ゼウスとアマデウス

数の上では、神々が圧倒的であった。

だというのに、戦況はアマデウスたちが優勢であった。

何百万という神々を相手にしていながら、たった数十人で戦い続けている。

それを可能にするのは、アマデウスやイリスによる、無尽蔵ともいえる魔力供給であった。

これにより、魔術を扱うものは魔力を気にすることなく何度も魔術を放ち続けられ、異能力者もまた、異能による疲弊を回復し、戦い続けることが出来ていた。

受けた傷はすぐに癒え、死なない限り倒れることは無い。

その死に至る致命傷を与えるような攻撃は、全て守護者により防がれる。

互いの協力あってこその優勢であった。

だが確かに、個人の実力もまた、そこにはあった。

シナーやイリス達は、完全な規格外で、万を超える神々を相手に戦えるほどである。

イザヤやフレイもまた、主神クラスを複数相手取れるだけの実力がある。

他にも、巫やレオといった、現人神の面々もまた、神をその身に宿すに相応しい実力を持つ。

ほぼ全員が、神への対抗打を持ち、戦えない者もまた、知性を司る神々を完封していた。

圧倒的であった。


「当然の結果だ。初めから完成され、成長を知らない神。それに対し我等は、その完成された神を越えるべく、成長を続けた者。負ける道理はない」


あぁ、だが……。


「この戦いに意味は無い。人の反逆は、神の死は、何の意味も持たない」


戦場を鳥瞰するゼウスは、感情無き瞳で語る。


「世界は終わる。それは決して覆らない」

「覆すために、我はここにいる」


ゼウスの前に、アマデウスが立つ。

感情無く放たれる雷霆を、闇が呑む。


「同じ技が通用するとでも?」


神とは完全である。

そこに感情によるブレは存在しない。

ゼウスは表情を変えないまま、天を指す。

見上げた先には、巨大な隕石があった。

それはまるで、一つの惑星が近づいてくるような。

だが、アマデウスは驚かなかった。




「まったく、アマデウスも人使いが荒いなぁ」


シナーはそう言いながらも微笑んでいた。

シナーは地を蹴り、天へと跳び上がる。


「さすがに、届かないかぁ……ソルト」


シナーの声に、即座に反応する。

空中に、一つの地面が出来上がった。

それを足場に、シナーはもう一度、さらに高く跳んだ。

シナーの蹴りに耐えられず、地面は崩れる。

今なお落下を続ける燃える星にシナーは辿り着いた。


「大きいうえに、既に死に絶えた星。これじゃあ、僕の異能だと足りないな」


星に触れ、体勢を整える。


異能では足りない。

足りないのなら補う、そのための術を僕は知ってる。

力を全て伝える。

…………地面はある、僕は立っている、空に存在する地面に。

今尚落下しているとしても、僕は常に立ち続けている…………今だって。


「……ここで死ね」


星を包む炎が消えた。

そしてそれと同時、シナーは空中に立った。

落ちる隕石の重量が、全てシナーにのしかかる。

シナーは持ち得る全ての力を、星へとぶつけた。

その衝撃は、地上にも届く。

空気を揺らす振動が、重力の如き力が、地上にいる全ての者の元へと届いた。

空の星は、砕け、大気圏外へと押し返された。


「ふふっ。空って、立てるものなんだ」


シナーは笑いながら、落下していく。

そしてそっと静かに着地した。


「右腕は折れたけれど、星一つ破壊した代償としては安いくらいだ」




星を破壊されてなお、ゼウスはその表情を変えない。

ゼウスは今度は地面を指す。

大地が、星が、啼いた。


これは、天地開闢の……やっていることは真逆か。




「今度は私の番か。しかしこういうのは、あまり得意ではないのだが……仕方ない、私しかできないのだから」


イリスは地面に両手で触れる。

その瞬間、地面に魔法陣が浮かび上がる。

それは異常なほどに巨大な、星すら覆う巨大な魔法陣。


「ひとまず簡易的な処置はしたが、ここから、エネルギーの総入れ替えだ」


