シャーロック・ホームズ

夜闇の中で、火花を散らせる。

双剣を持ち素早い連撃を放つ少女。

大剣を持ち重い一撃を放つ少年。

二人の子供を相手取っているのは、黒い服に身を包んだ男だった。


なんで、なんで倒せないの。


どうなってる、どうして一撃も入れれない。


男は、右手に構えた剣のみで、二人の息の合った攻撃を捌き切っていた。

大剣の横薙ぎを受け流しカウンターを入れる。

すかさず飛び込んできた少女が、それを庇い二人して地面を転がる。

すぐに立ち上がり、また息を合わせて攻撃する。

今度は双剣の連撃を弾きカウンターを入れる。

飛び込んできた少年が、体験を盾にし二人して吹き飛ばされる。

すぐに立ち上がり、攻撃を開始する。

息を切らし、肩を揺らし、一撃も与えられないまま戦い続ける。

戦い続ければ、集中力は落ちてくる、身体は重くなり、動きも鈍くなる。

そうなれば、必ず間に合わない時が来る。

少女の剣が、弾き飛ばされた。

駆けだそうとする少年の脚が、ガクリと沈む。

懐から取り出した銃が、少女に向けられる。

無理やりに身体を動かし、少年は駆ける。

間に合わないという現実から、眼を背けて。

少女もまた、片方しかない剣を握る。

死への恐怖を打ち払うように。

自分が死ぬよりも先に、相手を殺そうと。

引き金に指を触れた時、それは背後に現れた。

パイプを手に、口から煙を吐く男が、そこに立っていた。

少女を殺そうとする男の頭に手を触れたその時、一瞬だけ、男の動きが止まった。

その一瞬で、二人の子供にとっては充分だった。

パイプを持った男諸共、手に持った武器で斬った。

その後すぐに、霧を集めるようにして男は現れる。

そして、首の取れた死体を見て、呟く。


「また私は、殺しに協力してしまった。君は私を怒るかね、友よ」


そう言って星を見上げる男に、子供たちが文句を言い始める。


「おじさん、また助けたね」

「あの距離なら、私の剣は届いた」

「君たちの攻撃では、間に合わなかった。あそこからでは、相打ちが限界だった。だから今回に関しては、文句を言われる筋合いはないと思うんだが。それと、私の名前はシャーロック・ホームズだ。ちゃんと名前で呼んでくれ……ん?これは」


