三日目
「はぁ~、遠かった。ようやく着いた」
空港で身体を伸ばす、棺桶のネックレスをした青年。
その隣では、神父のような恰好をした男が、首を鳴らしている。
その時だった、指でつくった長方形を通して周りを見ていたとき、一人の男に目が留まった。
その男は、まだ支払いの済んでいない商品を、鞄の中に入れた。
それを見た時、首を傾げ少し考え、距離を詰めて万引き犯を投げた。
万引き犯は背中を強く打ち付け、そのまま気絶した。
「駄目だ、それは悪いことだ」
男は、万引きを見下し睨みながら呟いた。
突然のことで反応が遅れたものの、他の三人も気付いて駆け寄る。
「ふむ、盗みか。私は協会に籠っているから外のことはよくわからないが、気絶させるほどやる必要はなかったのではないか?」
「それは俺も思うなぁ、まぁ俺も、墓地から外に出ないからよくわかんないけど」
「はぁ~、世間知らず共が、騒ぎを起こさないでって言ったでしょ‼」
遅れてやって来て、視線を集める三人を見つけた少女は男三人を叱りつけた。
「大声出すなよ、ビビッて逃げちまう」
「……?」
そう言いながら棺を開き小さな鎖を取り出す。
「なにを――⁉」
神父服の男は、後ろに向けて何かを投げた。
追うように鎖を手にした男は走り出す。
投げられたそれは、男の後ろ、数十メートル離れた位置から狙っていた者の手に持つ銃を、破壊し左肩に刺さった。
呻き声をあげるも、痛みをこらえたその者の右手が光った。
「使わせるかよ」
すでにその者の眼の前まで迫っていた男は、鎖を指に巻き、鎖を引っ張り腕を背中側まで無理やり引っ張る。
小さな音を立てて肩の骨が外れる。
その痛みに遂に叫び声をあげかけるも、気絶した。
「まったく、こんな大勢の人がいる場所で炎系の魔術使うなんてこと、させるわけないだろ」
気絶した者を踏みつけながら男はため息を吐いた。
他の三人も寄って来る。
「今はのは仕方なかったとはいえ、うぅぅぅ。ボスに怒られちゃう」
「それはないのでは?ボスのことだ、私たちがこのようなことになっていると知れば、きっと笑うだろう」
「それは言えてる」
「あぁ、俺も笑うと思う」
「……なら、いいけど。それでこれはどうするの?」
床に転がる気絶している男を指差す。
「あー……縛って放置じゃない?鎖は駄目だからな、もったいない」
「それくらいわかってる、はい普通のロープ」
「え、あるんだ」
「当然でしょ、事前にしっかりと準備してあります」
「んじゃ縛るか」
そう言って男を引きずって、柱に縛り付けた。
「よし、じゃあ紙とペン」
手渡された紙に、「
「なぁソルト、これ見てみてろよ」
そう言ってシナーがソルトの部屋へと入ってくる。
暴れるましろを壁に向かって蹴り飛ばし、シナーのもとに着地する。
シナーがソルトに見せたタブレットには、空港で四人が男を縛り上げている写真が写っていた。
「まったく、いったい何をやって」
四人に対する怒りを隠す様子もなく声に出す。
「ほんと面白いよね。まだ初日、それどころか、来たばっかりの空港でこれだもん」
笑いながら喋るシナーにソルトが注意する。
「ボス、目立つ行為をするなと怒るべきなん」
「あぁ、怒るよ。けど、人の命をちゃんと救ったから、厳しくはしないけどね」
そう言ったシナーの顔に、笑顔はなかった。
これは、彼らが死なないことだけは祈っておくか。
「それじゃ、ここに来た理由はこれだけだからまたね」
そう言って部屋を出ていくシナーを見送ると、ソルトは向かってきたましろを投げ飛ばした。
「………あのさぁ、何してきたお前ら」
クロは呆れたように問いかける。
「普通に帰ってきただけだ」
少年はそう答えるが、クロはそれを信じない。
「何人殺した」
少年を睨み付け、威圧する。
「いっぱい」
少年は、笑って答えた。
満面の笑み、屈託のない笑顔で。
それを見て、クロは苛立ちながら名無しに視線を向ける。
「殺したと言っても、相手が先に手を出してきたのだけだ」
「その中に一般人はいないんだな?」
少し考えると、口を開いた。
「いない。ギルドか騎士団の構成員。そうでなければ、雇われの殺し屋だ」
「ならいい、けど……遅すぎ」
クロが名無しと別れたのは三日前。
確かに歩いて移動したとなれば、それくらいかかっても仕方ない。
それどころか、もっと時間がかかるはずだ。
