死後の世界
アインス、君は一体何処に居るんだ。
目を覚ますとそこは、真っ白い世界だった。
道に立っていたから、歩いてみたけれど、これほどまで長い道のりだとは。
そうしてようやく見えたのは、何やら偉そうに座っている男であった。
「お前が、死後の世界の神か?」
「あぁ、そうだ」
これが嘘なのかどうかは、俺にはわからない。
もしかしたら、俺は未だ死んでおらず、夢を見せられているだけかもしれない。
幻覚の可能性だってある。
けれど、そんなことはもう、どうだっていい。
もう俺は、これ以上先へ進みたくない。
「日本には地獄というのがあるのだろう?俺は、人を殺したぞ、その地獄とやらに送れよ」
「お前は罰を求めている。そんなお前に、罰など与えるものか。お前には、何もない暗闇がお似合いだ」
そう言って男は扉を開いた。
先の見えない、何も見えない、真っ暗な空間。
「……そうか」
アインスは一言呟いて、その部屋に入っていった。
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誰かの足音がする。
暗く、何も見えない空間に誰かが入ってきた。
………………あれから、どれくらい経ったのだろう。
いや、そんなこと死んだ俺には関係ない。
何も考えず、眠ればいい。
今だって、誰かの足音に、意識を戻されただけ。
また、何も考えずに沈めばいい。
そうして目を瞑るも、近づいてくる足音に眠れずにいる。
足音はすぐ目の前で止まり、話しかけてくる。
「ねぇ、こんなところで、何してるの?」
優しく、悲しい声だった。
どこか懐かしく昔を思い出す。
けれど思考することはなく、ただ俯いて何も返さない。
「はぁ、あなたには帰るべき場所があるでしょう?こんなところさっさと出て行きなさい。
待ってる人がいる、だから何だ。
俺はもう、前へ進めない。
空を見上げられない。
生きることすら、辛いんだ。
もう俺を気に掛けないでくれ。
「また無視して。ほら、立ちなさい。立ってまた、歩き出しなさい」
「…………無理だ」
ぼそぼそとした小さな声だったが、初めて返事をした。
「無理なんかじゃないわ。大丈夫、あなたはまた歩き出せる」
「わかったようなことを言うな。俺はもう、前へ進むことも、立つことすら出来ない」
「……言うに決まってるじゃない。あなたのこと、私が一番知ってるもの」
「何を言って――――⁉」
苛立ちも限界に、顔を上げ睨んだ先にいたのは
「ツヴァイ?」
驚きと、怒りと、喜びと、様々な感情に、何も言えなかった。
「そうよ。ほら、あなたのこと一番知ってたでしょう?」
「……あぁ……あぁ……お前が、お前が言うのか。俺にもう一度立てと、また、歩けと……背負えというのか‼」
あの日目の前で失った、愛しい者。
再会して初めて口にした感情は、怒りだった。
「あの日お前が言った言葉で、俺はここまで進み続けた。俺のせいで死んだ、お前の命を背負って。理由をつけて、殺してきた命を背負って……ここまで歩いた。ここまで生きた。もう、休ませてくれ」
怒りのままに叫ぶ。
「俺はただの一般人だ。異能も魔力もない。魔力があるだけ、一般人のほうがマシだ。そんな俺がずっとしてきたのは、人殺しだ。何百人、何千人、何万人。俺はもう、殺してきた命を……背負えない」
涙を浮かべながら、ツヴァイを見上げる。
「…………情けない」
溜息を吐いて微笑む。
「割り切りなさい。もっと考えなさい。あなたがなんで、進み続けたかを」
優しい声だった。
「考えればわかるでしょ?だってあなたは、考えることに関しては、誰よりもすごいんだから」
そんなはずない。
だって俺は
「だって俺は、読み違えた。俺の考えが足りなかったから、お前は」
大きな音を立て、アインスの頬を叩いた。
「うじうじしない。あなた、私の言葉が信じられない?」
頬を叩かれて、ようやく冷静になった。
「ほら立って。こんな暗い場所で、もう立てない~なんて、情けないこと言ってると、私に嫌われちゃうよ」
あぁ、あぁ、ようやく思い出した。
何故ずっと生きてきたのかを。
何故ずっと進み続けたのかを。
そうだった、俺はただ、会いたかったんだ。
最愛の妻に、会いたかっただけなんだ。
「……それは、困るなぁ。好きな人に嫌われるのは、とても辛いからね」
久しぶりに、心から笑った。
演技でしか笑ってこなかったから、ぎこちなかったけれど、それは、十年以上表に出さなかった、アインスという男の素だった。
