アーサー王

「マーリン。本物、なのですか?」

「少なくとも、俺が出会ったマーリンと同じ姿をしている」

「本物だとも。僕は君たちアーサー王の師、マーリンだ」


男は笑うと杖を振りかざした。

空を綺麗な花が舞う。


「なんとなくだ、だが確信した。マーリン、お前は神だな?」

「まさか、僕はただの、夢魔と人の混血だ」

「それは違う。お前は、神と人の混血なんだろう?」

「……あぁ、そうだとも。それがどうかしたのかい?」


マーリンはあきらめて認めた。


「お前は、人の敵か?」

「ん、なんだそんな事か。僕は、神の敵だ。人に味方などしていないさ」

「ならばブリテンの滅びはどうなる。お前がいながら、何故滅びた。その滅びは神への攻撃足りえるものだったのか?」


その言葉は、マーリンの感情を揺さぶれるだけのものだった。


「そんなはずないだろう。僕はあの滅びを、ブリテンを、滅びの運命から救いたかった。だけど、出来なかった。神の創り出した運命は、僕一人で抗ってもどうしようもなかった。未だに後悔している。もっと他にやれることがあったのではと、運命を変える方法が、あったのではとそう思う」

「ならそこを退いて、マーリン。貴方の後ろにあるものこそ、滅びの運命なのだから」

「……それはできないよアーサー。これは終焉へと導こうとしてそれを阻まれた兵器。既に運命を外れているのだから。それに、騎士団の勝利のために、この兵器の相手をして、戦力を減らしてもらわなくては」


マーリンは杖を地面へと突き立てた。

花が地面を埋め尽くし、優しい風が吹き抜ける。


「ここは……一体?」


街は無く、花畑の真ん中に立っていた。


「やられた。夢の中だ」

「正解。現実よりもこの世界の方が僕向きだからね」


笑いながら喋っていたと思うと、残像を残して移動した。

火花を散らせ、マーリンとアルトリウスは剣をぶつけた。

マーリンは弾き飛ばされるとそのまま軽々と着地する。


「アーサーを狙ったのだけれど、護られてしまったね」

「アーサー、早く剣を構えろ。呆けていられるほど余裕のある相手じゃないぞ」


そう言われてようやく我に返り携えていた剣を構えた。

そして違和感を覚えた。

聖剣エクスカリバーから、力を感じられない。


「夢の世界に、聖剣の力は存在しない。ここでは積み上げた技術が試される」

「その通り。聖剣を持っている君達が相手では、武器の差で負けてしまう。だから剣技を競い合える夢の世界へと誘ったのさ」


マーリンは笑いながらに剣を振る。

表情と違いその剣技は速く鋭い。

二人を相手取れるほどの実力があった。

出会ってまだ大した時間の経っていない二人だったが、無言で連携が取れていた。

攻撃を弾き常に一対一の状況を作り続け有利に立ち回っているマーリンが口を開いた。


「さすがアルトリウス。身の丈に合わないその剣で、よく僕とアーサーの打ち合いに入り込める。それも、僕がアーサーを打ち取ろうとしたタイミングに合わせて。君が幼い姿でよかった。もし成長した状態だったら、僕は君一人を相手に負けていたかもしれない」


