巫きくのの部屋にて
「きくの、私だ、ホームズだ」
鍵の掛かっている扉を叩く。
「あぁ、今開ける」
鍵の開く音がすると、扉がひとりでに開いた。
「魔術師?」
少年の声に、ホームズが答える。
「いや、異能力者と言ったほうが近いだろう」
扉の先、部屋の中で、机に並べた書類を睨んでいる男を見ながら言った。
男は、ちらりと扉の方を見た。
「随分と人数が多いな」
「私の助手のワトソン君と、ワトソン君が拾った……」
「初めまして、私はシャルル。こちらは弟のアーサー。私の自慢の騎士です」
「紹介に与りました、アーサーです。私としては、アルトリウスという名のほうが好ましいのですが、長いようでしたらアルトでも構いません」
そう言って二人は優雅にお辞儀をした。
そんな二人にワトソンは驚いた。
「な、なんで、僕には聞いても名前を教えてくれなかったのに」
「ワトソン君、君は名前も教えてもらえていなかったのか。最近知り合ったというわけでもないというのに」
「いや確かに、もう百年近い付き合いになるけど、ってホームズ、君見てたのか」
久しぶりの再会だったが、昔のように会話ができることを、ワトソンは少し、嬉しく思った。
「だってあの頃のワトソン、嘘吐きだったから。それと、ホームズさん、あなたのことは、全く信用していないので」
アーサーは、ホームズを睨んだ。
「そこを突かれると痛いかな。けど、ホームズのこと、そこまで邪険にすることないと思うんだけど」
苦笑いをするワトソンは、自分が最も信頼する男を信用できないという二人が、よくわからなかった。
「いや、私を信用しないというのは正しいことだ。私のことは、信用し協力するのではなく、利用するだけにしたほうがいい。私は嘘は吐かない、私は正しい人間だ。そして、正しいというありかたこそが、人間として間違っているのだから」
そう言ってホームズは、アーサーを見つめ返した。
アーサーは、自分を盾にするように、シャルルの前に立った。
意識の外、巫は二人に問いかける。
「君達は、神が嫌いか?」
元の世界を思い出させるその問いに、咄嗟に振り向いた。
「えぇ、私たちは、神を嫌っているわ」
戸惑うアーサーの代わりに、シャルルが答えた。
「そうか。では、神を憎んでいるか?」
椅子に座り、背中を預け巫は問う。
「いいえ、憎んではいないわ。ただ、私たちの国を、その国に住む民の、敵を取るつもりだけれどね」
毅然とした態度で、シャルルは答えた。
「そうか。ならば、神の加護を解いてやる。それはお前たちにとっては、呪いのようなものだろう」
そう言うと巫は、空間を跳躍した。
シャルルの顔に手を触れ、その眼をのぞき込む。
「な、貴様‼」
剣を抜こうとするアーサーを、肩に手を触れ、ホームズが止める。
「大丈夫だ、剣から手を放したまえ」
そう言われ、剣から手を放し、二人を見つめる。
二人を中心に、風が巻き起こった。
「いったい何を」
風が治まると、巫が答えた。
「神をその身から引き剥がしただけだ」
「どういうこと?」
「いつからかは知らないが、お前の身体に、神が入っていた」
監視か乗っ取りか……いや、現人神信仰が最もありえそうだな。
「お前、一国を担う王女だったのか」
その言葉に、二人は衝撃を受けた。
「なぜ、それを」
「きっと、生まれて間もない頃なんだろう。君の身体には、神が入れられた。いや、その身体を使って、国を、世界を、支配するつもりだったのだろう。だけど、そうはならなかった。お前が、神を抑え込んだから。だから、お前たちの国は、お前たちが護りたいと思えるものだったんだ。そして、抑え込めてしまったから、神にその国を狙われた」
淡々と、自分の過去に見たものと照らし合わせながら。
「ただ、お前がもし抑え込めていなかったら、国は内側から崩壊した。世界を、生命を生み出した神々は、生み出した生命に、幸せなど求めていない。少なくとも、俺が昔見てきた、見せられ続けた神々は、そんなのばっかだった。にしても、どうやってこちら側に来た」
起きている間、何度も見せられた、神と名乗る何か。
寝ている間、うなされながら見ていた、神と名乗る悪夢の数々。
檻に閉じ込められ、それらと延々と対峙し続ける、地獄のような日々。
ここで回想を止め、二人の答えを待つ。
「……私たちは、神を名乗る炎と戦った。地上を溶かすほどの熱を放つ炎。私たちは、それに負けた。でも、炎が迫る中、何かが私たちを護った」
「見たこともない魔術だった。誰かが俺たちを助けたのはわかるんだが、その時にはもう、俺たちは気絶していた。次に目を覚ましたら、幼い姿でこの世界にいた」
二人が、思い出したくない元の世界の記憶を、脳裏に焼き付いた、悪夢のような戦いを思い出した。
「ホームズ、お前はどう見る」
「神との戦いに割って入れるような者は、そういない。その上魔術を使うとなれば、騎士団団長、イリスだろう」
「やっぱりか。って、神を知ってるのか?」
「いや、知らないさ。私はただ、神がいることに気付いてしまっただけだ」
そう苦笑するホームズの横で、ワトソンは目を落とした。
「にしても、イリスの狙いはなんだ。助けたかと思えば、仲間にするでもなく、今はもう敵同士だ。ホームズ、お前の考えを聞きたい」
「ふむ、悪いが何も言えることはない。私は、過去をもとに今を判断する。だからこの状況では、私は力になれない。証拠不足、イリスの情報が少なすぎるため、イリスが何をしようとしているかはわからない」
ホームズは、首を横に振った。
「う~ん。俺もイリスは見たことないからなぁ、何考えてるか全くわかんないな。こういう時、アインスが居てくれたらなぁ。未知への対処とか、少ない情報で先を読むのとか、得意だからなぁ」
……未知への、対処?