しかし二人は妖、それも、概念のような妖。
移動に関していえば、二時間とかからずにこちらまでこれたはずなのだ。
にも拘わらず、三日前、一昨日、昨日、そして今日まで、帰ってこなかったのだ。
「もう一度聞く、何してた」
「えっとー……観光を少々」
「ほぉ、それで?どれだけ時間を使った」
「そのぉ、一県あたり二十四時間くらい」
「そうか。観光中、誰も殺してないだろうなぁ」
指をとんとんとさせ、苛立ちが見てわかるほどになってきた。
「も、もちろんだ。騒ぎが起こったら、観光できなくって違う今の違う」
「はぁ~、もういい。理由はともかくとして、誰も殺してないならそれでいい……開けろ」
「ん?……あ、あぁわかった」
そう言って背後のふすまを開けると、酒呑童子がぐったりとしている鬼を連れてきた。
「そいつが火憐か。名無し、焔を呼べ。一度見たことがあるはずだ」
「わかった」
そう一言言って、靄となって消える。
「布団にでも寝かせてやれ。それで酒吞、お前はどうして時間がかかった」
布団を出しながら酒吞は答える。
「人に被害を出さないよう意識しすぎた。火憐の体力が底をつくまでずっと追いかけていた」
「ふむ。火憐や人に怪我をさせないために努力した結果なら、まぁいいだろう。そこのバカよりも、随分といい理由だからなぁ」
そうしてちらりと、部屋の隅で正座をしている少年を見た。
つられて、酒吞もその少年を見る。
「誰だ?」
「僕はただの
……?
「————⁉まさか、封印されていたのは、お前だったのか」
少年は、その笑顔でもって答えた。
「一、すまない」
星の下で、男は亡き主へと謝罪する。
一枚の紙を地面に置き、男はその場を去った。
招待状、ここに行けば、お前に会えるのか?
アインス。
部下が持って来た招待状を見つめる。
過去の自分が会ってみたいと思った男。
全てを読み切るその男に、会えるかもしれない。
ならば、行く以外に選択肢はない。
扉に手をかけた時だった。
背後から声がした。
「行くつもりですか」
従者を名乗る男の声に、振り向かないまま答える。
「日付は明日。散歩するだけだ」
「嘘、ですね?行くつもりなのでしょう?」
「……なぁ、眠らない方法って、知ってるか?」
突然の問いに首をかしげる。
「いえ、知りません」
「俺はさぁ、ずっとずっと託してきた。どんな奴かもわからない、過去の俺は、どんな奴かもわからない、未来の俺に託すんだ。でも俺、託したくない」
振り返った男の眼から、涙が流れる。
「俺は俺のまま、憧れた男に会いたい。俺の代わりに、俺じゃない俺が会うなんて、そんなの嫌だ」
従者の眼が感情に揺れた。
従者の声が、震えていた。
「私は、あなたの従者です。それ以上でも、それ以下でもありません。従者である私は、主の命に従うのみです。従者である私は、主の命に私情を挟まない。かがみ様……申し訳ありません」
そう言った男は、かがみの胸に、手を触れた。
かがみは、力なく膝から崩れ落ちた。
かがみをベッドに運びながら、男過去を思い出す。
自分に最後の命令を出した、あの日を。
「私は記憶を失う。外れてほしい未来だが、まぁ、当たるだろうな。私はきっと、眠る度記憶を失う。記憶は残せないが、記録なら残せる。そうして未来へと繋いでくれることを願う」
そう言って笑う主人。
「一応、記憶がなくなった時に備えて、命じておく」
一転して、真剣な表情へと変わる。
「もし私が、記憶を失った状態で、感情を表に出す様な事があれば眠らせろ。記憶なき者に、感情は不要だ」
「もし私が、記憶を失った状態で、俯瞰ではなく主観で物事を捉える様な事があれば眠らせろ。記憶なき者に、主観は不要だ」
「もし私が、記憶を失った状態で、私の命に反するような命をしたとしても、それに従う必要はない。記憶なき者は、仮初めの主でしかない」
「記憶なき者の名を伝える。記憶なき者の名は、かがみ」
命令を済ませると、主人は笑った。
「次に会うときは、多分もう記憶がなくなってる。だからさぁ、最後に私の名を呼んでくれ。きっとこれが、最後だから」
「……えぇ、呼びましょう」
きっともう、呼ぶ機会はないから。
この先、この名を呼ぶことはないだろうから。
最後に私は、主人の名を呼ぼう。
「……■■■様」
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