アインスの行方

日の光が窓から差し込む部屋で男は目を覚ます。

体を起こすと、ベッドの横で跪いていたスーツ姿の男が喋りかける。


「おはようございます。かがみ様」


部屋を見回し熟考すること数秒。


「おはよう。それで君は、誰?」


そう優しく微笑み問いかけた。


「私はあなたの従者です。それ以上でもそれ以下でもない私に、名前の意味はございません」

「……そう」


興味なさげに返事をすると、ベッドから降り、隣の部屋へ移動する。

壁中にメモが張られ、机の上に乱雑に置かれたファイルの山。

一時間ほどかけてその全てを読み終える。


「シャワーを浴びてくる。着替えとタオルを用意しておいて」

「廊下に出て、突き当り右の部屋に用意しております」

「わかってる」


そう言ってかがみは部屋を出て行った。

シャワーを浴びながらかがみは情報を精査していく。


あの部屋にあった情報に、必要ないものなど存在しない。

その中でも、もっとも重要なのはアインスという男の情報だ。

願いを叶えるためにすべてを尽くして情報を集める。

あの男は何を狙ってる。

確実に勝利ではない、勝利を目指すならもっと速く動いてくるはず。

それをしない理由は……出来ない。

ありえないな、彼ならば、邪魔をされようともすべて読み切り勝つだろう。

やはり何か別のことを狙っている?

この戦いの目的は、世界の支配権を奪い合っている。

アインスにはそれをどうでもよいと考えているのか?

自分に利益がないと考えているのなら奴は何を求める。

アインスの写真を何枚か見たがどれもつまらなそうだった。

学生時代のものなど何事にも興味がないような表情をしていた。

しかし、ついこの間はあの光を見て、笑っていた。

何が面白かった、奴は死にかけたはずそれが楽しい。

死にたがり?いや、そうではない。

ただのドM?これも違う。

勝ちを狙えばすぐ勝てるにも関わらずそうしない理由。

この世界に価値があると思っていないような男が、この世界で笑う理由は、価値を見出したからだ。

なら、楽しい時間を、この戦争を……終わらせようとしていない?

むしろより楽しもうと……。


身体を濡らしたまま廊下へ飛び出す。


「アインスという男を狙うものたちの情報を手に入れろ。それと、東京行のチケットを取っておけ。わかったら行って」

「了解いたしました」


そう言って男は情報を集めに出かけて行った。


まずいことになった、アインスに戦闘能力はないはず、だが自分を狙うものと戦おうとしている。

どうにかして止めなければ、願いが叶えられなくなる。


考え事をしながら、身体を拭いて着替える。


本棚の置かれた部屋に移動し、料理本を手にキッチンへと向かう。

付箋の張られたページを開き、材料や調理器具を取り出していく。

まず、食パンを六枚取り出し、耳を切る。

切った耳を袋に詰め、少し眺める。


「あとで渡しに行こ」


刻み卵に、胡椒やマヨネーズで味をつける。

バターを塗ったパンに乗せ、同じようにバターを塗ったパンで挟む。

バターを塗ったパンにハムを乗せ、その上に水気を取ったレタスを乗せ、さらにその上に、昨日の内からキッチンペーパーで挟んでおいたトマトを乗せ、先ほどと同じようにバターを塗ったパンで挟む。

