行動開始

さて、そろそろかな。


アインスは、ちらりと横目で焔を見る。

平然としているが、何かに少しだけ意識を割いていることに、アインスは気付いていた。


辺りに人はいない。

ここでなら、力を使える。


《今しがた報告があった。あの男、アインスは、人質など取ってはいない》


頭の中に響く声。

報告を聞き、即座に行動する。

燃える右腕、世界を遅く感じながら、アインスに攻撃をした。

その攻撃を見えているかすら怪しいアインスは、自分を攻撃している焔に向かって微笑んだ。

アインスの目の前で、ピタリと止まった燃える右腕。


「おい、殺さないのか?」


煽るように言うアインスを睨む。


「何故避けなかった」

「俺には避けれない」

「何故防がなかった」

「俺には防げない」


声を徐々に荒げ始める。


「何故人質を取らなかった」

「必要なかったから」

「何故護衛を付けなかった」

「必要ないから」

「なぜ……なぜ、俺を殺さなかった」

「……だってお前、俺のこと殺さないだろ?」


その言葉に、拳を握りしめ腕を下げた。


「理解したんだろ?俺がどういう人間か」


アインスと戦況を見ていた少しの時間で、なんとなくわかっていた。

今の問答で、確信に変わった。


「お前は、死を許容できないんじゃないのか」

「……あぁ、俺は死を、そして敗北を、許容できない」

「なら、なぜこの戦いで死者が出てる」

「仕方のないことだってあるだろう」

「そんなはずない。お前は、お前ならば、この戦いを一人の死者も出さずに終わらせることだって、出来たはずだ‼」


声を荒げる。


「あぁ、その通りだ。俺ならこの戦い、無血勝利を収めるなんて簡単に出来る。たとえまた奴らの邪魔が入ろうとも、今の俺なら勝てるだろうさ」

「ならなぜ……」

「その勝利には意味がない。勝ったところで、次はもっとひどい戦いが始めるだけだ」


焔には見えない結末と、その先の話。


「それにな、そもそもこの戦いは、誰かを犠牲にして前に進むような最悪なものじゃない。この先で待つ、過去の清算のため、自分の足で立ち上がるための成長の戦いなんだから」


話を聞いても、やはり理解はできない。

ただ、この男を殺すというのは、間違っているような気がした。


「俺にはお前が何をしようとしてるかなんてわからない。だけど、それが敵味方に拘わらず、皆の為だということは分かった。俺は止めないから、好きにするといい」


焔にはもう、敵意は無かった。


「それじゃあ、そうさてもらう」


アインスはそう言って親しげに笑った。


「もう話は終わったかい?」


背後から聞きなれた声がした。

振り返ると、白髪赤目の少年がそこには立っている。


「シナー、来たのか」

「読めなかったかい?」

「まさか、来るだろうと思ってたさ。安心しろ、順調に進んでる」


シナー?

ギルドのボスが、目の前にいる。

妖組の俺は、ここで……。


「安心しろ焔。お前を殺そうとここに来たわけじゃ無い。それに、お前はもっと別の奴と戦うんだからな」


そう言って、肩を組むと窓の外を指差した。

その先に見えたのは、いつの日か戦った神父であった。


「あいつは……」

「白黒はっきりさせたいだろ?なら戦って来い」


アインスは楽しそうに笑う。


「俺はギルドの参謀だからな、仲間を応援するのは当然だ。だが、俺には心があるからな、友人を応援するのも当然だ。だけど、俺は普通じゃないからな、どちらにも肩入れはしない。それじゃあ……行ってこい」


アインスはそう言うと、焔の背中を押す。

焔は押されるままに、目の前のガラスにぶつかる。

だが、ガラスは霧となり消え、焔はぶつかることなく落下した。


な、幻覚⁉


《彼奴、護衛はいないと嘘を吐いていたか》


……それは無いと思う。

たぶん彼は、彼が思ってる以上に、周りに好かれているんだろうね。

あの場にいたのは、彼に言われたから護衛してたんじゃなくて、彼が心配だから見守っていたんだろうさ。


《……お前がそう言うのなら、我等はそれを信じる》


それじゃあ、楽しもう‼


身体に炎を纏い、焔は飛んで行った。


「ホームズ出てこい」

「……いつから気付いていた?」


階段を上ってホームズが姿を現した。


「割りと初めから。お前が俺を襲ってきた奴ら全部捌き切ったら、勝手に俺のこと護衛すると思ってたからな」

「なら何故……あぁ、そういうことか」


何か聞こうとしたようだが、ホームズは自分の中で解決する。


「それで、君は本当にクロと、妖組のボスの元に行くんだな?」

「あぁ、そうしなきゃなんでな。そうだ、お前は子供たちのことを眺めてると良い。面白いものが見られるぞ」

「…………わからないな。だが、わかった。ワトソンと共に彼らを観戦することにする」


ホームズは少し考え、答えは得られないと結論付けて、アインスの言う通りにすることに決める。

辺りは濃い霧に包まれ、その中にホームズは入っていった。


「さて、シナー。イリスのことは任せる」

「大丈夫。僕としては君の方が心配だ。殺されないでよ」

「心配などしてないくせによく言う。でもまぁ、安心しろ。俺はこの戦いを成立させる」

「あぁ、クロは任せた」


アインスの言葉を聞き、シナーは窓から飛び出す。

それを見送ると、アインスは一人エレベータに乗り込み、階を下りて行った。

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