正直者と生徒会

「酷いなぁ、僕は信頼してるのに。まぁ、天さん以外からの信頼なんてどうでもいいし、僕が相手するのは、貴方じゃなくて……」

「私なんだろう?」


明るい声が聞こえてきた。


「あぁ、貴方だ……かんなぎ術廉みちかど

「それじゃあ、一つ手品でも見せてあげよう」


二人は薄っぺらい笑顔を向け合った。

術廉は懐から銃を取り出し、男に向かって撃った。

弾丸は胸に直撃する。

しかし血は流れなかった。


「僕は、貴方がこの位置を撃つと読んだんだ」


男は胸ポケットから凹んだ金属の板を取り出した。


「マジックと言っただろう。マジックで死人などでない。私は君が弾丸を止められるだけの準備をしていると読んだのさ」


二人は笑みを深める。


「私を相手に」

「僕を相手に」

「「頭脳戦のつもりか?」」

「私に勝ちたいなら、一を連れてこい」

「僕に勝つつもりなら、アインスを連れてこい」

「そうでもしなきゃ私には」

「そうでもしないと僕には」

「「勝てない」」


二人は歩み寄り、話始める。


「何故貴方は嘘を吐く」

「私は嘘など吐いていないさ」

「何故貴方は裏切る」

「私は誰も裏切っていないさ」

「知っているか?嘘吐きには制裁があるらしい」


ゆびきりげんまん


突然聞こえる唄。


うそついたらはりせんぼん


いつか聞いた子供の声。


のーます


突然爆発ともわからぬ音がする。

唄は途切れ、代わりに老人の声がする。


「呪いは無効となった。非、気を付けろ。まだ何か企んでおるぞ」

「じいさん。それくらいは気付いてる。過保護なのは子供に嫌われるぞ」

「儂ももう年でな、出来る全てをしてやりたいのだ。まぁ、気付いているのならばよい。わしはこの子供の相手をする。ではまた」


老人は消えると見紛う動きで、倒壊するビルの中へ入っていった。


「正直者が痛い目を見る。そういうこともあるんだ」


術廉の笑みは、相手を馬鹿にしているようだった。


「真実の中に嘘を混ぜる。それが最も騙しやすい。お前のような正直者にはわからないかもしれないがな」

「わかるさ。僕は正直に生きようと思って生きてきたんだ」


男は今までと違う笑い方をした。


「僕と貴方は違う。貴方は誰かを救うために裏切り続けてきた。けれど僕は、全てがどうでも良いから正直に生きてきた。貴方と僕は真逆だ。だからこそ、僕が貴方の前に立つ」


それは子供のような、無邪気な笑顔。


「僕の勝ち。貴方では僕に勝てない」


男の狙いに気付き、術廉は動くが、一瞬遅かった。

地を蹴り、手をのばす術廉だが、その手はほんの数センチ届かなかった。


「あぁ、知ってたとも」


術廉はそう言い残しその場から消えた。

誰も気付けなかった。

男が隠していた情報に。

老人と非が気付いた澄の行動。

だが、本命は他にあった。今の今まで一度も行動しなかった、正直者以外のもう一人。

電脳世界に住まう男、科学兵器に魅せられた女、未来技術に辿り着いた者。

何よりも秘匿すべき未来技術は、一度も行動しなかったのではなく、簡単に動かせなかった。

だが、誰もいない街、残らない記録、使うことが出来るタイミングが今だった。

消滅式。

魂の有無にさえ手を出し、生物の命を消滅させる兵器。

内容を知っていたが故、男はこの結果に疑問を抱いた。


何故体までもが消えている?