最後の二枚は、生クリームとカットしたイチゴを挟む。

アルミホイルで包み、上に潰れない程度の重しを乗せ、十分ほどなじませる。

その間に、読んでおきたかった本を机に移動させる。

山のように本を積み上げ、時計を確認しキッチンへと移動する。

重しをどけ、アルミホイルごと四等分に切り分ける。

それぞれのサンドイッチから二切れずつ、ただ、イチゴを挟んだものからは一切れだけを、皿に乗せる。

残った方も別の皿に乗せ、ラップをかけて冷蔵庫へ入れる。

冷蔵庫に入れなかったサンドイッチは、本が山積みされている食卓へと運ぶ。

本を片手に、小さな口で一口ずつ、少しずつ、サンドイッチを食べていく。

一切れ目の、最後の一口を食べたころ、手に取っていた本を読み終える。

二切れ目に手を伸ばし、二冊目の本を手に取った。

三十分ほどかけ、サンドイッチを食べきると、片付けも忘れ、本に没頭する。

一時間ほどだろうか、持ってきていた、百を超える本の山、その全てを読み、落胆する、この程度じゃ、足りないと。

その時、ガチャリと扉の開く音がする。


「ただいま戻りました」


扉から勢いよく入ってきた、汗だくの男は、かがみに手に持っていた書類を渡す。

十数枚の紙束を受け取り、すごい速さで読んでいく。

しかし、その手が止まった。

目的の彼、アインスを殺そうとする者の中に、自分の知る者が、自分の所属する組織の者の名があったから。

その者の能力は『世界之裏側ダンジョン』。

今ある世界と同一の場所に、別の世界を作り上げるというもの。

その世界は、迷路に洞窟、罠や化け物といった、ダンジョンと呼ぶに相応しい世界だった、が、今回の戦いではほとんど脅威にならなかった。

化け物よりも強いものが大勢いる戦いでは、迷路による時間稼ぎしか出来ないからだ。

ただこの能力は、あまりにアインスと、相性が悪い。

迷路も洞窟も罠も、アインスを前にすれば、全く意味をなさないだろう。

しかし、アインスはダンジョンを徘徊する化け物に勝てない。

たったそれだけで、ダンジョンは脅威となる。


「次に出る東京行の便は?」

「今より一時間ほど後です」


時計をちらりと見て男は答える。


「ここから出て、どれくらいかかる」

「余裕で間に合います」

「わかった。冷蔵庫にサンドイッチを入れてある、君が食べ終わったら行こうか」


そう言ってかがみは微笑んだ。




「アインス、邪魔するよ……ぉ?」


扉を開けて入ってきた巫は、いつもと部屋の様子が違うことに気付く。


「なぁ、アインスは何処だ?」


そう、引きこもりのアインスが居ないのである。


「知らないよ。僕が起きた時にはもういなかった」


扉を開ける音に目を覚まし、眠いを擦っているカラミティが答える。

その様子を見て巫の口から言葉が漏れた。


「使えねぇ」

「死にたいみたいだね」


一触即発のこのタイミングで、部屋の中にアルバとハンスがテレポートしてきた。


「喧嘩するなら外に行け」


アルバは、一瞥しただけで今の状況を理解した。

二人とも部屋を出る気配がないので、気になってはいたが、あまり気にしていない質問を投げる。


「何故アインスが居ない」

「……あぁ、そういうことか。アインスはこのことを言ってたのか」


巫は少し考えこむも、何かに気付き納得した。


「アインス探しに行ってくる」


そう言って巫は、出て行った。




「飛行機とは、素晴らしく便利なものだな」


飴を舐めながらかがみはつぶやいた。


「タクシー拾ってきて」


隣に立っていたスーツ姿の男に命令する。

了解しましたと、男は当然のように答え、走り出す。

タクシー乗り場に行くと、男が手をあげて止めたであろうタクシーが、扉を開けてかがみが来るのを待っていた。

後ろの席に座り、飛行機の中でずっと考えていた行き先を指定する。

飛行機から降り、偶然やっていた生放送を見てようやく決まった行き先。


彼は楽しみたいんだと思う。

彼は貶されたがっているんだと思う。

彼は人より下に見られたいんだと思う。

彼は人よりできるから。

やろうと思ってしまえば、努力してきた者達よりも、うまくできてしまうから。

褒められたくないんだ。

出来て当然のことで、褒められることが気持ち悪いのだろう。

だけどわからなかった。

彼が見下されたがっているとわかっても、彼の心が分かっても、結局どこにいるかはわからなかった。

あの生放送を見なければ、わからなかった。

彼の狙いは、疑いだ。

もしかしたら、この世界には、魔術や、異能力なんかが、あるのではないかという、疑い。

小さな範囲の、少ない人間が、ネット上にその疑いを持ち込んでくる。

きっと彼は、燃料を用意している、よく燃える燃料を。

そして炎は、白銀九音だ。

彼ならきっと、銀座を選ぶ。

銀座に合わない、ダサい服を着て、銀座の道路を歩くんだ、堂々と、真ん中を。

周りはアインスに目を向ける。

なんてダサいんだ、なんてセンスがないんだと、蔑みの視線をアインスへ送る。

自分が場違いだと気付いていないように見える彼に、観衆の視線はくぎ付けになる。

そんな中、皆に見られながら、彼は消える、ダンジョンの中へと一瞬にして移される。

それを彼は狙っている。

俺はそれを、どうしても止めたい。

いや、止めてみせる、生かしてみせる。


「行先は銀座で頼む。できるだけ、歩行者天国の近くに送ってくれ」


運転手の、了承の声が聞こえた。

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