アインスの帰還

暗い空間から、一人の男が出てきた。


「なぁ、神様……俺と少し、話をしないか?」


巨大な体を持ち、偉そうに座る男は、見下ろし、少し笑った。


「ふん、頬に紅葉がついてるぞ」


右手で頬に触れる。

まだ少しヒリヒリしている妻に叩かれた真っ赤な跡。


「色々あってね」

「そうか。良い顔をするようになった」


威厳がありながら、優しく微笑む男を見て、確信した。


「やっぱり。お前、人の味方だろ」


男はその言葉に、固まった。


「立った一柱ひとりだけだったが例外はいたさ。神だというのに、人に味方した奴がな。お前、囚われてるんだろ。この死後の世界においての最高神。だが、神を恨み、神を殺そうとする者に、手を貸した。だからここに閉じ込められ、ここで仕事を押し付けられている。そうなんだろ?」


そうか、この男は、戦闘に関しては他に劣っている。

だが、その頭脳は、彼ら以上……かもしれない。


こたえは沈黙だった。


「こたえられないか。ま、そうだろうな。お前は、俺たちの魂を保護してたんだろ。転生の輪にいれず、そのまま蘇れるように。それがお前の償いなんだろう。今お前は過去の罪を償ってる、それは勝手にすればいいさ。たださ、俺、感謝してるんだ。あの神が地上に降りた以上、お前は一人だったはずだ。それでも、俺たちの味方をしてくれて、ありがとう」


そう言って頭を下げる。


「お礼と言えるかどうかはわからない。あれは俺たちにとっても邪魔なもので、俺たちは出てくるものを相手すればいいだけ。だがお前は、その門をこそ、破壊してほしいんだろう?」


男は目を見開く。


「壊してやるよ、その門。まぁ、壊すのは俺じゃないが……冥界の神オシリスの思惑、潰してやるさ」

「…………」


何も口にしない男を見て、笑う。


「回答は要らないさ、どうせお前には答えられない。そして、お礼もいらない。これは、お前に対するお礼だから。そんじゃ、俺のこと蘇らせて」

「……それが、お前の肉体が見つからなくてな」

「え……あぁ、うまく隠したなぁ。そんじゃ他の死体に入れたりしない?」


一瞬考えるも、さほど問題とは思わなかった。


「可能だが、それは……」

「大丈夫大丈夫。ちゃんと関係者にするよ。あ、それと小さくなれない?見上げるの首痛いんだけど」


そう言われ、ため息を吐きながら普通の人間サイズに小さくなった。


「なんだその反応、もともとのサイズだろ?」

「お前の態度にため息を吐いたんだ」

「知ってる」


満面の笑みであった。


「あぁ、もういい。とにかく来い、現世の様子を見るぞ」

「はいよ」


そう返事をして後ろをついていった。


「とりあえずこれを見ろ。今日一日でこれだけの人間が死んでいる」


そう言って出されたのは世界地図。

浮かび上がるのはおそらく人名。

国によって別々の言語で死者の名が書かれた世界地図には、今も尚名が増え続けている。


「……そうか。ま、俺に関係ない命は関係ないや」

「な……」

「もっと人間らしいと思ってた?残念だけど、最初から壊れてんだよ、人として」


その微笑みに憂いはない、悲しみはない、もうすでに吹っ切れている。


「んで、場所は日本。今日は確か……俺が死んで何日たった?」

「死んだ日を含めて九日目だ」

「おっと、ちょっと遅刻かな。取り敢えずその日は確かこの辺で……あったあった。特殊部隊が派遣されて死人がいる。この名前、特殊部隊の人間だな。こいつにしてくれ」

「わかった。それでは、別の体だが、蘇らせるぞ」


男は瞼を閉じさせ、手をかざす。

意識が暗転し、次に目を覚ますと。




そこは、現世であった。


ふむ、さすがは特殊部隊の人間、随分鍛えている。

身長体重も予想通り。

怪我は治っており、病気も抱えていない。

過去の手術で器具を埋めたりもしていない。

骨に異常もなければ、タバコも吸っていない。

いたって健康な体、素晴らしいね。


男は突然起き上がると、軽く跳ねたり、身体をのばしたりする。

最後に深呼吸をすると、身に着けていた装備を降ろし始めた。


まずは身軽にするために、通信機器、ハンドガン、ナイフ以外を、この場に置いて行こう。

さて、死ぬ前に調べた情報によると、この作戦はどこぞの組織のアジトの場所が判明したから皆殺しにするというもののはずだが……一人しか入っていないところを見ると、作戦内容が変わっているな。