この兵器に効果範囲なんてものは無いはず。

僕ならわかる。

考えたところで無駄だということが。

僕はアインスという男とは違う。

彼の様に、考えれば必ず結果に辿り着けるような人じゃない。

それを僕は理解してる。

ともかく、作戦は失敗だな。

僕には理解できない兵器の成果が振るわなかったこと以上に、天さんの部下が言いくるめられたことが問題だ。

これではどちらが正義かわからない。


「とりあえず撤退。一ノ瀬非、ファンタジーの相手は貴方達に任せる。僕らはただ、天さんの正義を為すだけだ。今はまだ、その時じゃなかった」


背を向けて歩き出す男に、後ろから声がする。


「私たちは、今から非さんと行動します」

「……構わない。過去にお世話になった先輩と会ったんだ、積もる話もあるだろう。僕は一人で帰るよ。引きこもり二人が待っているから」


男は手を振って今度こそ立ち止まることなく歩いて行った。


「それで、彼は一体何者だ?」

「知りません。名前さえも教えられてませんから。あんな嘘吐き、信じられるわけがない」

「まったく、澄さんは人を見る目がホントにないですね。あの男は嘘なんて吐きませんよ。あの男はただ、全てに興味がないだけです」


真以の言葉に不意を突かれたが、向きを変えて非は会話を続けた。


「それはつまり……一と似ているということか?」

「うーん、似ているようにも見えますが、全然違います。先輩は興味が無いんじゃなくて、嫌いなんです。周りもこの世界も、自分さえも嫌いなんです」

「あぁ、嫌いと興味が無いは確かに違うな」

「さらに言えば、センパイは皆のことが嫌いなのに心配してしまうんです。でも、関係無いと自分に言い聞かせるんです。そうやって行動しないようにするんです」


好きな男を目に浮かべ、頬を赤らめる。

一転して、今にも舌打ちでもしながら罵倒しそうな表情へと変わる。


「けどあの男は違います。興味もないのに行動するんですよ。だから疑われる。だから信じてもらえない。その行動に理由が無いから」


その苛立ちは増し続ける。


「あれは紛れもない天才ですよ。だから嫌いなんです。あの男はその才能を生かさない。私があれだけ才能に恵まれていれば、センパイの隣に、もっと、長く……」


彼女が誰かを羨むことがあるのか。

手に入らないものを求めるだなんて馬鹿らしいと、一蹴するだろうに。

でも、それもそのはずか。

人を見る目に優れた彼女だが、アインスを落とす方法はいくら考えてもわからなかった。

あの日までに彼女が出会った者の中で、その方法に辿り着けるほどの頭脳を持つ者は、アインスくらいなものだから。

欲しがるだけ無駄、そう理解していても、欲しいのだろう。

恋とは、そういうものなのだろうから。


「今の彼なら、友人としてだろうけれど、そばに居させてくれるさ」


優しく頭を撫でようとした手は、振り払われた。


「今も直ってないんですね、誰にでも優しくする癖。私八方美人は嫌いですよ」


無意識の内だが、自分の行動に驚いていた。


「恋をして、こういう癖も直ったと思っていたんだが……癖は簡単に抜けないな」

「な……会長、誰かとお付き合いを?」


澄はその衝撃に固まっていた。


「あぁ、いずれ一ノ瀬家の方で籍を入れるつもりだ」

「あれ、一ノ瀬の名字を棄てたがっていたのでは?」

「誤解が解けたのでな。もう一ノ瀬家を嫌ってはいない」

「別に好いてはいないんですね」

「さてな、それはこれからだ」

「結婚……するん、ですか」


何とかかえってきた澄は、非に詰め寄った。


「あぁ、そういえば澄さん会長のことが好きでしたね」

「好きじゃない。私はただ、一ノ瀬家の権力と財力を欲しがっただけ。それがあれば……化学兵器作り放題」

「確かに一ノ瀬家はやりたい放題できるだろうけれど、武家であることに変わりはないから、澄君が望むほどのことはできない。それに、政府の下で働いている今の方が好き放題できるだろう?」

「うーん、それが、制約が多くて好き勝手出来ないんです」

「……なら、ギルドに来るか?」

「ふぇ?」


非の提案に、間抜けな声をだした。


「ギルドなら、そもそも犯罪組織な上、どの国も手を出せない。それにかなり広い敷地もあるから、実験場には困らない。まぁ、陸限定だから、騎士団の方が海上実験はできると思うが、どうだ?」

「……でも、日本じゃないんですよね?」

「あぁ、ギルドはアメリカ、騎士団はイギリスだ。日本となると、政府辺りに融通が利く早乙女天の下か、皇室に融通が利く妖組かだな」

「うわぁ、妖組犯罪組織のくせに」

「……俺も一応犯罪者だってこと、忘れてない?」

「あ、えっと……忘れてないです」


澄の言葉に、思わず笑ってしまう。


「そうやってうっかりしてるから、昔もテストで満点だけは取れてなかったな」

「その話はやめてください。当然の如く全てのテストで満点を取っていた男が脳裏に浮かぶので」

「なんだか懐かしいな、こういうの。そうだ、この戦いが終わったら、またみんなで集まるのも、楽しそうだな」

「それって、センパイもいたりするんですか?」


勢いよく食いついて、眼を輝かせる。


「彼を呼ばなきゃ、君は楽しくないだろう?」

「はぁ、ふふ、やったぁ。また、センパイに会える。今度は、ちゃんと日常で」


喜びを噛み締めるように、そして、嬉しさから真以は涙さえも流す。


あぁ、そうか、これは非日常だ。

この世界にずっといたから気付けなかったが、これは、こうして戦っているのは、日常ではないんだ。

日常の中で出会うのと、非日常の中で出会うのでは、全く違う。

好きな人との時間こそ、日常でありたい。

そう思うのは、当然のこと。

その感覚は少し羨ましいな。

だからこそ、速く終わらせて、日常へ帰ろう。


巨大な城へと、眼を向けた。

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