一ノ瀬白

「儂が負けた時は、我が孫を当主に任命する」


周りがざわつく中、ここにきて初めて、老人から攻撃を仕掛けた。

とてつもない速度の攻撃。

押しているのは、老人の方だ。

非は、冷静にミスなく対処するも、その攻撃の重さから、手から血を流していた。

そしてようやく腕を掴むも、掴み返されそのまま投げられる。

掴まれたままだが、地面に足をつけ、左手で右腕に触れた。

その攻撃よりも一瞬早く、老人は手を放し攻撃した。

衝撃波に外まで吹き飛ばされるも、血を吐きながらに着地し、ノータイムで地を蹴った。

攻撃を受け流されては、吹き飛ばされ。

掴まれては投げられを繰り返す。

壁に向かって吹き飛ばされれば、姿勢を変え壁を蹴り。

天井に向かって投げられれば、姿勢を変え天井を蹴り。

縦横無尽に道場内を飛び回り攻撃する。

辺り一面に血を撒き散らしながら。


止まるな、止まってしまえば、もう動けなくなる。


また投げられたかと思ったら、今度は、腕を掴まれ引き寄せられる。

そして腹に、容赦ない一撃が叩き込まれた。

壁を突き破り外まで吹き飛ばされる。

それでも動くことを止めず、開いた穴から突撃してくる。

しかしまた投げられる。

空中で、歯を食いしばりながら見たものは、自分に向けられた左手。

衝撃が、非を襲った。

利き手ではなかったが故に生きていたが、傷口から血が噴き出すほどの衝撃であった。

吹き飛ばされるも、長押なげしを蹴り、攻撃を仕掛ける。

それを読み、拳が迫る。

それをすれすれで避けるが、拳が振り下ろされる。

身体を捻り、右半身が抉られる程度で済んだ。

床を滑り、左手で老人の首目掛け攻撃する。

それを肘をで打ち、弾く。

流れるように、腕を掴み引き寄せ、左手を突き出す。

左手を右腕で防ぐも、その衝撃は突き抜け、脳を揺らす。

気絶しかけるが、叫び、気合で耐える。

右腕が折れ、拳を振るえなくなる。

そこに、もう一度先の衝撃の構えがされる。

胸に触れさせぬようにと、何とか関節が無事の右腕を間に入れた。

衝撃が、右腕を走る、音を立て骨を折りながら。

吹き飛ぶように、後方へと延ばされる腕から、衝撃がかえる。

肋骨を折り、背骨を折り、左腕を折りながら、老人へと受け流す。

それを察知して腕を突き放すも、気付くのが遅れ、その衝撃は自分へと帰ってきた。

何とか左腕で防いだものの、左腕が折れてしまう。

非は一撃入れたが、非自身は、既に満身創痍。

両腕が折れ、背骨に肋骨が折れ、まっすぐ立てなくなっていた。

それでもまだ、残った脚で戦いを続ける。

蹴りを掴まれ、脚を折られる。

両の脚を折り、動くことすらままならない状況になっても、その眼には闘志が宿っていた。


「すでに反撃はできぬ。故に、これで終わりだ」


右の拳を、非の胸に中てる。

僅かな生きる可能性も残さぬために、全力の一撃を以て殺す。

が、衝撃に吹き飛んだのは、老人の方であった。


「まったく、危ないなぁ。死人が出るところだった」


何処からともなく現れた、子供のように笑う少年。

そして、足元に横たわる非に手を触れた。


「知ってるかい非?壊れるの反対語は……直るだ」


非の身体が、折れて言た骨が、潰れた内臓が、抉れた肉が、痛みを伴いながら直っていく。

折れた時以上の痛みに、非は呻き声をあげる。

非の身体が直るのを見届けると、少年は老人に近づいた。


「手加減してあげたんだし、もちろん死んで無いよね?」


老人は寄りかかるように立ち上がる。

目を丸くして、少年を見つめる。


「まさか……兄、上?」

「うん、久しぶり」


その答えに、笑みを浮かべた。

場を包んだのは、死を予感するような殺気。

人は死ぬ直前、走馬灯を見ると言う。

この場の全員が、誰一人として見なかった。

助かるすべはないと、脳がそう感じてしまったが故に。

老人は、その腕を少年に向ける。

