二人の勇者
少女を抱きしめ、イザヤはその勢いを殺せず吹き飛ぶ。
木を折り、岩を砕き、ようやく止まった。
腕の中の少女を見て、安堵する。
「よかった……今度は護れた」
「いざ、や?」
「あぁ、お前の騎士……イザヤだぞ」
「イザヤお願い、助けて」
イザヤを見上げて少女は言う。
「あの二人が戦っちゃダメなの。勇者同士が戦うのだけは、あってはならない。だからお願い、あの二人を止めて」
「うーん、止めてって言われても、俺あいつに勝てないからなぁ……って、なんで本気で戦ってない」
目に映った二人の戦いに驚いた。
激しい戦闘。
金属同士がぶつかり、火花を散らす。
接戦ではなく、防御に徹してようやくというところではあるが、殺気駄々洩れ、本気で殺そうとしているようにしか思えない少年と、あの日イザヤを殺そうとした少年は、まったくと言っていいほどに戦い方が違っていた。
「すごいな」
「え……今、褒めたの?」
「なに驚いてる。俺だって褒めることくらいあるさ」
「だって、押されてるのにすごいって、どういうこと?」
まだどっち褒めたかなんて言ってないのに、視線とかかな。
「あいつはただの人間だ。祖先に一人エルフがいたってだけの、ただの人間だ。その上あの肉体は、不老の領域にまだ到達していない。疲労もたまるし、傷の治りだって遅い。だというのにあいつは、あれだけ打ち合って疲れていない。まぁそんなことはどうでもいい、あいつの一番すごいところは、あれだけの戦闘を肉体強化なしで行っている点だ」
「うそ、そんなこと」
「焦り過ぎだ。普段なら気付けただろう」
俯いて少し落ち込む。
「って、そうじゃない。今は早く止めないと」
「別に、しばらくはこのままでいいと思うぞ」
「だから、勇者同士が戦うのは」
「大丈夫だ。何か理由があるんだろ。あいつが何の理由もなしに人を殺すとは思えない。まぁ、死人が出そうなら俺が戦うけど、しばらくは様子見でいいと思う」
「………イザヤがそう言うならいいけれど、ちゃんと助けてあげてね」
「あぁ、了解した」
少女は不服そうにしていたが、好きな男の判断に、特に異論はなかった。
様子見でいいとは言ったが、だんだんと速度を増す攻撃に、対応できなくなるのも、そう遠くないな。
「なぜ力を使わない」
自分を殺そうとする少年からの問いに、一瞬戸惑う。
「…これは誰かを護るための戦いじゃない」
「なら、護る対象があればいいんだな?」
「え?………な、待て‼」
少年は先ほどまでの速度の速い攻撃を止め、少し力を込めて打つ。
剣で受け止めることはできたものの、その体は宙を舞う。
着地してすぐに止めようとするも、もう遅い。
ここからでは届かない。
「悪い、降ろすぞ」
そう言って、抱えていた少女を地面に降ろす。
剣を握り、一気に間合いを詰める。
振り下ろされる剣を、正面から受け止める。
自分の攻撃を受け止められたことに少し驚きつつも、表面には出さず、イザヤに問う。
「君は誰?」
と、同じ問いを。
「お前の敵だ」
今度は答えた。
自分の大事なものを、護りたいと思った少女を、殺そうとしたものに対して怒りを込めて、殺気纏いて問いに答えた。
――‼
震えてる?僕が?
