招待状
「ワトソン君、そろそろ時間だ。子供たちはここに置いて行くが、構わないね?」
扉を開け、寛いでいたワトソンを呼ぶ。
「準備はできてるし、僕も二人を置いて行くのには賛成だ。それで、君はさっきまでどこに行っていたのさ」
ワトソンは、立ち上がり、掛けてあったコートを羽織った。
「少し気になることがあってね、京都に行っていた」
「京都って、よくこれだけの時間で帰ってこれたね。それで、何が気になるだ?」
「私の異能は、君の魔術とは違う。移動に関していえば、随分と便利でね。それと、私が気になることを、君まで気にする必要はない」
ホームズは、そのまま部屋を立ち去った。
「あ、ちょっと待ってくれよホームズ。あぁ、二人とも、行ってくる。ちょ、ホームズってば~」
ワトソンは、帽子を手に、慌ただしく部屋を出て行った。
「それでホームズ、これからどこに行くんだ?」
追いついたワトソンが、ホームズの隣を歩きながらに問う。
ホームズは、内ポケットから招待状を取り出し見せた。
「いや、それは分かってるんだけど、その招待状、地図が書いてない。行先が分からないじゃないか。それとも、謎でも解くと行先が解るとかだったりするのかい?」
招待状を見つけた時、裏面まで確認したが、地図も目的地も書かれてはいなかった。
「まったく、これは招待状だぞ」
呆れたように、ホームズは招待状をひらひらとさせた。
「それは知ってる、って、あぁそうだったね。君は、何も語らない。だから僕は、いつものように、何も知らずに付いて行くよ」
溜息を吐きながら、懐かしい感覚に、顔がほころぶ。
ごまかすように話題を変える。
「いや~それにしても、驚いたね」
「何がだ?」
「アーサーって名前に、持ってる剣がエクスカリバーだよ?伝説とまるっきり同じじゃないか」
数時間前、少年が名乗った名前と、持っている剣の名を問うた時に答えた名。
その名称に、衝撃を受けた。
「僕たちみたいに、アーサー王伝説のモデルとなった人物だったりして」
「それはない。アーサーは過去にしっかりと存在していた。伝説では滅んでいた彼の王が統治していた国は、滅んでいなかった」
「え、それじゃあ伝説は、意図して書き換えられていたってこと?」
「それはわからない。滅んではいないが、こちらから確認することも難しいのだから。アーサー王の伝説を書いた者が、滅んだと思ったのか、それとも、滅んだと思わせたかったのかはわからないが、伝えられたのは、滅んだという事だけだ」
下がっていくエレベーターの中で、二人は会話を続ける。
「確認できないってどういう事さ」
「別の空間に隠されているんだ」
「……いや、意味がよくわからないんだが」
「ふむ、そうだねぇ、最近ギルドに新人が入ったのを知っているかね?」
「あぁ、知ってる」
「彼らの出身は?」
「う~ん、それは知らない」
「不明だ」
「え?」
「彼らの出身地は不明。だって、別の世界の国が、無理やりこの世界に、くっついているのだから」
エレベーターが音を鳴らして、到着を知らせる。
ロービーを横切りながら、ホームズの言っていることを理解しようとする。
「いや、やっぱりわからない。いったいどう言う事さ。
「彼らの生まれ育った国は、こちら側の世界とは隔絶された空間にある。と言っても、物理的に離れているのではなく、魔術的な結界。私がベーカー街に仕掛けていたのは、入ればただでは逃げられない罠。それこそ、蜘蛛の巣のようなものだ。それに対して、あの国がある空間は、外からは認識されず、内側からも認識できない、世界の中にある、もう一つの世界のようなものだ。その世界に、滅んだとされる日に、移し替えられていたんだ」
地下へと続く階段に、声を響かせ降りていく。
「でも、君はどうやってその世界を知覚している」
「私は謎を手繰り寄せる者であり、全ての謎を解く者だ。それに、これは謎と言えるようなものじゃない。魔術と異能が同時に存在している、ならば、なんだってできそうだろう」
「確かに……ん~?」
「何か気になるところでもあったか?」
「いや、なんか違和感があるんだけど、それが何なのかわからない」
