陰陽師

「ここから先は、陰陽師の地です。持ち物などの検査をさせていただきます」


大きな門の前で、門番をしている青年に声をかけられる。


「あぁ、わかった。好きに調べな」


青年は、懐から一枚札を取り出すと、何か念じ始める。

紙が舞い上がり、男の周りを漂う。

やがて紙は、重力に従って地面に落ちた。


「危険物は持っていないようですし、持ち物に関しては問題ありませんが、ただあなた……妖ですね」

「ん、それが何か問題か?」

「この先は陰陽師の地、妖であるあなたは、殺されるかもしれない。引き返すことをおすすめします」


落ち着いて妖の心配をする陰陽師に笑みを浮かべる。


「お前みたいのが上にいてくれれば、あんなことにはならなかったのにな」


頭に疑問符を浮かべる青年を見つめる。


「そんなに心配なら上に伝えとけ、俺に手を出すなと」


そう言いながら、門に手を触れる。

彼の意思により開いていく門の中へと足を踏み入れ、青年に最後の言葉を告げる。


「半年前の二の舞になりたくなければな」

「な、あなたは何を知って、っつ」


風が吹いて、男は姿を消した。




大きな建物、扉を開けて中へ入ると


「妖」


そう誰かが言った。

その声を始まりに、そこにいた百を超える陰陽師達が、一斉に陰陽術を使う。


「なぁ、ここで一番偉い奴と話がしたいんだが、案内してくれる奴はいるか?」

「貴様はここで死ぬ。誰も案内などせぬ」


文字が、札が、式が、宙を舞い男を囲う。


「君らのとっておきは、俺達からすればちんけなもので、少し意識をすれば壊れる程度のものだ」


陰陽術が、崩壊する。

文字は地に落ち、札は破れ、式は破壊される。


「何事だ‼」


大広間、奥から姿を現した一人の男。

もっとも高い位置にいるその男の目の前に、一瞬にして移動する。


「お前が、ここで一番偉いのか?」


男は懐から札を取り出すと、右手で叩き付けるようにする。

いくつもの札が組み合わさり一つの薙刀となる。

振り下ろされる薙刀は、宙を舞う。

薙刀を持った右腕と共に、宙を舞う。

右腕が広間の中央に落ちると、切断面から血が流れだした。


「なぁ、話し合い、しようぜ」


そう微笑む青年の腰には、いつの間にか刀が携えられていた。

誰も抜いたところが見えなかったが、その刀で、斬り落としたのだろうと、実力差を痛感してしまった。


「はぁ、だからあんまり、俺自身で相手したくねぇんだ。絶望なんて嫌いだからな」


周りにいる陰陽師達の顔には、恐怖と絶望が張り付いていた。

この場において、陰陽師の本拠地であるこの地において、ただひとりの妖がこの空間の支配権を握っていた。


「なにを…してるんですか?」


扉を開き、息を切らしながら入ってきた青年は、この絶望に染まる空間を作り上げたであろう者に問うた。


「俺悪くねぇぜ、反撃しただけなんだから。あ、お前くらいしか答えてくれなそうだから聴くが、こいつがここで一番偉いのか?違うのなら、一番偉い奴のとこまで案内も頼む」


陰陽師は懐から札を取り出し念じる。


「おっと?やりあう…気はねぇみてぇだな」


念じられた札は、蒼く光り地面に沈む。


「確かに。あなたはただ、反撃しただけのようですね」


青年が何を見たかはわからないが、それは相手に敵意がないことが分かるだけのものだったらしい。


「その人は、多少偉い程度の人です。私が奥まで案内します」


そう言って青年は、上まで登ってくる。


「ではいきましょう」


青年は奥に続く通路へと入っていった。


なんか変なやつだと思ったが、混血か。

それで才能があるにもかかわらず、門の外まで追い出されたのか。


入り組んだ通路を迷うことなく進んでいく。

一つ扉を開き、小さな部屋に辿り着く。

部屋にあるものをずらしていく。