何を目的とした侵入に変わったかだが、暗殺だろう。

最悪の場合は突入するとして、外で待機でもしてるんだろう。

それじゃあ、この体の仕事を終わらせようか。


男は極力足音を立てないよう、静かに駆けだした。


暗殺任務なのはわかってるが、こちらにも時間が無い。

悪いが少し、騒ぎになる。

まぁそのころにはもう、外だろうがな。


角を飛び出し出会い頭にナイフで刺し殺す。

気付かれる前に殺し。

気付かれても、声を上げる間もなく、引き金を引く間もなく殺す。

そしてたどり着いた最奥の扉。

この中に、組織のボスがいる。

何のためらいもなく開け、開けると同時に、一発撃った。

弾丸は脳天を直撃し、組織のボスは椅子に座ったまま死んだ。


これで作戦は成功。

これだけ奥にボスの部屋があるんだ、当然脱出の方法がある。

ということで


「隠し扉をオープン♪」


さ、隠し通路使って帰ろ。


音を響かせながら全力で駆け抜けた。



ようやく外だ。

さて、どうなるかな。


外に出ると同時、銃声がした。

それは真横から、自分を狙ったものだった。

銃弾は首を掠めた。


そう来たか。

てか危な、俺の体なら今の当たらなかったのに。

まだ慣れないなぁ、このでかい体。


連続して撃たれるも、銃口を確認しながら避けていく。

弾切れのタイミングで森に入り部隊が待機しているであろう場所まで走る。


追いかけてこないか。

ならこの先に、部隊が待ってるはずだが、まぁ最悪の場合この先は罠だが、無いだろうな。


思惑通り、部隊の人間がそこにはいた。

隊長と思しき人間が近づいてくる。


「成功です……暗殺は、成功しました」


息を切らしながら告げる。


「なんと、成功させたか。今夜は俺のおごりだ。たらふく食べ、そして飲め」


隊長は笑った。

作戦の成功に、仲間の生還に。


「その前に隊長、お話が。みんなも聞き給え」


ん?呼び方が、いつもと違う。


「俺は重大な情報を手に入れた。この隊に、スパイが紛れ込んでいる」

「何、スパイだと?一体だれが……」


ほお、俺を見ないんだ。

二人の関係性かな?


隊長はその場を動かず、男もまた、隊長のそばを動かない。

他の四人が距離をとる。

互いに互いを警戒する。


そう装っているんだろう、スパイさん。


「もちろん、スパイが誰なのかも、わかっている」


その言葉に全員が動いた。


さて、こう言われたときの動き方なんざ二つだけだ。

俺が嘘を吐いている、スパイだと言いくるめる。

まぁ、かなり難しいだろうがな。

そしてもう一つ。

全員を殺して、一人生きて帰ったということにする。

まぁ、殺してしまうと偽装が大変。

ただ、俺の背後は崖、下は海。

死体の処理が楽なわけだ。

だったらもう、即撃つだろうさ。


隊長が庇おうと動く。


あぁ、それも予想してたさ。

だから背後が崖で都合がいい。


四人一斉に銃を抜くのを見ながら、隊長の襟をつかんで、崖から飛び降りた。

四つの発砲音、上を飛んで行った弾丸。

それを見ながら、落ちていく。


かんなぎに渡したあれは、きっと読み違えている。

だが、俺はもう、読み違えない。


落ちる二人に、何者かが触れた。

その瞬間、崖の上に移動した。


「おかえり、アインス」


隣に立つ、先程まではいなかった男。


「あぁ、ただいま。さて、後は頼んだ」

「任せろ」


男は笑う。

また会えたことが、嬉しくて。

そして、頼られたことが、嬉しくて。

手を前に出す。

四人の持っていた銃は浮かび上がり、その中に殴られる。

すぐに四人は気絶した。


「ありがとう。さて、彼らは何処のスパイかな」


横に並べられた四人を眺める。


「ふむ、彼は……あれれ?だめだよ、この手段をとっては、脅される」


まぁ、これくらいしないと、今のこの国の情報は手に入らないだろうがな。

で、この人も同じ国と。

さて次は……


「おやおやぁ?これはどういうことかな、俺ら信用なさすぎだろ」


アメリカじゃないか。

これを証拠と一緒にシナーに話せば、アメリカとギルドは敵対関係になる。

やった、大国を脅せる。


「よし。正体も分かったし、帰るか。っとその前に」


隊長のもとに歩み寄る。


「すまない。この体の持ち主は、すでに死んでいる。生還、していない。死んだ彼の体に俺が入り、この作戦を成功させた。俺がこの体から抜ければ、体も腐敗し始めるだろう。すまない、まだこの体は返せない。だが、必ずあなたの元へ送り届ける。あなたの友を、必ず届ける。本当に、申し訳ない」


そう言ってアインスは頭を下げる。

泣き叫び、男は膝から崩れた。

それを無視して、アインスは歩いていく。


「巫、帰るぞ」


その瞬間、空間が爆ぜた。


な、敵?


吹き飛ばされながら、敵の姿を確認する。


同じ服を着ているが、どの部隊のものでもない、どの組織のものでもない。

顔も一致する情報はない。

騎士団か、妖組。

だが、この二組織は、もう幹部クラスしか残っていないはずだが……幹部お抱えの兵でもいたか。

だとすると、妖組は……酒呑童子はないな。

なら騎士団、だが……俺は騎士団における頭脳派を、知らない。

が、問題はない。


「アインス、手を」


アインスの真上にテレポートしてきた巫に手をのばす。


なんだ?この違和感は、殺そうとしていないような……そういうことか。


「アメリカ‼」


アインスの叫びを最後に、二人はその場から消えた。




「情報はなかったはずだが、襲撃のみで読んだということか。さすがだ。そうでなくては、俺たちが……報われない」

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