アインスの帰還2

ニューヨーク。

高層ビルの立ち並ぶその街へと、二人は落下していた。


ほんと、鳥が好きなんだな。


かんなぎ、ギルドに飛んでくれ」

「了解」


空から二人は消えた。




ビルの中、慌ただしく動き回る人々は、突如現れた者に視線を向けた。

入り口から入ったわけではなく、突然ビルの中に現れた、初めて見る男に。


殺気じゃないが、これは随分と警戒されてるな。

まぁ、日本の方のビルが占拠されたんじゃ、それも仕方ないか。

とりあえずはまぁ


「巫、術廉みちかどを呼んできて」

「な……あぁ、わかった」


すごく嫌そうな顔をしながら、巫はその場から消えた。


「………お前は何者だ。この状況で、ここへ来て、何をする気だ」


視線を向けていた者の一人が声をかけてくる。

その声は、警戒心に満ちていた。

それどころか、もはや敵意であった。

他の者達も、じりじりと近づいてくる。

囲い、逃がさぬように。

ナイフ、銃。

各々が、持っている武器に手をかける。


ま、そうなるだろうな。

いくら巫が連れてきた者とは言え、今の状況で警戒しないわけにはいかない。

だって巫は、ギルドにすら秘密の関係なんて、持っていないのだから。


「皆、心に余裕がないのは仕方ないことだ。つい先日、ギルドのビルが、占拠されたのだから。その上、調べれば調べるほど、情報を集めれば集めるほど、ギルドの参謀、アインスという男の死が、より一層信憑性を増しているのだから」


