白銀の戦い―決着—
身体からちからが抜けていくのをウルカは感じた。
願いを叶えるためのちからが、願いを叶えたことにより消えていく。
勝った。
けど想像以上だったな、まさかここまで疲弊することになるとは。
ん、警察に包囲されてる。
うーん、どの願いを叶えようか。
その時だった、死んだはずのましろが、うつ伏せに倒れていたましろが、突然動いた。
「な⁉」
まずい、間に合わない。
願いを、俺が生き残るための願い、は……ない。
俺に生きてほしいと願った者は、誰一人として、いなかった。
身体に穴をあけた青年が。
今まで、周りの望む自分を演じてきた青年が。
初めて自分をさらけ出して、必死に戦った……ましろの手が、ウルカの心臓を貫いた。
「狙ったからには、必ず殺す。殺し屋……なめんな」
かすれる声で、そう囁いた。
そうか、誇りを棄てなかった者が。
意地を張り続けた者が。
自分を棄てなかった者が、勝てるのか。
次の機会があるのなら、全て捨てずに、勝ちたいものだ。
ウルカとましろは、力なく倒れ込んだ。
薄れゆく意識の中、ウルカは昔を思い出す。
あぁ、いつだったろう。
俺に願った者がいた。
生きていてほしいと。
幸せになってほしいと、そう願った者がいた。
最高の人生だ。
こんな格好いい男に殺されて。
最後の最後に、愛した女のことを、思い出せたのだから。
俺は、幸せだよ。
どうやって逃げよう。
心臓は逸らしたけど穴だらけなのは変わらない。
ギリギリのところで生きてはいるけど、このままじゃまずい。
どうにかして逃げなきゃだが、警察が包囲してる。
包囲されたときの逃走ルートは……問題ない使える、かな。
それじゃあ、逃げるか。
倒れていたましろが、迷いなく走り出す。
警察も観衆も飛び越えて、ビルを駆け上る。
ビルからビルへと飛び移り移動していく。
言われた通りのビルの上を走り、言われた通りのビルへと飛び移る。
すべてアインスの計画通りに。
しかしその先、とあるビルの屋上、タバコを吸っている男と出会った。
「お前は、テレビ局にいた」
テレビ局に乗り込んできた警察、早乙女天。
どうする、この男は強い、今の状況で勝てるとは思えない。
この男から戦闘の意思は感じられない、ならば無視して通り抜ける。
地を蹴り、一瞬にして次のビルへと飛び移ろうとしたその時。
視界の端で何かが動いた。
弾かれるようにフェンスに背中を打ち付ける。
今のは、奴の肘。
頬に叩き込まれたのか。
速かった、見えはしたが反応できなかった。
全快の状態でも、勝てる気がしないぞ。
「俺は、タバコが嫌いなんだ」
早乙女はそう言いながら地面に落ちたタバコを拾い上げ、塵すら残さず破壊した。
「タバコは体に悪い。だが、あの街の匂いがする。俺が捨てられ、俺が育った……
どういうことだ、警察がいる。
あの計画書に書いてあった通りの逃走経路をたどった。
なのになぜ、警察がいる。
なぁ、アインス。
お前、ここにきて……読み違えたのか?
「最近俺は思うんだ、正義とは何かとな。だがまぁ、考えるまでもなかった。正義が言葉にできるはずがなかった。正義とは、簡単に言葉にできるほど軽いものではなかったのだから」
瞼に焼き付くあの日の光景。
あの街で、幼き日に見た、新聞の切れ端に書かれた
そこに描かれた、悪を裁く正義の姿。
憧れ、追い続けたその背中を。
「む、意識を保つのも限界か。悪いな。お前は、俺の正義に反してないが……法に反している、捕まえさせてもらう」
そう言って近づいてくる早乙女の前に、誰かが立ちふさがった。
「やばいな、さっさと連れ帰って治さなきゃだ」
「お前は誰だ」
顔を仮面で覆い、真黒のスーツに身を包んだ男。
「初めましてになるなぁ。ま君の方は、逆再生でとはいえ私の声を聴いていたはずだが……思い出せないようだし名乗ろうか」
まるで舞台役者の様に、わざとらしく大きな動作で名乗りを上げる。
「
それは確か、八年前に突如現れた義賊か。
そんなやつがギルドにいたのか。
「初めましてだな。今ここで捕まえてやろう」
そう言って早乙女は構えをとる。
「おっとそれは困る、そもそも私は君と戦う気はない。今回は彼の回収だけなのでね」
死にかけの状態でフェンスに背中を預けるましろを指差す。
「まぁ……」
その続きは、背後から聞こえた。
「一撃は入れさせてもらうがね」
背後に転移し、早乙女の背中に触れる。
その瞬間、早乙女の身体が吹き飛んでいった。
さて、そのままだと、宇宙まで行っちゃうぞ。
どんな能力を持ってるか、見せてくれよ……?
