一ノ瀬の奮闘

「久しぶりと、言うべきなのだろうか?」

「初めましてじゃない?だって、初めて会ったんだから」


老人の言葉に、子供は笑って答える。


「いやなに、儂も子供の頃は、無邪気に遊んだものだからな」

「……あぁ、そっか……それなら、ありがとう。僕を覚えていてくれて、僕に気付いてくれて、ありがとう」


少年の笑みは、純粋で、穢れを知らない。

だからこそ、わからなかった。


「一つ聞きたい。なぜ、人を殺す?」

「僕はね、呪いなんだ。願いじゃなくて、呪いなんだ。本当神を呪うはずなのに、呪うべき神と会えず、人を呪ってしまった悪い妖なんだ」


悲しそうな表情をする子供に手をのばそうとしたとき、子供は顔を上げ笑った。


「でもね、おじいさんと会えてよかった。僕思い出した、僕は、人の為に神を呪う存在だって。また会おう、おじいさん。神が相手なら、僕が助けてあげる。僕たちを覚えていてくれて、ありがとう」


そこにいたことすらわからないほどに、子供は姿を消した。


「人を護るか。ならば、儂もあの者を護らねばだな」




「非、話は終わったか?」


何処からともなく現れた老人に、肩をびくりとさせた。


「話は終わったけど、気配消して近付いてこないで」

「それは、すまない。しかし話が終わったのなら、あれを倒すとしよう」


雲すら越える高き城。

ゆっくりではあるが確かに動いている巨大な城。


「じいさんは来なくていい。老いた身体には、きつい相手だ」

「ふん、そういうことは、儂に一度でも勝ってから言え」

「心配してやってんだよ」

「心配などいらぬ。確かに、儂の身体は既に老い、ボロボロだ。だが、技は衰えてなどおらぬ。むしろ、冴える一方だ。まぁ、身体にガタが来ているのは事実、あれを倒すのはちと厳しい。手伝ってくれるか、非?」

「……あぁ、俺もあれの相手するには実力不足だ。だから、協力しよう。一ノ瀬家現当主、一ノ瀬空」

「それで良い、一ノ瀬の力を異界の者に知らしめるとしよう」


拳を握り、同時に地を蹴った。

もはや人の出せる速度ではなかったが、二人は確かにただの人だった。


「あれが一ノ瀬家か。敵には回したくないな。まぁ、それは相手も同じか」


男は戦いの結末には興味ないと、背中を向けて一人歩き出した。




「でかいな」

「もはや山だな」


近くで見た城は、その頂上が見えないほどに天高くそびえたっていた。


「ひとまず、壊れな」


非は飛び上がり、壁に手を触れる。

ひんやりとした温度が手に伝わる。

そんなことを無視しながら、壁に身体全体の力を流す。

爆発とも思えるほどの衝撃と音。

弾き飛ばされるように地上に降りた非は、壁を見上げ表情を曇らせる。


「今ので傷一つ無しか。どうやって壊そうか」


その時壁が軋むような音を立てた。

地面が大きく揺れ、天を覆うような壁が現れる。

壁は地面へと落ちる。


「まさか、拳なのか⁉大きすぎる」


苦笑いするのがやっとの状態で、その巨大さとそれに見合わない速度から、避けるのは不可能と判断し拳を握った。


「鍛錬が足りておらんな、非」


隣から聞こえた声にそちら向いた時、その一撃で街が潰れるような巨大な拳に、空は己が拳をぶつけた。

バキッという大きな音、歯を食いしばりながら身体から血を噴き出させる空。

だが、それ以上の音が辺りに響いた。

空から岩がいくつも降ってくる。


「砕くつもりであったが、ひびを入れるのが限界か。すまんな非、仕上げは頼む。あの腕を砕け、それくらい……出来るであろう」


折れた腕を押さえ笑う空に、涙を堪え答える。


「あたりまえだ」


空へと手を掲げる。

風が吹いている。

服も揺らせない弱い風。


何処までも届く。

一ノ瀬の力は、人類の限界だ。

なんの力もない人類が、それでも力を欲し努力の果てに手に入れた力。

一ノ瀬の名を背負う以上、示さねば……人類に不可能は無いと。


「出来るだろう。すでに見たのだから」


一ノ瀬の真髄を、一ノ瀬の当主たる者の力を。

あぁ、触れずとも届く。

この一撃は、全てを破壊する。


衝撃がひびの入った壁を貫いた。

天を上る衝撃は、大きな音を立て通った場所を破壊する。

ただそれだけで塔の如く。

幅数キロ、重さともなればそれこそ考えたくないような。

そんな腕を一ノ瀬は砕き破壊した。


「上出来だ。だが、力が逃がしきれておらぬぞ」


笑う空に、痛む腕を押さえながら非も笑って答えた。


「それくらいわかってる。今は護られていろじいさん」

「ふん、お互い使えないのは右腕のみ。足さえ残っているのなら、瓦礫の雨程度、どうとでも捌ける」


そう言うと空は、自分の頭上に振ってきた瓦礫を、回し蹴りで吹き飛ばした。


「本当に、化け物じみたじいさんだ」


そう言って苦笑いしながら、そして少し嬉しそうに、非も瓦礫の処理を始めた。

一分ほどだろうか、空から降る瓦礫も残り少なくなり、そして最後に少し大きめの瓦礫が降ってきた。

それを空と非は挟むように回し蹴りで踵をぶつける。

音を立てて砕かれる最後の瓦礫。


「これで、ようやく腕一つ」

「さて、こちらも腕が使えないが、あとは他に任せるか」

「他?」


首を傾げた非の背後から、声がかかった。


「ここから先は、私たちが戦いましょう」

「後は任せろ。お前たちは休んでいろ」


一人は異形の腕を轟々と燃やし。

もう一人は、腕を骨に包ませる。


「頼んだぞ」

「バトンタッチだ」


一ノ瀬たちは笑ってその場を後にした。




「さて、儂ら役目はこれで終わりといったところだろう。兄上の予想通りなら、退場の時だ」

「何の話だ?」


その言葉に答えは無かった。

答えを聞く者も、既にそこにはいなかった

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