「そうか、だが残念ながら、到着だ。そして、あと二分で時間だ。君の違和感の正体については、また後日、時間のある時にでもしようか」
そう言ってホームズは地下の扉を開いた。
「ギルドの地下にこんなところがあったのか」
広い立方体の部屋。
白一色のその部屋には、椅子が二つ向かい合うように置いてあった。
二人は椅子の近くまで移動する。
「この椅子に座れってこと?」
「いや、そういうわけじゃ無いが、別に座っても構わないぞ」
「いや、ホームズが座らないようなら僕もいいかな」
「ひとつ言っておく。この先で、私が何をしても、それが当然であると受け入れろ。周りで起こることには驚いても構わないが、私のすることに、反応しないように」
「それくらい簡単さ。今更、君が何をしたって、驚かないさ」
二人は軽く話しながら、招待状に表記された時刻になるまで待っていた。
そして、部屋に入って二分ほど経った時、招待状が光った。
光が治まると、そこは、先ほどまでいた殺風景な空間ではなく、煌びやかな、舞踏会の会場のような空間になっていた。
「これは……転移させられた?」
「あぁ、だから周りに人のいない空間で待っていた」
周りには、千を超えるほどの各陣営の構成員がいた。
「なぁ、これ」
「おそらくは、全てがこの戦いに関わっている人間だ。いや、人間だけではないようだがね」
にしても、これだけ集めて何を狙っている。
団結して新たな陣営を作る気か?
しかし、それに意味はない、他の陣営に、勝てるわけがないのだから。
だったら、協力ではなく敵対、殺し合いか?
これが最も可能性が高いな。
下っ端をここで全滅させ、この後の戦いを有利に進めようというわけか。
いや待て、ならなぜここには、全ての陣営の構成員がそろっている。
まさか、すでに新たな陣営ができているとでもいうのか?
わからない、ただ、皆殺しを目的としているのは変わらないか。
巫が私に貸し与えた魔術、三回だけだが、それで十分なのだろう。
しかし、あの書類に、このことは書かれていただろうか。
私の記憶が正しいのなら、書かれていなかったと思うのだが。
私が、霧を掴もうとしているようだなんて、思ってしまうほどの君が。
アインス……やはり、君と言えど……未来は読めなかったのか。
昨日から、そんな気はしていたんだ。
今日は四日目、半分を過ぎた段階だが、ここら先は、完全なアドリブだ。
だが、これが普通だ。
未来で起こることを、知ったうえで対策を取っていた、今までがおかしかったんだ。
さぁ、普通に戻ろう。
そして、死人に頼るのは、やめにしよう。
アインス、君の代わりに、私たちで、ギルドを勝利へと導こう。
名も知らぬ策略家よ、この状況、利用させてもらおうか。
手札は三つ、ワトソン君の魔術、私の異能、巫の魔術。
私の異能がバレる可能性はあるが、ワトソン君に頼るよりはましだろう。
そして、三度使える魔術……三度使えれば十分だ。
さぁ、まずはこの空間を、戦場に変えようか。
集まった者の、その最前、一人の男が壇上に立つ。
「皆さま、お集まりいただき、ありがとうございます。今回集まっていただいたのは」
話が終わるよりも先に、肝心な、何故を、話される前に、ホームズは、壇上に姿を現した。
「この方が、説明するより早いだろう」
「ホー……」
ワトソンは声をあげかけ口をつぐみ、ホームズの後を追うように壇上に移動する。
霧が下半身を形作りながら、ホームズは男の顔に手を触れた。
「なにをっ」
男の言葉はそこで切れた。
男は、その場から姿を消した。
人の群れを、壇上からホームズは見る。
人の群れの中から、一人の男が声をあげる。
「そう言う事なら、わかりやすい」
男は、地面を蹴り、ホームズに向かって飛び蹴りをした。
ホームズは冷静に、男の足首を掴み、その男も消した。
「……そうだねぇ」
ホームズは、ワトソンの腕を掴み、この空間の端で、独り椅子に座っている男の前に現れる。
「君にしようか」
そう言って男の肩に触れ、三人はこの空間から消えた。
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