俺は死んだはずだ、でも、俺に死後の世界の記憶はない。
死後の世界がそもそもなかった?
それはない、俺を蘇らせるために死後の世界に行ったのだから。
死後の世界はある、そしてその世界でも、意識はある、考えることはできる。
ならば、アインスだってそうだろう。
未知の世界からの脱出、それくらい、アインスにとっては造作もないだろう。
そこに思考が辿り着くと、机に並べられた書類をまとめる。
「きくの、何をしている」
「なぁ、悪いがこっからは別行動だ」
「何をするつもりだ」
「機会を待つ。アインスが蘇る、機会を待つ」
そう言った巫は、笑っていた。
「これ、渡しとく」
そうして差し出されたのは、アインスが残した、未来を記した書類。
「君は、彼の命に背くのかね」
「いや、ちゃんと全部頭に入ってる。必要だと思ったら俺はちゃんと手伝う」
「お前は、私よりも長い時間を彼と過ごしてきた。彼が何を思って死んでいったか、それが分からない君ではないだろう」
「あぁ、わかってるよ。アインスは本気で死ぬ気だったって。何の策も用意せず、生き返る気なんて全く無いって気づいてる」
そう言って巫は苦笑する。
「ならなぜ、君は彼が生き返る時を待つ。無い未来を、なぜ待つ」
「信じてるから。アインスはきっと、還って来るって」
「私は、シャーロック・ホームズだ。そんな根拠のない答えを、認めるわけにはいかない。根拠の提示をしたまえ」
「……根拠、か。条件が違う、俺の時は策が用意されていた。策があるのとないのとでは、雲泥の差だ。けれど、根拠を求められたのなら、なぜと問われたのなら、俺はこう答えよう。俺が生き返ったからと」
微笑む巫を、ホームズはもう、止めようとは思えなかった。
「私も、随分と人間らしくなったものだ。一縷の望みに全てを賭ける。過去の私なら、君を止めていただろうね。好きにするといいさ」
そう言って、巫から書類を受け取った。
「それじゃあ、今日やるべきことを済ませたら行くよ」
巫は、ホームズの手に触れた。
「三度だ。この魔術は、三度しか使えない。使うタイミングはお前に任せるが、無駄にするなよ」
「あぁ、わかっているとも」
「よし、んじゃ次、剣貸せ」
アーサーに向けて、手を差し出した。
「な……わかった」
今までの会話で、信頼に値すると判断したのか、剣を渡した。
「さて、シャルルと同じようなのだと思うんだが……ん?なんだこれ」
様々な角度から剣を見ていた巫が、不思議そうな声を出した。
「こんなの、どうしろってんだ。神の御業なんてものじゃない。これは、神と比べるなんかできない。だって、これは……神の掛けた加護よりも、呪いよりも、次元の違うものだ」
巫の独り言を聞き、二人に衝撃が走った。
地上を溶かした超常的な存在。
あれと比べて、次元が違うような存在。
そんなものが、本当にいるのかと。
「悪いが解けない。これは、ある一定の条件をクリアしなければ、解けない呪いだ。その条件すら、不明だ。ただ、もし解ければ、前の世界の様に、大人の姿になれる。ちなみに、シャルルの方は、これから先成長していく。一気に大人にとはならないが、時が立てば、前のように戦えるようになる」
ずっとずっと二人が悩んできた問題を、この男は、出会って数分で、原因を解明し、挙句半分解いたのだ。
「「あ、ありがとうございます」」
二人は同時に、お礼を言った。
「な、お礼なんてやめてくれ。俺は何も出来てない。シャルルの問題が解決するのは、これから何年も後のことだし、アーサーの問題に関しては、何もわかっていない。だから、お礼なんてやめてくれ。それに……」
巫は、顔を背け呟いた。
「お礼とかそういうの、なんか恥ずかしいから」
そして、逃げるように、転移した。
「あら、逃げちゃった」
シャルルは、くすりと笑った。
「アーサー、その剣の名を、聞かせてもらっても構わないかな?」
突然ホームズが口を開いた。
「……あぁ、別に構わない」
そう言って、アーサーは、その剣の名を口にした。
「エクスカリバー」
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