イリスは、暴走している星のエネルギーを自分の持つ魔力と入れ替えることで星を維持させようとしていた。

だがそれは、暴走する星のエネルギー、暴走を抑えるための結界、回収し打ち消すための魔力、無くなったエネルギー分の魔力が必要であった。

それは、惑星二つ分以上の魔力。


「本当に、無茶をさせる」


そう言ったイリスは、笑っていた。

作業に集中し無防備となっているイリスを殺すべく神々が集まるが、堅牢な結界に阻まれ中へは入れない。

だが、いかにイリスといえど、魔力が尽きた。

結界が、魔法陣が、消失する。

それと同時に、地面の揺れも収まる。


「はぁ、魔力切れなんて初めてだ。けれど、間に合った」




星の暴走が治まるも、やはりゼウスは表情を変えない。

そして次なる手段を取った。

誰もそれに気づかない。

たとえアマデウスであったとしても。




「だからか。だから見えないはずのものが見える俺なわけだ」


死の概念か。

シナーやローランの得意分野だろこれ。

というか、俺の苦手分野だぞ。


「だがまぁしかたねぇ。俺にしか知覚できないのなら、俺がやるしかないわけだ……最悪だけどな」


クロはため息を吐きながら、刀に手を掛ける。

クロは空を見上げ、見えないものを見た。

感じられぬものを感じた。


「触れることがかなわずとも、有るというのなら……俺は斬る」


振り抜いた刀に、手応えを感じた。

瞬間、感じられなかった死を感じ、皆即座に反応するが、それが既に処理されたものであるとわかると、対峙する神へと視線を戻した。

クロは、地上へと落ちる中、ため息を吐いた。


「だから嫌なんだ。俺は、他の四人よりも死が近すぎる」


朽ちていく身体に舌打ちをして、着地する前にクロの身体は消えた。

はらりと落ちる服の中、もぞもぞと動く何かが飛び出した。


「にゃーん……んゃ⁉」


服に包まれていたのは黒猫であった。

黒猫は何かに驚きながら、喉の辺りを確認している。

そしてしかめっ面をしながら、空中に作り出され、そのまま落ちた刀に乗る。

刀身に映る自分の姿にさらに不機嫌になり、喉をゴロゴロと鳴らしながら歩いて行った。




知覚できない死を消されてなお、ゼウスの表情は変わらない。

だが、今回は、次の行動までに一瞬の逡巡があったように感じた。




「駄目だ、それだけは駄目だ。運命だけは……」


ローランは天を飛び、自身の領域を展開した。

この戦場を覆う領域を。

気付いた神々が、標的を変え全てローランへと向かう。

それを気にも留めず、ただ一瞬の溜めに意識を集中させる。

そして、領域内への干渉があった。

弾くことはできず、ローランはそれを全て書き換え、破壊した。

誰にも理解されない一瞬の攻防の後、ローランは力なく落下した。

ローランを追いかけさらに上空へと飛んできた神々の元へと。

蠢く神々の中へ落ちたローランは、その中を通り抜け地面へと着地した。

剣を握り、神を斬り伏せ着地した。


「e99990e7958ce3818b」


ローランはつぶやいた言葉に驚きながら口に手を当てる。


言語機能が……しばらくすれば治るが、喋れないのは少し寂しいな。

まぁ、戦闘に支障がある部分が欠損しなくてよかった。


ローランは群がる神との戦闘を続行した。




少しだけ驚きが表情に出ていたが、ゼウスは攻撃を続行する。

手の中に、黒い雷が出現する。

雷を放とうとしたとき、雷は闇に飲まれた。


「やめよ。自滅など我は認めぬ。我が復讐は我の手で……」


アマデウスは、空間を薙いだ。

闇は神を呑み、広がり続け星を覆った。


「ゼウスよ、これで終わりだ。貴様の神話も、我が復讐も」


アマデウスの闇がゼウスへと迫る中、ゼウスは首を動かし辺りを見回していた。

そして、目の前に立つアマデウスへと視線を戻した。

この時初めて、眼が合った気がした。