最後に本棚の本を並べ替えると、部屋が揺れた。

入ってきた扉を開くと、その先は広い空間となっていた。


「着きました。この先にあなたの探している方がいます」

「わるい、俺の探し人はここにはいねぇ」


中に入っていくと、真っ白な空間に円卓がぽつりと置かれていた。

円卓には五人が座っているが、その顔は見えない。


「よぉ、来てやったぜ」


近づいていく青年の前に、肌の露出がなされていない衣類を身に纏うものが十人現れる。


「ふーん、わかりやすいな。陰陽五行論か。通してくれ」


一向に動く気配がない。


「うーん、これが証明になるといいんだが」


男は空中を指でなぞる、なぞられた場所に筋ができる。

五芒星、その中央に触れると、重なるように二つの五角形と、一つの十角形が浮かび上がる。

そしてそれを作り上げているのは、陰陽含めた五行であった。


「我らが王よ」


そう言葉にして、十人すべてが跪いた。


「王に対する非礼を、どうか許してはいただけないだろうか」

「どうでもいい。そんなことより、そこに座っている五人に用があるんだ」


頭を下げたまま道を開ける。

円卓の上に、男は飛び乗る。


「お前らに聞きたいことがある、まず一つ目。お前ら、暁焔という男を襲ったか?」

「襲ってなどいない。元より我らに意思などない、技術を継承するのみの機関である」


無表情に、無感情に、淡々と言葉を述べる。


「じゃ二つ目。お前ら、ここにあった絵屏風何処にやった。俺の友人に、何をした」


その言葉に、円卓に座る者達がピクリと体を震わせた。


「そうか、お主は彼の者の友人か、案内しよう」


そう言って立ち上がる。


「なぁ、今お前らには、感情の揺れがあった、心があった。そんなお前らに改めて問う。なぜ人間を襲った」

「……人と妖の間に、懸け橋は要らぬ。それが、陰陽師最高機関たる我らの総意であったが故に」

「そうか、お前ら以外がどういった感情のもと動いたかは置いといて、お前らに悪意がなかったのが分かって少し安心した」


そんなこんなで、階段を下りて地下へ地下へと潜っていく。

辿り着いた場所にあるのは大きな石造りの門。


「うーん、魔術枠だと俺にはどうしようもねぇぞ、最悪斬るが…まぁ問題ないだろ」

「我らの施した封印は、陰陽師のものであるぞ」

「そんじゃ、軽く解きますか」


ただ門を指でなぞっただけ、それだけだった。

たった一つの動作で、陰陽師で最も優れた術者五人のかけた封印を解いてのけた。

開いた門の中には幻想的な世界が広がっていた。

まるで絵屏風の中に入り込んだようだった。

部屋の中央にあるのは、一つの絵屏風。

その絵屏風がこの部屋を侵食していた。

男は中へと足を踏み入れる。


「おい何処にいる。さっさと姿を現せ」


すると部屋の奥から声が聞こえてくる。


「おや?その声は」


走ってきた者は男に飛びついた。


「やぁ、久しぶりだね狸奴。なんだか昔より雰囲気がよくなったんじゃないか?」

「おい、狸奴って呼ぶんじゃねぇ」

「おっと訂正しよう。昔みたいに怖いままだな」

「俺のことはクロって呼べ」

「ん~わかった。久しぶりだね、クロ」

「あぁ、久しぶり、晴明」


付いて来ていたすべての者が、晴明と呼ばれたものを前に、跪いていた。

最高機関たる五人すらも。


「さて君達、なぜ封印してた」

「その絵屏風に、街が飲み込まれぬように」

「ほぉ、なら、お前が悪いんじゃねぇか」


そう言って回し蹴りを叩きこまれたのは、晴明だった。

咄嗟に障壁を張るも、あっけなく砕け晴明の体は後方へと吹き飛ぶ。

あの一瞬で幾重もの障壁を張り、勢いを弱めガードしたうえ、力を抜いて吹き飛ばされた清明の体には傷一つなかった。


「急に何するんだい」

「お前がさっさと外に出てこねぇから、あぁいう生意気なのをのさばらせるようなことになったんじゃねぇか」