こういうの、なんて言うんだっけ。
えっと、たしか……あ、武者震いだ。
ふふっ、敵なんて正面から言ってくるなんて面白い人。
それに、良い殺気だ。
無意識のうちに少年は、少しだけ口角を上げた。
「そう」
無関心そうに返事をして、少年は剣を構える。
構えた少年を見て、イザヤもまた剣を構える。
二人同時に地を蹴る。
先ほどよりも速く鋭い攻撃。
能力を使っていないとはいえ、少年を相手に、イザヤは接戦を演じる。
それどころか、イザヤのほうが優勢だった。
これは少々、彼を侮っていたようだ。
僕としたことが、相手の実力を見誤るなんて、三百年も眠らなければよかった。
後悔は置いといて、このままじゃ負けてしまう。
勇者らしく戦うとするか。
一度イザヤから距離を取り、聖剣へと魔力を注ぐ。
刀身は輝きだし、少年の雰囲気はガラリと変わった。
先ほどまでは好戦的で、心臓の鼓動音も、血液の流れる音も、身体を動かしたときの音も、どれもこれもすべてが大きく、すべてが激しい、獣のようだった。
それが今は、まるで波一つない、凪のようだった。
その鼓動は、一定のリズムで静かに打つ。
その血流は、ゆったりとゆるやかに流れる。
その動きは、繊細で無駄がない。
そのすべてが、一人の男を想起させる。
規格外の化け物達、そう一括りにされてはいるが、その中でも規格外と称される男、ギルドボス、シナー。
最悪だ。
これは、嫌な音だ。
「――——⁉」
突然目の前に現れた。
そう見えたし、そう聞こえた。
呻き声をあげながらも、ギリギリのところで攻撃を受け止める。
攻撃は止まらない。
受けづらい角度、捌きづらいタイミング。
しかしすべてギリギリで受け止められる。
次の攻撃に対する行動が、ほんの一瞬だけ遅れる。
一手一手確実に、相手が不利になるように。
まずい、まずい、さっきまで身体能力だけで戦ってたのはわかってたが、これほどかよ。
どうする、動きに無駄がない、攻撃に転じる隙がない、というか攻撃に転じるも何も、このままじゃ捌けなくなる。
捌けなくなれば、負ける。
わかってた、勝てないとも言ったさ。
だけど今、この戦いの状況はなんだ。
相手は肉体強化しかしてない、なら俺が負けそうになってる理由はなんだ。
無駄のない動きだ、隙のない連撃だ、相手の技術に、負けそうになってる。
舐めてんのか。
最初からわかってる、相手は規格外の化け物だ。
俺が勝てないと思った奴らと、肩を並べるにふさわしい実力を持ってる。
けどなぁ、三百年前の勇者?最強の勇者?
最強だか何だか知らねぇが、ぽっと出の勇者に負けるわけにはいかねぇんだよ。
こちとら何千年、剣にこの身を捧げてきたと思ってる。
少年の剣を受け止め、そのまま少年ごと吹き飛ばす。
ただの気合。
身体能力で負けている以上、力でも速さでも勝てない。
無駄のない動きは、反撃の隙を与えない。
無駄がない、攻撃が出来ない、だから何だ。
そんなことはどうだっていい、こんな奴に負けるわけにはいかない。
剣技なんてない、ただ相手が嫌がる位置を攻撃するだけのこんなもの剣術でも何でもない。
最強の剣士として、イザヤが負けられるはずがなかった。
身体を空中で回転させ、静かに着地する。
「想像以上だ。今ので殺すつもりだったのに、まさか反撃されるとは」
その時少年が微笑んだ。
魔力が剣に注がれてる、それもさっきの比じゃない。
まずい!
少年の狙いに気付いたイザヤは、その行動を止めるべく、少年に斬りかかった。
イザヤの攻撃は止められるも、連撃が続く。
しかし、その全てを難なく捌く。
次はここに攻撃してくるんだろう?