軽々と戦うマーリンは、一度後方へ飛んだ。


「だが、今の君は幼いから、間合いも剣も、まるで自分のものと思えないほどに合わないだろう。そんな君では僕には勝てない」


今までアーサーを狙っていたマーリンが、一転してアルトリウスに攻撃を仕掛けてきた。

アルトリウスは咄嗟に攻撃を防ぐが、剣を弾かれる。

がら空きの胴体へ切り込んでくるマーリンの剣をギリギリのところで防ぐ。

だが、防ぐことに集中していたうえ、大人のマーリンと子供のアルトリウスでは力に圧倒的な差があり吹き飛ばされてしまう。

吹き飛ばされる空中であっても、マーリンは追い打ちを仕掛ける。

アルトリウスは歯を食いしばりそれら全て防ぎながら地面へと着地した。


「矢張り今の君は、自分の剣に振り回されているね」


剣をうまく扱えないアルトリウスに、マーリンは容赦なく攻撃する。

アーサーもなんとか代わりに攻撃を防ごうとするが、マーリンを相手に長くはもたない。


「マーリンがこれほどまでに強いとは」

「アーサー、君の剣技は僕が昔アーサーに教えたもの。君は厳密に言えば弟子ではないが、師匠が弟子に負けたりなどしない」


余裕を見せるマーリンが、振り返って空を見つめる。


「何かあったか?」

「いや、少し現実世界が騒がしくなっただけだ」


マーリンは構えを変えた。


「――――――⁉」


アルトリウスは、距離を詰め力いっぱい剣を叩きつけた。


「アーサー、攻めろ‼」


アルトリウスの叫びに、アーサーも距離を詰め斬りかかる。


「君の剣技じゃ、僕には届かない」


たった数度の打ち合いで、マーリンはアーサーを吹き飛ばした。

そしてそのまま流れるようにアルトリウスの剣をいなし蹴り飛ばした。

視線を落とし剣を握る手を見る。


おかしいな、少しずれてる。


別のことに気を取られた一瞬を逃さない。

アルトリウスは距離を詰め斬りかかる。


考えう時間はもらえないか。

それもそうだ、いくら子供の身体とはいえ、中身は正史のアーサーよりも強い者なのだから。

しかしおかしいな、アルトリウスの動きが、速くなっているような。


しばらく二人の戦いを見ていたアーサーが地を蹴りマーリンへ攻撃した。


アルトリウスが合わせることで連携していた。

だが、このタイミングで、アーサーがアルトリウスに合わせてきた。

アルトリウスを主軸とした戦い方なら、僕に攻撃を読まれない。

今の短時間で、アーサーはアルトリウスの動きを掴んだか。

まったく、必死な人間というのは恐ろしいものだね。


マーリンは二人の攻撃を後方へ下がりながら、何とかいなし、弾き、躱す。

その顔には少しの焦りが現れていた。

二対一、そして連携が取れるようになり、ようやくマーリンを相手に互角で戦えるようになった。


しかしおかしいな、未だにアルトリウスは速度を増している。

最初から全力であればもっと早くに決着はついた。

それをせずに段々と強くなっている。

これはまるで成長しているよう、だが、成長と呼ぶにはあまりに早過ぎる。

いやしかし……これはまさか。


「あぁ、その通りだマーリン」


剣を重ねるアルトリウスは笑った。


「俺は今までこの剣が使えなかった。体が小さくなり、持っていた剣は大剣と呼ぶに相応しい長さとなっていた。大剣なんて一度も振ったことが無かったが、今ようやく扱い方を理解した」


アルトリウスは体全体を使って大振りの攻撃をする。

マーリンはそれを避けたが、流れるような攻撃に、全てを避けきれず剣で防ぐ。

だがその一撃で後方へ吹き飛ばされた。

隙を逃さず、アーサーが追い打ちを掛ける。

万全の状態ではないマーリンだったがこれを辛くも捌く。

だが、最後の一撃を完璧に捌くことが出来ず致命的な隙を作り出してしまった。

アーサーの後方で待機していたアルトリウスの声が聞こえる。


「マーリン。俺は既に、目覚めているぞ」


その言葉が、マーリンの思考を止める。

アルトリウスの周りの花が宙を舞い、握る剣が光り輝く。

花の無くなった地面を蹴り、距離を詰める。

振り上げた聖剣を、マーリンへと振り下ろした。


「エクス、カリバー‼」


光が辺りを包み込んだ。

そして鳴り響いたのは、金属音だった。


「マーリン。油断しすぎだ」

「……僕は油断なんかしていないさ。ただ、二人が僕の想像を超えるほどに強かっただけだ。取り敢えず、ありがとう、団長」

「私は元団長だ。今の団長はイリスなのだから」


光が、煙が、消えて辺りが見えてくる。

そこには、大盾を持った男がいた。


「今の一撃を、防いだ……のか?」

「あぁ、私は護ることしかできない。攻撃を防げなかった時、私は誰にも必要されなくなる」


だからって、そう簡単に防げるものじゃない。

なんでそうも涼しい顔をしていられる。


「私の名はロウレイ。仲間であるマーリンを護るべく推参した。それでマーリン、まだ戦うのか?」

「いいや、もういいかな。君と二人なら勝てるだろうけれど、僕がしようとしたのは時間稼ぎだ。それももう終わった。僕の役目は、終わったんだ。彼らの成長こそ、僕の役目だったんだろう。僕は神様だからね、未来が見えるんだ。全部が全部見える訳じゃ無いけれど、終わりくらいは、見えたよ」


マーリンはアーサーに微笑みかける。


「アーサー、君は良き騎士となるだろう。王としての素質は無かったが、騎士としての素質は、十二分にある。君の成長を楽しみにしているよ。君に言うべきことは何もない。だって君には、僕以上の導き手がいるようだからね」


マーリンはアルトリウスの方を向き優しく微笑む。


「アルトリウス、君は僕のことが嫌いだろう。だけど、僕はマーリンだから、その剣を抜いた者のことは導かなくちゃいけない。君は強い。護りたいものを、今度こそ護り抜けるだろう。僕のことは信用も信頼も出来ないだろうけれど、花の魔術師マーリンは、君のことを一人前であると認めよう。だから、もっと自信をもて、胸を張って進みなさい」


二人の間を通り抜けるマーリンに、ロウレイが呼びかける。


「マーリン何処へ行くんだ?」

「言ったろう、僕は未来が見えるって。けれど僕の眼は、この先を映してはくれない。知っているかい?花はいつか枯れる日が来る。役目は果たした。だからもう、咲き続ける意味は無い」


花が黒く染まりしおれていく。

マーリンの身体は、花弁を散らせるように消えていく。

散っていく花びらの一つ一つを、黒く染め上げながら。

世界は現実を取り戻し、目の前には、腕のない巨大な城が建っていた。


「彼らの晴れ舞台には、きっと花がよく似合う」

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