なんだ、知ってたんだ。
ずっと理解できないと思っていた、人の心。
知りたいと思っていた、恋と愛。
ずっと前から、知ってたんだ。
俺はちゃんと、ツヴァイのことが、大好きで、愛してんだ。
立ち上がり深呼吸をする。
いつもとは、今までとは違う。
全てを飲み込むような虚ろな眼ではなく。
どこを見ているのか、誰を見ているのかがわからない、演技じみた眼でもない。
そこには、意思があった。
ちゃんと生きていた。
「なぁ、情報をくれ。あるんだろう?」
ようやくだった。
長かった。
ようやく、あの日見た少年の笑みが、また見れた。
「……うん。ある、あるよ。だって、私は観測用機。見ることしかできない。けれど、全部見える」
そう言ってツヴァイは、満面の笑みを浮かべた。
「……でも、おかしい。ここからちゃんと、現世の様子、見えたのに。アインスとその周りしか見れなかった」
その一言で、思考が加速し始める。
目を細め、何かを見つめるアインスに、ツヴァイは笑みを浮かべた。
「私は機械なのに、壊れた後、全部治って、ここにいた」
「ここにきて、観測しようとしたけれど、出来なくて。どうにか観測できた頃は、アインスが学校に行っていた」
「他はどう頑張っても、観測できなかった」
「————————————」
「————————————」
「——————————―—」
自分が持っている情報を、アインスに向かって話し続ける。
全て聞き終えると、アインスは目を瞑る。
一分ほど経つと、ゆっくりと瞼を開く。
「ありがとう。これで、この戦いを始めた理由も、終結のさせ方も、その後に控える終焉も、全部わかった。情報が無いから仕方ないとはいえ、この戦いの黒幕にして、最も心強い味方、その正体は、わからなかったな」
見れたものが少なかったから、あまり情報はなかった。
それでもすべてを解き明かしたアインスは、悔しそうだった。
だが、一転、アインスは笑う。
「シナー。お前にこれが読めたか?読めなかっただろう………………俺の勝ちだ」
笑うアインスを見て、安心した。
張り合える相手が、友達が、アインスにはできたのだ。
空を、海を、大地を割るような戦争。
そんな世界で、洞窟に捨てられた一人ぼっちの少年に、友達ができていた。
良かった、これで安心して見送れる。
「それで、お前はいつ出てくるんだ?」
「え?」
その問いは、衝撃的なものだった。
アインスなら、きっと死後の世界の神を出し抜けると思った。
だから、アインスは蘇れると思った。
でも私はできない。
だって私は機械だから、過去に見た情報をもとに今どうするべきかは考えられる。
けれど、神を出し抜いた人なんて……。
「今目の前にいる。そうだろ?」
あぁ、またあなたは、私のために。
「それに、認めない。俺が立ち上がったのに、お前がこんなところで座り込んでるなんて、認めないから」
あぁ、そうだった。
元々アインスは、こういう人だった。
「お前にここは似合わない。俺の隣まで、早く来い。俺は日々進化してる。今だってそうだ、俺は待たない。歩くでも、走るでも、なんだっていい。俺を抜かす勢いで、前へ進め」
きっとあなたは分かってる、それがどういうことかを。
私は機械だから、過去の情報をもとに今を考える。
けれどあなたは、未来を見てる。
ずっと先の未来を見てる。
そんなあなたを追い越すなんて、機械である私には不可能。
だけど、なんでかな、出来る気がする。
ううん、しなくちゃいけない。
私に追い越すなんて出来ないだろう。
けれど、彼の隣を歩こう。
だって、最愛の夫の期待には、応えなきゃだから。
「それじゃあ、またな」
アインスはツヴァイに背を向け歩き出す。
「俺は待たない、先へ進み続ける。けど、いつまでも待ってるから」
振り返らないまま、光の中に消えていった。
「アインス。待っててね、すぐに追いつくから」
久しぶりの再会。
だが、二人が触れ合ったのは、たった一瞬。
アインスに喝を入れるために、頬を叩いた、それだけだ。
まだあなたは死んでなんかいない。
私とは、居場所が違う。
それに、私はまだ、あなたに追いつけていない。
でも、今度会ったときは、あなたの隣を歩けるようになった時は……あなたの手を握って、あなたを抱きしめて、あなたの唇に………
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