笑顔で、過去最高の、殺意を以て。

少年に向け、衝撃を放った。

その衝撃で、道場が崩れる。

屋根は落ち、壁は吹き飛び、床も割れ、縦に真っ二つになっていた。

破壊され、煙舞う道場で少し楽しそうな声がする。


「まったく、相殺できるとはいえ、僕が彼らを護らないかもと考えたまえ。君たちは僕を、信じ…過ぎだ……」


あぁ、また記憶が混ざってる。

逃げるのはやめにしなきゃだな。

これが終わったらちゃんと、向き合うとしよう。


「さて、僕がここに来た理由は、手を貸してもらおうと思ってね」


そう言って老人に微笑む。


「わしが兄上を助けられるとは思えないが、兄上が伸ばした手は、必ず握りましょう」

「そう、ありがと。さて……そろそろ起きろ非。君はこれからここに住むんだから、挨拶して来たまえ」


床に寝ている非を足でつんつんする。


「断る。俺はこの家が嫌いだ、一ノ瀬の世話になる気はない」


未だ立てていないにもかかわらず、偉そうに断った。


「あぁ、その点は大丈夫だよ。もう君が嫌っている系譜は残ってない、僕が全て潰した」

「どういうことだ?」

「僕としても予想外だったんだよ。まさか僕の一ノ瀬家に、あんなものが混ざってたなんて。けどもう大丈夫、全部潰した。君が嫌う思想は、既に一ノ瀬から取り除かれているよ」

「……殺したのか?」


自分もまた、殺そうとしていたにもかかわらず、殺しという行為を彼は良しとしなかった。


「まさか。いくら僕でも、無いものはどうしようもない」

「シナー、この戦いの敵は、なんなんだ?」


今まで集めてきた情報、そして先日実際に会った。

和解が可能だと感じた。

恨みで戦っているとは思えない、何か因縁はあるのかもしれないが、敵対者とは思えなかった。

喧嘩するほど仲がいい、そんな関係に感じた。

けれど、シナーは明確な敵意を持っていた。

何か別に、敵がいるのではないだろうか。


「……まさか」


シナーの表情は驚愕だった。

いつも何でもお見通しというようなシナーが、驚きをその顔に出していた。


この戦いの目的はなんだ?

世界の支配権?

そんなものはどうでもいい。

それは副産物でしかない、誰が強いか、それを決めることが目的だろう。

なら敵は誰だ?

イリスか?クロか?ローランか?

違う。

僕は彼らに敵意を持っていない、それは彼らも同じだ。

彼らが僕に向けているのは、同一存在としての対抗意識だろう、僕と同じように。

なら、僕らの敵は誰だ?

決まってる。

ギルドが、騎士団が、妖組が、そして運命に翻弄された彼らもまた、嫌っている存在、恨んでいる存在、憎むべき対象…………神だ。


「そうか、あぁそうなのか。アマデウス、全て君の掌の上か」


いや、まだ確信には至れてない。

この先答えが得られる保証はないが、聴くだけ聴いておくか。


「非。君はここでこき使われるといい。一緒に居たい者がいるならここに一緒に住まわせてもらえ。空は警察に迎え。一ノ瀬のコネがあれば、大抵の情報は手に入る早乙女天という人物に会い、協力を仰げ。僕の弟だと言えば何かしらの反応があるはずだが、もしかすると今の彼なら、僕等と戦う選択をするかもしれない。そうなったときは使者として振る舞え、異能の力がある分、君では勝てない。生きて帰ってくることが最も重要だ、わかったね?」


空と呼ばれた老人は笑った。


「わしが勝てぬ相手か、面白い」

「技量だけなら君が負けることはないんだが、異能の有無が大きすぎる。ちゃんと全力で戦える舞台は用意しておくから、今は生きることを選択したまえ」

「わかっている。兄上の命には従うさ」


そう言って嬉しそうに微笑んだ。


「ならいいや。それじゃあ僕は他にもやることがあるから頼んだよ一ノ瀬」


そう非と空に向けて言うと、出て行った。

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