ている、瓜二つだ」
「えと……ウラノス、なのか?」
「あぁ、そうだ。創世神にして、元最高神。そして、お前の先祖のウラノスだ」
ウラノスは抱きしめていた手で肩を掴み、アルバに向かって幸せそうに笑った。
「どうした、そのよう顔を……あぁ、初めて我の姿を見たからか。我はお前の中に住んでいたからな、身体がそもそもなく、話していたとしてもそれは我自身の声ではなく、お前の耳で聞いたものでもない。お前が呆けた顔をするのもうなずける」
そうしてもう一度アルバを抱きしめる。
「もっとこうしていたい。けれど……」
ウラノスは離れ、アマデウスの方を向いた。
「もう時間がないのだろう?」
「あぁ、残念ながら、終わりは刻一刻と迫っている」
「ならば、仕方あるまい」
こちらを見つめる全ての者に微笑んだ。
「これからお前たちが辿り着くのは神のいない世界である。お前たちは神を知り、神を殺した者達。だからこそ、神のいない世界を異質に感じ、自分はここに存在してはいけないなどと考えてしまうかもしれない、だが安心しろ。そこはお前たちが命を懸けて戦い手に入れた世界だ、お前達が護った世界だ、胸を張れ、何もおかしいことなどない……それでは、世界を創り直そうか」
そう言って消えるウラノスを、アルバを捕まえられなかった。
一方的に言いたいことを言ってそのままウラノスはいなくなってしまった。
うずくまるアルバは舌打ちをして、アマデウスに問う。
「人に限界はあるか?」
「……ある。認めたくはないが、身体的、物理的限界は存在する。まぁ、限界は越えるべきものだと我は思うがな」
答えを聞き、次はイリスに問う。
「魔法は何でもできるのか?」
「いいや、何でもはできない。けれど、強い想いがあればなんだってできる」
答えを聞き、次はローランに問う。
「俺は何者だ?」
「……ぁ。神と妖精と人間の混血だ。その生まれ方故に、人間としての血が最も薄いく、神としての血が最も濃いようだ」
答えを聞き、次はクロに問う。
「これは、間違いだろうか?」
「……ゃ。間違いだろう。禁忌の一種なのだから。ただ、やりたいならやればいいだろ。眼なら瞑っといてやるから」
答えを聞き、次はシナーに問う。
「俺に、出来るのだろうか?」
「さて、どうだろうか。不可能なことをやろうとしている気がするけれど、やってみればいい。出来ないかどうかなんてやってみればわかることだ。ただ、君は必ず成し遂げるのだろう。だって、たった一度の、最初で最後の親孝行なのだから」
「…………あぁ、やってみせる」
その眼は希望に満ちていた。
全ての世界をやり直す用意はできた訳だが、完璧だろうか、失敗など出来ない。
大丈夫、我は我が全治でも全能でもないことを理解している。
だからこそ、必ず成功する。
「用意はできたぞ。そちらはもう別れを済ませたようだな。お前たちにギフトをくれてやる。新しい世界を楽しみにしていたまえ」
その日、世界は変わった。
神は消え、理不尽は無い。
争いは無くならないが、死者は減った。
それに気付く者は無く、今日も世界は理不尽を嘆く。
人々は、幸福を求めて進み続ける。
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