ホームズは、死体の内ポケットに何かが入っていることに気付いた。

取り出してみるとそれは、招待状だった。

宛名は、シャーロック・ホームズ。

差出人の名はない上、場所も書かれていなかった。

ただ、日時が書いてあるだけ、今日の午前十時。


「…………少し、この街を空ける」


そう言って子供たちを置いて歩き出そうとしたホームズの手を、少年が掴む。


「おじさん、どこ行く気」

「招待状をもらってね、少しパーティに行くだけだ」


招待状をひらひらとさせて笑うホームズを見て、少女もまた、ホームズを止める。


「それは敵の罠でしょう?」

「……あぁ、そうかもしれないな」


ホームズは、苦笑いをした。


「だったら、罠だって思うなら、行かなければいいじゃない」

「それはできない。私がここで逃げるわけにはいかない。私はシャーロック・ホームズ、全ての謎を解く者だ。そんな私を招待するような者、放置などできない」


ホームズは、二人の手を振りほどいて歩き始めた。


「だったら、私たちを連れて行けばいいじゃない」

「なんで一人で行くんだ。手伝わせろよ、独りで行くなよ」


背後からの聞こえた声は、恩人を死なせたくないという思いが詰まっていた。


「悪いが、連れてはいけない。これから行く場所は、何が起こるかわからない。君たちを、護りきれる保証がない。だからこの街で待っていてくれ、私の帰りを」

「そんなの、待ってるだけなんて嫌、帰ってこれるかすらわからないほど危険なんでしょう?」


少女の泣き出しそうな声に、足を止めてしまう。

けれど、行かなければと自分に言い聞かせ、一度振り返った。

二人を安心させようと、無理をして作った笑顔で


「私はシャーロック・ホームズ。その名に誓って、私は必ず帰ってくる。だから、信じて待っていてくれ。私の拾った子供たち」


ホームズはそう言った。

けれど、その言葉に、子供たちは涙を流した。


「無理だよ、信じるなんてできない」

「嘘吐きの言葉なんか、信じられないだろう」


二人の言葉に、衝撃を受けた。

何のことを言っているかは、まだわからないが、それでも、嘘吐きと、自分のことを見抜いた二人に驚き、そして、喜んだ。


「んぁ~?なんだよ、随分霧が濃いと思ったら、てめぇが発生源か」


霧の向こうから、男の声がした。

肩に剣を担いだ男が、現れる。


まずい、この男、強い。


男が地を蹴ると同時、ホームズも地を蹴った。

二人そろって同じ方向、子供たちのほうに向かって。

ホームズがギリギリ間に合い、二人を後方に投げ飛ばす。

男に斬られるも、霧となって消え、霧の中から、無傷のホームズが現れる。


「幻覚か、面白れぇ」

「護るものがあるのでね、手早く済まそう」


笑う男を警戒しながら、男を囲むように霧がホームズへと姿を変える。


「あぁ?なんだよこりゃあ、こんな子供騙しで、俺を殺せるか」


そう言って霧でできたホームズを無視しようとした男は、その霧に違和感を覚え、咄嗟に攻撃を防いだ。


「おい、どういうことだぁ。なんで霧に質量がある。なんで触れる」


相手の言葉を無視をして、さらに霧でできたホームズを増やしていく。


「チッ、無視かよ。まぁいい。お前、霧使ってんだろ。だったらよぉ、こうしちまえば仕舞いだぁー‼」


剣で、空間を削り取るように、横に薙いだ。

それによって起こった風で、広場の霧が、吹き飛ばされた。


な、これじゃ能力が


「んじゃあ、行くぜ」


距離を詰め、剣を振り下ろす。

ギリギリで、何とか避けるも、追撃が来る、それもまたギリギリで避ける。

相手の次の行動を予測してようやく、避けられるレベルの攻撃。

当たれば致命傷の一撃を、何度も何度も避け続ける。


まずい、このままじゃ勝てない。

どうにかしなければ。

と言っても、霧を発生させられるような状態じゃない。

子供たちを護るために、負けるわけには。


「助けはいるか?」


それは、上から聞こえた。

ちらりと見上げると、屋根の上に、誰かが立っているのが見える。

屋根の上にいる者を見た、男の攻撃が止まった。

すぐに距離を取り、見上げるとそこには、懐かしい男がいた。


君は……生きていたのか。


「助けはいるかと聞いたんだが、それとも君は、ここで殺されるつもりなのかね?」


その問いに男は、笑って答えた。


「悪いが、僕の答えは、そのどちらでもない。僕の力で、あの男を倒す」

「それでいい。では、君を強くするために、この言葉を贈ろう。君が誰かを殺したところで、私は何も感じない。存分に殺せ」


その言葉に、男は一層笑みを深めた。

今度は、男の方から仕掛けた。

距離を詰め、相手の攻撃を軽々と避け、手に持ったメスを、その首に突き立てた。


「殺さず無力化って、案外難しいんだよね」


そう言って、メスで首を掻っ切った。


「……おじ、さん?」


戦いが終わり、レベルの違う戦いに、助けにはいれずにいた二人が戸惑うように声をかける。


「そうだ。君たちが普段おじさんと呼んでいるのは、僕であってる」


そう言って笑う男の隣で、霧が形を変える。


「にしても、初めてだったよ、君が人を殺すのを見るのは」


霧は、男と全く同じ見た目の男になった。


「当然だ。殺すのは君で最後にするつもりだったのだから、ホームズ」


男は、自分と同じ姿をしたその者を、ホームズと呼んだ。


「それに、そもそも君は、誰かが死ぬことが嫌いだったな、ワトソン君」

「ワトソン?」


ホームズが呼んだ名前に、子供は首をかしげる。


「悪かったね。僕の本当の名は、ジョン・H・ワトソン。ワトソンと呼んでくれて構わないよ」


ワトソンはその姿を変え、子供たちに優しく微笑んだ。


「ほう、その子たちが、君の拾った子供たちか。私はシャーロック・ホームズ。呼び方にこだわりはない、好きに呼ぶといい。よろしく」


そう言ってホームズは手を差し出した。

しかし、子供たちは後退りをして、その手を握ろうとはしなかった。


「子供というのはいい。その感性は、本質を見抜く。まぁ、中身は大人なようだがね」


ホームズは、握手を拒否されたことを、悲しむ様子もなく、むしろそれでいいと、それが正しいことだとでも言っているようだった。


「さてワトソン君、私に渡すものがあるのでは?」

「あ、あぁこれ、君宛の招待状だ」


そう言って内ポケットから、招待状を取り出しホームズに渡した。


「ふむ、確かに受け取った。そうだ、私のステッキとパイプを、私の死体から取っていただろう。君にプレゼントしよう。再会の記念だ、これで正式に君のものだ」

「……ありがとう」

「さ、それでは帰るとするか。君たち二人も付いて来たまえ」


霧からステッキを創り出し、ホームズは歩き始めた。


「帰るって、何処に行く気だ」

「ワトソン君、私の真似をしていたのなら、少し頭を使いたまえ」

「ん~、まぁいい。取り敢えず付いて行く。ほら二人とも、行くよ」


そう言って差し出したワトソンの手を。

嘘を吐くことを止めた、自分を偽ることを止めたワトソンの手を、二人は握って歩き出した。

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