京都とエジプトと狐

その男は砂漠の真ん中に突然現れた。

何もない砂漠を見渡す。


なぁ、これって。


《ふむ、どうやら入れ違いになったようだな》


やっぱりか。

それで、今はどこにいる。


《…日本の、京都だ》


それって確か、妖組の本拠地があるんだよね。


《あぁ、これでは戦えんな》


それじゃあ仕方ないか。


《はぁ、仕方ないな》


帰ろ。


《帰るか》


男は砂漠から姿を消した。




血だらけで倒れているイザヤを抱きかかえ、少女は駆けて行った。


大丈夫よね、死なないよね、ちゃんと生きていてくれるよねぇ。


屋敷が見えてくるが玄関に見慣れない者達がいた。

虎が二頭に、背の高い青年、そして背の低い少年。

二人はお揃いの燕尾服を着ていた。


「どいて、イザヤを早く治さないと」


傷だらけのイザヤを抱える少女は焦っていた。

自分を護るために、自分の大切な人が死んでしまうなんて耐えられないから。


「小娘、貴様何者だ」


少女を睨み、少年は問う。


「敵だったら、俺が殺す」


少女を見て、青年は笑う。


「はい、そこまで」


玄関を開け、クロが二人を制する。

全員の視線を一身に受け、クロが笑う。


「おかえり四人とも」

「ん、なんだ、味方ならそう言えよ、危うく殺すとこだった。俺はレオ、仲良くしような」


笑顔で明るく青年は自己紹介をした。


「……トキ」


少年は、一瞥して名前だけ言った。


「トキ、そいつの怪我治してやって」

「何故我がこんな奴を」

「そいつ、お前らのリハビリ相手だぞ」

「な、こんなどこの馬の骨ともわからん奴に、それもこの戦いの中で負けたような奴に我らの相手が務まるとでも」

「傲慢過ぎだ、少し心を引っ張られている。しっかり自我を保て」


その言葉に、トキは胸に手を当て自分の内側へと意識を向ける。


僕は弱い、そんなことは知っている。

強くあろうとするな、人は支え合う生き物だ。

自分の弱さを認めろ、僕は神ではないのだから。


「僕は僕だ。トトじゃない。人の身に生まれた、トキだ」

「わかればいい。んじゃ、治してね」

「あぁ」


そう言ってトキは、イザヤに手をかざす。

その時、自分を治そうとするトキの腕をイザヤが掴んだ。


「借りは作らん」


イザヤは少女の腕から、開いた穴へと落ちて行った。

次の瞬間、何もなかった空間に穴が開き、傷のないイザヤが出てきた。


「申し訳ない、さっきは見苦しいところを見せた。恥ずかしい限りだ」


そう話し終えると同時、レオが斬りかかった。

イザヤはそれが当然のことのように受け止めた。


「殺気は隠せてた、予備動作もなかった、零から一気に百までもっていく、完璧だったと思うんだが、何処が足りてなかった」

「速度だ。あまりに遅い、あれではどこから不意打ちを仕掛けようとも、私に刃は届かない」


イザヤの発言に、クロは笑った。

突如、台風がごとき風と、鼓膜が破れんばかりの大きな金属音がした。


「やはり私の刃では、お前には届かぬか」

「当たり前だ、お前はお前じゃないからな」


抜き身の刀を持ったクロと、折れた剣を持ったイザヤが話していた。

風の正体は、二人が動いた風圧だった、金属音は、二人の持つ県が音よりも速くぶつかり合う音だった。

ため息を吐きながら、イザヤは折れた剣を出現した穴へと放り込む。


「なに、っく」


右手を穴へと突っ込み、短刀を取り出す。

手に握られた短刀を、己が心臓に突き刺した。

持ち替え、短刀を抜く。

その刀身は、真黒に染まっていた。

抜いた短刀を、穴へと雑に投げ入れた。

穴を通り、穴から出る。

そうして、少女に近づくついでに傷を治す。

少女の前で屈み、両手を握る。

少女の眼を見て、安心させるように、イザヤは言った。


「心配させて悪かった。少し油断しちまってたけど、もう大丈夫だ」


少女はこくりと頷き、屋敷の中へと入っていった。


「よし、そんじゃお前らついてこい、リハビリするぞ」


そう言ってイザヤは歩いて行く。

トキとレオも、イザヤの後を追っていった。




エジプトまで行き、そして日本まで帰ってきたアルバは、なぜか今だ京都にいる兄のもとにテレポートした。


「兄さんまだ帰ってなかったんだ。って、どうしたの?」


地面に座っていたハンスに話しかける。


「んー?いやなに、自分の弱さが辛くてな」

「兄さんは強いよ」