「何それ。ずるくない?破壊とか、汎用性高すぎ」
背後からの完全な不意打ちにもかかわらず、早乙女は一瞬で対処し、隣のビルに着地した。
まじか、まぁとりあえず逃げるか。
そう思いましろに触れて転移しようとしたとき、一瞬で距離を詰め、眼前まで迫った早乙女の姿があった。
速すぎだろ。
何とか転移し二人とも無事にギルドのビルへと帰ってくることができた。
「なまったか。腕一つしか壊せなかった」
足元には、ましろのものではない血がまき散らされていた。
仮面をつけた男は、腕を無くし血を流しながら、大声で笑った。
「あれは異常だ、強すぎる。勝てるとするならば、シナーやグラン位なものだ」
床に倒れ込んでいたノーフェイスは、立ち上がる。
「ソルトは何処だ、今すぐ黒鉄を治療してくれ」
その声で、壁も床も無視して、幽霊のようにソルトが現れた。
何も言わずに傷を治すと、床の中へと沈んでいった。
「待てソルト、黒鉄をお前の部屋に連れて行け」
「……アインスの指示かい?」
「そうだ」
「……了解した」
そう返事をすると、ましろが通れるだけの穴をあけ、地下へと降りて行った。
「あ、ソルトに俺の左腕治してもらってない……まぁ、自分で治すか」
めんどくさそうにしながら、左肩に触れる。
深く呼吸をし、集中する。
少しずつ、腕が再生する。
指先まで再生しきるのを確認して、手を放す。
「ソルトほどとはいかないが、怪我が治せるのは便利だな」
「さて、三日で落ち着いてくれるといいのだが」
ソルトは広い立方体の部屋で、呻き声をあげるましろを見つめる。
異能の暴走、それも私の異能では制御できないタイプのもの。
完全な無力化は容易いものの、それでは自身の異能で死んでしまう。
かといって戦えば戦えばで、異能によって無理やり動かされ身体中がズタボロになる。
なんと面倒なことだ。
「まぁいい……かかってきなさい」
その挑発に、ましろは地を蹴った。
脚の骨を折るほど衝撃を伴って駆けるましろ。
脚の内部はすでにボロボロで、筋肉も骨もぐちゃぐちゃになり血をまき散らしながら駆けていた。
ましろは今までで最も速い速度で駆けていた。
交差点での戦いのときよりも、警察から逃げるときよりも、異能が暴走し、肉体の限界を無視して血を蹴るましろは、今までで最も、速かった。
一瞬にして距離を詰めたましろは、バキバキと、骨が折れる音をさせながら、ソルトに殴りかかった。
ソルトはそれを気にも留めず、ましろの隣に現れ、軽く背中を押してバランスを崩し転倒させた。
速度のついていたましろの身体は、数十メートル転がり血の跡を残した。
ましろは、およそ人間的な動きをせずに、身体を飛びあがらせ、空中で姿勢制御をし、ソルトを見据える。
しかし、そこにソルトはすでにおらず、真上に現れたソルトがましろの首を掴み、そのまま地面にうつぶせの状態で押さえ付けた。
そして、身体中の怪我を治し、手を放して先ほどの様に戦闘を始める。
なるべく早く騒ぎが治まってくれるといいのだが……アインス次第、といったところか。
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