そう挑発してくるようだった。
一太刀受け止め、そこから流れるようにカウンターを繰り出す。
距離を離すまいと、必死に堪えるも、足は地面を離れる。
ダメージは全くないものの、間合いの外まで吹き飛ばされてしまった。
「聖剣の力を見せてやる」
一層輝く剣を片手に少年は言う。
とてつもない量の魔力が込められた聖剣、普通ならその多すぎる魔力に剣自体が壊れても不思議ではなかった。
どうする。
俺の持ってる魔剣や聖剣じゃ質が違い過ぎて耐えられない。
気は進まないがこれしか方法はない。
「悪い、少し借りる」
そう言って後ろに手を伸ばす。
まるで呼応するように少女の腰に携えられていた剣がイザヤのもとへと向かう。
世界で最も有名な聖剣、選ばれた者しか振るうことの出来ない、選定の剣、エクスカリバー。
イザヤが柄を握ると、腕に激痛が走る。
久しぶりに握るが、やっぱり俺のことは選んでくれないのか。
だったら、持ってくれよ、俺の身体。
二人は、剣を両手で掲げる。
「「喰らえ」」
同時に剣を振り下ろす。
剣から放たれる光がぶつかり、辺りに火の粉をまき散らす。
イザヤの耳には聞こえていた、少年の動揺を告げる鼓動が。
そうかよ、驚いてくれたならよかった。
さて後は、ここからどう勝つかだ。
とりあえず、まずはこの消耗戦を終わらせる。
突然イザヤが光をはじいた。
光の奔流は止まり、一瞬の膠着状態となる。
その一瞬の間にイザヤは素早く作業を済ませる。
剣の質にとてつもない差があるのが分かった今、俺の持ってる剣を使っても折れるだけ。
だったらこの剣に頼るしかない。
もう少しだけ借りるぞ。
イザヤのそばの空間に穴があく、そこに持っていた剣を投げ込むと、穴は消えた。
ちらりと、腕を見て苦笑する。
選定の剣に選ばれなかったにもかかわらず剣を振るった代償、血だらけになった腕を見て。
またも空間に穴があく、今度は二つ。
穴から覗く柄を握り、勢いよく引き抜く。
イザヤの手には、さっき投げ込んだエクスカリバーが両手に一振りずつ、計二振り、握られていた。
さて、選ばれてない俺が聖剣による肉体強化なんてしたら、死ぬだろうか。
まぁ、勝てるのなら、命くらい使ってなんぼだ。
「手数も力も足りないんでな。二刀流でいかせてもらう」
肉体を強化して、イザヤは地を蹴った。
少年もまた、途切れていた肉体強化をかけなおす。
お互い全力の戦い。
防御を棄てた剣撃の打ち合い。
拮抗していたが、少しづつ、ほんの少しづつだが、イザヤの速度が上がっていく。
まだだ、足りない、もっと速くだ。
さっきはもっと速かった。
身体中に激痛が走る中、イザヤはさらに上を目指す。
速く、もっと速く。
その時だった、イザヤが膝をついたのは。
剣を地面に刺し、倒れるわけにはいかないと、必死に堪える。
「そこが君の限界だ。最後君は、最強の勇者よりも上へ行った。もし、君があと数秒動けていたのなら、負けていたのは僕だったかもしれない」
それは賛辞の声だった。
天才からの賛辞であった。
崩壊を始めた聖剣に、血だらけの身体を預けイザヤは苦笑する。
「そうかよ」
少年はハンスへと近づいていく。
「もっとも新しき勇者よ、この先勇者が現れないことを僕は願う。最後の勇者よ、終わりの時だ」
少年は、剣を振り上げた。
知ってたさ、わかってたいたとも、きっとお前は誰かのために、命を懸けてしまうって。
イザヤの耳には聞こえていた、少女の足音が。
命が尽きても構わない。
身体が朽ちても構わない。
大事なものを護るためならば。
イザヤは意識を手放した。
「ダメ‼」
少女は少年の前に立ちはだかる。
「彼には申し訳ないけれど、君ごと殺す」
そう言った少年は、初めて恐怖した。
背筋が凍る、身の毛がよだつ。
どんな表現でも、この恐怖は言い表せない。
真っ先に、首があることを、自分がまだ、死んでいないことを確認した。
少年は、自分に恐怖を与えたであろう対象を、地に伏したイザヤを見た。
「そうか、君は本当に…僕が本気で戦わなくてはならない相手のようだ。勇者、彼に感謝したまえ、彼に免じて、見逃してやる。が、次に会ったときは必ず殺す。そこの少女よ、彼が起きたら伝えてくれ、次は本気で戦ってやると」
そう言って少年は、その場から消えた。
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