「まぁ、確かに俺は強い、勇者だからな。ただ上には上がいる。あの吸血鬼も強かったが、さっきの奴らは、強すぎる。限界が見えなかった」


笑ってはいたけれど、ハンスは悔しそうだった。


「そう、兄さんがそこまで言うほどの相手、どんな奴だったの」

「片方は人間じゃなかったが、うまく隠してたから種族までは特定できなかった。もう一人は、人間だった……それも、勇者だった」

「兄さん以外に勇者がいたの?」


勇者の持つ聖剣は一振りしか存在しない。

その一振りをハンスが持っているいじょう、あるはずのない聖剣を持っていることになる


「あぁ、それも、たぶん三百年前にあいつが見たっていう勇者だと思う」

「どういうことだ、なんで三百年前の勇者が生きてる。三百年だぞ、人間に生きられるような時間じゃない」


それは当然の疑問だった。

いくら自分が不老になったとはいえ、人は本来いつか死ぬものだ。


「……知らなかった?勇者って、不老なんだよ」

「え、だったらなんで代替わりなんかしてる」

「だって聖剣の力って、代償が命だから」

「そんなもの、今すぐ捨てろ」

「待って、あの剣に宿っていたのは魂魔術ソウルマジックがだ。だけど、この剣に宿っていたのは血魔術ブラッドマジック。だからあの剣ほど死ぬようなことにはならないよ」

「死なないなら、いいけど…………とりあえず、帰ろっか」

「ん、そうだね帰ろう。それで、テレポートお願い」


ため息を吐きながらも、兄に頼ってもらえることがうれしいのか、アルバは笑顔であった。




「さて、閻魔から許可ももらってるし、俺も行くかな。時間が出来たら、イザヤに稽古つけるのも面白そうだ」


そう言ってクロは、京の街へと繰り出した。

人で賑わう神社にて、軽々と賽銭箱を飛び越し、本殿の戸を豪快に開ける。

周りの声は気にせず中へ入っていく。


「お、あったあった」


この神社の神体である刀を手に取り、それを躊躇無くへし折った。

すると、中から不定形の何かが現れる。

やがて形をとっていくそれは、言葉を発した


「あてを封印から解く者がおる思たら、あんたか」


それは、クロが千年ほど前に封印した妖狐であった。

記録上三千年以上の時を生きる妖であり、九つの尾を持ち、その見た目は妖艶な笑みには似つかわしくない、幼き姿であった。


「やぁ、久しぶりだね。見ない間に小さくなったか?」

「久しぶり言うが、あてを封印したのはあんたやろ。それと、あては前から小さかった」


二人は、周りが騒ぐ中で何でもないように会話を続ける。


「なんで今頃になって、あてを封印から解いた?」

「ちょっと戦力が足りなくてな、お前を眠らせたままにしておくわけにはいかなくなった」

「あらまぁ、あてをぼろ雑巾のように使いはるん?だったらあて協力したないなぁ」

「そんなに死にたいんだ」

「怖いわぁ。死にたないさかい手伝おたる」

「なぁ、いい加減その方言っぽいもの止めてくんない」

「いややなぁ、こら素や」

「え、お前の素は中国語だろう、なぁ妲己」


その言葉に、幼女はひきつった笑みを浮かべた。


「死にたいのは、どっちやろ」

「まぁまぁ、そう怒んなよ。てか、なんでそんなにも方言にこだわってるんだ?」

「……三千年も生きてる妖で、この地で神格化もされる。なのに、京都弁がしゃべれないなんて、威厳がない」


俯き、顔を赤く染めながら幼女は話した。


「はっはっはっはっは、威厳なんて気にしてたのかよ。俺を見てみろ、お前より長く生きていて、過去に神格化されていたことだってある。そんな俺だが、部屋でごろごろしていると、酒呑童子に仕事をしろと言われたりする。そんな俺に、威厳はあるか?」


俯く幼女は、恐る恐る顔を上げ笑顔のクロを見てわかった。


「威厳なんて…無い」

「ふふ、正直だな、殺したくなっちまう」


その言葉に幼女はビクッと肩を震わせた。


「臆病なのはいいが、自分を卑下するな。胸を張れ、少し傲慢なくらいがお前にはあってる」

「ん」


そう言って頷いた。

その時になってようやく衆人環視のもとで話していたことに気付き青ざめる。


やっば、これシナーにめちゃくちゃ怒られるんじゃ。

いや、大丈夫だよな。

今は戦争中、干渉してこないだろう。

ただまぁ、この戦いが終わった後が怖い。

とりあえず、目を背けよう。


そう思い、幼女の手を引いて、外へと飛び出した。

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