「な、さっさとというがねぇ……おや?まさか……あれから千年以上の時が経っているではないか」


何かを見据えるようにしながら、驚きながらも、少し楽しそうであった。


「ほぉ、科学か。陰陽術に何か取り入れられるかもしれぬなぁ……そうだ、忘れていた。クロ、卑弥呼という女に会いたい、どうすれば会える」

「残念ながら無理だ」

「ならばその末裔でもよい」

「だから無理って言ってるだろ。すでに卑弥呼の末裔はギルドの手にわたってる。こちらから手が出せない」

「ならば、そのギルドというのを潰そうではないか」


晴明はそう獰猛に笑った。


「お前が行ったところで殺されるだけだ。あそこにはお前と同等以上の奴がわんさかいるんだから」

「え、僕と同等って、そんなに強いか?」

「お言葉ですが清明様。晴明様は、陰陽師において最も強いお方です」


跪く者は晴明の言葉に口を出す。


「それは知ってるよ。陰陽師には、僕より弱い奴しかいないって」

「あのなぁ、お前は少し自分の強さを自覚したらどうだ。周りが弱いのではなく、自分が強いのだと」

「僕が強いなんてことはあり得ない。だって、僕の母様は僕より強かったし。クロ、君も僕より強いじゃないか」


比較対象がおかしいのだお前は。


「もういい。とりあえず、陰陽師の一番上に立っているのはお前だ。さっさと陰陽師を使えるようにしておけ」

「ん、まかしとけ」


そう言って清明は胸を叩いた。

元来た道を戻り、最初の大広間に帰ってきた。

奥からやってきた者達を見て、大広間にいた陰陽師達が騒ぎ始める。


「あれはまさか」

「何故あの方々が」

「何か大きな出来事でも起こるというのか」


口々に騒ぐ陰陽師を、一喝する。


「静まりたまえ」


晴明の声に、広間は静まり返る。


「僕の名前は安倍晴明。わけあって君たちの主導者となった、よろしく頼む」

「……晴明様の名を騙る愚か者め、成敗してくれる」

「何を言うか、僕は正真正銘安倍晴明だ。それに、僕の名に騙るだけの価値はない」

「何処まで晴明様を愚弄するか」


取り出した札を晴明に向かって放つ。

しかし札は空中で灰と化した。


「まったく、なっていないなぁ。その程度で妖から人を護るつもりなのかい?」

「な、貴様ぁ‼」

「やめよ。この御方は、安倍晴明様ご本人である。多少の不敬はと許していたが、これ以上は見過ごせない」


後ろに控えていたものが声をあげる。


「しかし晴明様はすでに」

「死んだというのは嘘であった、ただそれだけであろう」

「…すまなかった。我らが封印していたのだ。この通り傲慢なお方であるから、外に出すと大変なことになりそうだったのでな」

「おいお前こいつが傲慢なわけあるか。傲慢っつうのは俺みたいなのを言うんだよ。まぁ最近は自重気味だがな」


過去の世界を思いだす、自分クロが嫌った自分りとのことを。


「晴明。俺がこれから言う事を、否定するな、受け入れろ」

「……まぁ、わかったとは答えよう」


無理やりに振り向かせ、逃がさないと肩を掴まれ、仕方ないと諦める。


「周りが弱いのではなく、お前が強いのだ。お前は決して弱くない、むしろ周りからすればお前は、最強と言われるほどに強い。ただ、お前が比べている俺が、強すぎるだけで、お前もまた強者だ」

「それはないって」

「俺は否定するなと言った」

「今日はいつになく強引だな……わかった。頭の片隅にくらいは、その意見を置いといてあげるよ」

「あぁ、今はそれでいい」


肩から手を放し、手すりにのる。


「よし。んじゃ俺は帰るから、陰陽師のことは頼んだ」

「うむ、任された」


手すりから飛び降り、床に足がつくと同時、大広間に暴風を起こして消えて行った。

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