大きな声で、その場にいるすべてのものに向けて話す。

大きく身体を動かし、さながら舞台役者の様に。


「ふざけるなよ‼アインスさんが、死ぬはずない‼」


その声を合図に、取り囲む者達が、銃を向ける。


これは驚いた。

アインスという男は、ここまで、慕われていたのか。


同時に鳴り響く銃声。

打ち出された弾丸は、紅い壁に阻まれた。


「…………」


白い髪に赤い目をした少年は、何も言わずに見上げる。

そんな少年に微笑み、頭を撫でる。


「悪い、遅くなった。ただいま、カラミティ」

「……気にしないで。永遠を生きる僕にとって、たいした時間ではない。おかえり、アインス」


穢れなく、少年は笑った。


「な、アインス……さん?」


武器を向けていた者達は、カラミティの発言に驚く。


「喜べ。お前たちが、死んでいないと望んだ男は、死んでいないと願った男は、死んでいないと信じた男は…………あぁ、帰ったぞ」


周りの者達は、口々に喜びの言葉を口にする。

そして、慌てて頭を下げた。

そのタイミングで術廉を連れて巫が現れる。


「これは、何かあったの?」

「いいや、何もないさ。ただ俺のドッキリが大成功したってだけ」

「……まぁいいや。それで、術廉を呼んで何をするの?」


アインスが何をしたかを問うことはせずに、術廉に何ができるのかというより重要な方を問う。


「俺の体、ちゃんと回収したな?それをだせ」

「場所がわかってるから、ここから動いてないんだろ?」


そう言うと術廉は、ナイフで右手を切りつけ、床に触れた。

床に円が描かれ、その内側が赤い液体に変わる。

そしてその中から、アインスの死体が浮かび上がってきた。

完全に死体が外へ出ると、元の形を思い出すように床が直っていった。


「さて巫。俺の魂を移し替えてくれ」

「それはさすがに」

「できるよ。だってすでにお前は、経験しただろう」

「……俺に、出来るんだな?」

「あぁ、出来るとも。それとも、俺の言葉が……信用できないか?」

「それはない。アインスができると言ったのなら、万に一つも、失敗などありえない」


そう言って、巫は二つの体に触れた。

目を瞑り集中する巫の近くで、術廉は魔術を発動させる。

何者にも邪魔されないように。

そして、失敗の可能性を、出来る限り低くするために。

淡いベールに包まれて、可視化できるほどのエネルギーを漂わせる。

その姿は、神秘的であった。

巫が目を開き、息を吐く。

続いてアインスが目を開けた。

今度は紛れもなく、アインス本来の体で。

それを見てようやく、全員が体から力を抜いた。

アインスは、立ち上がり、体をのばすと、笑って言った。


「それじゃあ、占拠されたビル、取り返すとするか」

「元の体に戻ったばかりで、そんなの無茶だ」


巫は慌てて止める。


「無茶じゃない。だって簡単だもの。まず巫は、ホームズを呼んで来い。ワトソンは必要ないからな」

「…………わかったよ」


先程はアインスが出来ると言えば失敗などしないと言ったが、アインスのことが心配なのは事実で、無茶はしないでほしかった。

だが、無茶じゃないと言ったから。

簡単だと言ったから。

今のアインスは、きっと前よりもずっと強いから。

その言葉を信じよう。


巫はまたその場から消える。


「ほら、お前らもさっさと作業に戻れ」


その言葉に、皆返事をして解散していった。


「さて、術廉。敵の情報はあるか?」

「悪い、写真しか手に入らなかった」


そう言って写真を渡す。

写真を見ると、アインスは笑った。


「術廉、鏡を持ってるだろ。それくれないか?」

「借りとかじゃないのな」

「返せないからな」

「巫への対策が一つ減るのは痛いが、必要なんだな?」

「いや、ビルを取り返すという目的には必要ない。ただ、ラストで、鏡を使っていた方が、面白い」

「…………わかった、鏡を渡す」


かなり嫌そうな顔をしていたが、鏡を渡した。

そのタイミングで、ホームズを連れて巫がかえってくる。


「それで、作戦はどうする?」


連れてられたホームズの一言目だった。


「挨拶も無しかよ、まぁいいけど。大した作戦じゃない、巫とホームズで俺たちの姿を隠す。別の種類で重ね掛けでもしないとばれるからな。それで、占拠した奴らを従えてる奴と話して、返してもらうってわけだ」

「……は⁉話して返してもらうって、交渉でもする気か?無理だ、武力で制圧するか、俺がテレポートさせるくらいしか方法はない」

「大丈夫、大丈夫。俺が大丈夫って言うんだから、大丈夫だ」


作戦の成功を疑いもしないアインスに何も言えない。


「アインス。僕なら、一人で重ね掛けできる」


カラミティが、僕じゃダメなの?と、首をかしげる。


「あ~、お前にはこの後、妖組の相手をさせるつもりだから、まだ外出ちゃダメ。だが、この作戦のために姿を変えてくれ」

「わかった、けど、どんな姿?」


その言葉に、アインスは目を瞑り、思考をめぐらす。


「……性別は女性……性格は、少し男っぽく……誰よりも前に出て戦うような性格、だが……やはり女性であり、女の子らしい一面も持っている……喋り方は……普段は女性らしいが、戦いとなれば少し男っぽくなる……声は……女の子だ」


そこで目を開く。


「見た目は女性って感じで……彼女は英雄だ」

「……わかった」


カラミティは目を瞑ると、周りの魔力を全く乱さず、自然にその姿を変えた。


「よし、そんな感じでいいかな。それじゃ、俺と二人で入れるくらいの防音の空間を作ってくれ」

「わかった」


同じ言葉なのにこうも違うか。


カラミティという少年の言葉と、名もわからぬ女性の言葉の違いに、苦笑いを浮かべた。

防音の空間を創り出し、周りの音が全く入ってこなくなったところで、ポケットから携帯を取り出す。


「俺が合図したら、普段通り、ただ普通に、テレポートと言ってくれ」


女性はこくりと頷いた。

女性と眼を見合わせ、合図を出す。


「テレポート」


凛としていて、透き通るような声だった。


これで問題ないな。


「よし、それじゃ全部解除していいぞ」


その言葉に、女性は姿を変え、周に音が戻った。


「今のに、何の意味がある?」


巫の問いに、答えず微笑んだ。


「ホームズ、向こうについたらここに入ってる音声データを流せ。もちろん、ビル内全域に聞こえるようにだ」

「……了解した」

「………………」


二人は意図を探ろうとしたものの、わからなかったので諦めた。


「それじゃ二人とも、姿を隠してくれ」


アインスの指示に従って、二人は能力を発動させた、別々の能力を。


「巫、テレポートだ。行先は、ホームズの腕に掛けていた魔術の、三番目の行き先だ」


その言葉を聞き、一瞬の思考の後、三人はテレポートした。

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