「我が敵、我が復讐者、我等が終焉…………神に愛されたもの《アマデウス》」


ゼウスの言葉に、闇はその動きを止める。


「我は、我等は……何を間違えた」


その表情からはやはり感情は見えない。

だが、その言葉は、感情有る者の問いであった。


「今更か。貴様は今更、己が間違いを探すというのか。もう遅い、全てとうに終わっている。貴様のその問いに、意味などありはしない」


アマデウスは怒りに表情を歪める。

だが、それを冷えた目で流し、ゼウスは尚も問い続ける。


「あぁ、そうだろうとも。既に全ては終わった後。我が間違いは過去のもの。だが、我は今、終わりを迎えるこの時になって、間違いに気づいた。だが、我は何を間違えたのかがわからない。だから聞かせてくれ、我が間違いを知る者よ」


怒りは、恨みは、薄れはしない。

だが、悲しかった。


「自分で見つけろ。そう言いたいが、既に時間はない」

「あぁ、世界は終わる。寿命というやつだ」


あぁ、なんて……なんて人間らしいんだろう。


「我等を生んだこと、それが全ての間違いの始まりだ。神は我等をなんと呼ぶ?」

「不完全な、失敗作」

「完全であるはずの神が生み出した失敗作は、何を意味する?」

「……人は、失敗作などではなかった」

「違う。そこへ辿り着いてしまう思考回路こそが、大きな間違いだ。神が完全である貴様らの根底に存在するこの知識が間違いだ」


アマデウスはそう断言してみせる。


「神が完全であったのならば、失敗作は生まれない。神が完全であったのなら、間違いなど犯さない。神が完全であったのなら……完全を目指そうなどと思わない」


完全であることの否定、最後の言葉のみが引っかかる。


「我等が、完全を目指した?」

「あぁ。間違いに気付き、間違いを正そうとするのは、不完全故に完全を目指す者の在り方だ」


自分にはない考え方であった。

だからこそ、何度も、何度も、反芻する。


「あぁ、なんだろう……だめ、だな。我には、これ以上の言語化は不可能なようだ」


ゼウスの表情は笑っていた。


「それは……それはきっと嬉しいというものだ」


アマデウスの言葉に、ゼウスは目を丸くしていた。

信じられないとでも言うように。


「不完全故に完全を目指す神。人を愛したが故に失敗作としての人を許せなかった神。人を失敗作としてしまった己を許せなかった神」


ゼウスにとっては、新しいことだらけであった。

知らない概念だらけであった。

けれど、ゼウスは何処までも笑っていた。


「あぁ、これが、ウレシイ。これが、アイなのか。うれしい、嬉しい。我は嬉しい」


ゼウスのその言葉に、その感情の揺れに、アマデウスは悲しそうであった。


「もっと早くに、手を取り合うべきだった」

「……それはきっとできないだろうさ。今だからこそ、我等は解り合えた。最期の時であったからこそ、神は人を、人は神を理解することが出来た。もっと前の段階で話をしようものなら、ただ互いの死が早まるのみであっただろう」


優しげな表情で微笑む。

先程までずっと無表情であった者とは思えぬほどに優しく。


「なぁ、ゼウス。我の計画に乗る気は無いか?」

「計画?」

「あぁ、世界を再編する。取り返しのつかない失敗を、間違いを、やりなおす」

「……それは、素晴らしい計画だな。だが、我は神である。我は人を愛している。我は、我の手で、愛を証明する。それに、我に奪われた貴様の全ては、その復讐は、話し合いで片付けられるものなのか?」


獰猛に笑い、ゼウスは雷鳴を轟かせる。


「我は最後の神として、この戦い、最期の時まで戦おう」

「我は原初の神殺し。復讐を果たすその時まで、我は戦い続けよう」


アマデウスはその胸に、怒りを、恨みを、憎悪を燃やす。

黒き闇の中、雷が、獰猛に笑うふたりを照らした。

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