限界のその先

一人で帰り道を歩いていると、目の前に男が現れた。


「ボス、京都で戦闘が起こりました」

「アルバとかハンスじゃない?」

「確かにハンスなのですが、相手がその…」


ソルトは言いづらそうにしている。


「相手が誰だっていうの。署長と会話して、自分を見つめられたハンスなら大抵の奴には負けないと思うんだけど」

「それが、その…ハンスは負けるかと」


どういうことだ。

僕の考えが読めないうちから、僕に喧嘩を売ってくるような奴らじゃない。

ならば、独断でハンスを仕留めに来た奴がいる?

妖組ならば、酒呑童子か正体不明くらいしか思い当たらないが、その二人は今、行動できないはず。

たとえ動けたとしても、酒呑童子と正体不明、どちらか片方だけならば、ハンスが負けるようなことにはならないだろう。

それに、二人同時だとしても、アルバと二人でいるから勝てるはず………アルバが、いない。

まさか既に問題は解決していて、アルバはすでに帰っている?

ならばこれは、問題解決後に、ハンスが別の問題に巻き込まれた。


「相手は、誰だ」


自分が予想していなかったことが起きている。

その事実が。

否。

予想していなかったことが起こっているという予想。

予想を外したという予想。

だが、もう確信している。

読み違えたと。

そして、自分が読めなかった相手、それはもう決まってる。

動かないと思っていた。

この戦争に、関与しないと思っていた。

だってあの男は、すべてどうでもよいと思っているから。


「ハンスが戦っている相手は……勇者です」




「さて、帰るとするか。うーん、どの方向だ?まぁ、人に聞けばいいか。たしか…東京、だったかな」


そう言って、警察署を出て歩いていく。

途中見つけた人に、東京の方向を教えてもらい、そちらに向かって走り出す。

走り出して数分、目の前に、七歳ほどに見える少年と、真黒な鎧を身にまっとた者が現れる。

少年は、ハンスと似た剣を手に持っており、戦いに来た、そう思わせるのに十分なほどに殺気を漂わせていた。

もう一人の方は、鎧を着ているせいで詳しくはわからないが、身長が一八十センチを超えており、その身長差から親子にしか見えない。

だが、明らかに少年のほうが強い。

隙がない、何処から斬りかかっても、不意打ちをしようと、勝てる気がしなかった。

その時、少年が口を開いた。


「君は、勇者なのか?」


問答無用で殺されると思っていたハンスは驚いた


会話が成り立つのか。

ならば戦闘を回避することも可能なはずだ。


「そうだ、俺は勇者d」


言い終わる前に少年は、剣を抜いて襲い掛かってきた。

とてつもない速度で迫りくる剣を、辛くも自分の剣で受け止めることに成功したハンスは、十数メートルほど吹き飛ばされ、木にぶつかるだけに留まった。


っく、何がだめだった。

勇者と聞けば問答無用で襲ってくるとか、魔王かなにかかよ。

さて、戦闘になっちゃったわけだが、どうするかな。

防御に徹すれば、もしかしたら生き残れるかもしれないし、というか、そこにかけるしかもう手がないな。


そう思い、立ち上がり剣を構える。

現勇者と最強の勇者の戦いが始まった。




「うそ、なんで勇者同士が戦ってるの?」

「どした?」

「行かなきゃ」


クロの声も届かず、少女は外へと飛び出した。

少女が部屋を出てから少しして、イザヤがやってきた。


「おいクロ、アーサーを知らないか?屋敷中を探しているんだが、見つからない。どこに行ったか分かるか?」

「エイミーじゃないの?」


眠そうにクロは言う。


「壁に耳あり障子に目あり。猫たちが教えてくれたよ」


その言葉に、窓際で日向ぼっこをしていた猫が、にゃ~んと鳴いた。


「全部聞かれてたわけか。まぁ、それはいいんだが、エイミーがどこに行ったか知らないか?」

「前から思ってたんだけど、なんで音を聞かないの?音を聞いていれば、わかるだろ」

「俺が彼らの日常を覗き見るようなことをしたら、彼らはリラックスできないだろう。だから、この屋敷の中でだけは、音を聞かないようにしていた」

「今回は聞いたほうが早い。俺にも、行先はわからないから」

「わかった」


そう言ってイザヤは目を瞑る。

感覚を耳に集中させ、すべての音を聞き分ける。

話し声、足音、衣擦れの音、風の音、鼓動の音、血が血管を流れる音。

すべて聞こえる。

その範囲は広がり続け、やがて


「見つけた……けど」


走る者に風が当たる。

風が体に当たり流れを変える。

その風が浮かび上がらせた形は、探していた少女の姿であった。

走る少女、その先にいる者の鼓動音は、聞いたことのある音だった。


その男に関わるのだけはまずい。


「おいで」


クロがそう言うと、窓際にいた猫は、クロのもとへと駆け寄ってくる


「くそっ」


そう吐き捨てて、イザヤは窓を割って飛び出した。


「まったく、どうしてみんな、大事なものを護ろうとするとき、周りが見えなくなるのかなぁ。シナー程酷くないしいいけどさ」


間に合うのか?

無理だ。

飛べば間に合う。

翼もないのに飛べるわけがない。

人の身で空を飛ぶなんて、不可能だ。

科学の力でも、魔術の力でも、不可能なんだ。

どうすればいい、どうすれば間に合う。

どうすれば失わずに済む。

再び見つけた、大事なものを。

飛べばいいと言っている。

飛べないと言った。

イリスはどうなる、アマデウスは?あいつらは翼なしで空を飛ぶ。

アイツらは特別だから。

自分が特別ではないと?

そうだ。

私に勝っておきながら、そんなことをぬかすか。

それは…。

お前はあの男との戦いで、無理やり力を使った。

自分の正体がバレるリスクがあるにもかかわらずだ。

今回の件は、そこまでする必要がないと言うことか?

そんなわけないだろ‼

だったら、考えろ。

空を飛ぶすべを、お前ができることを。

前へ進め、護るために。

あの日、私のもとへとたどり着いたように。

……ありがとう。

わかった気がする、俺ができること。

俺は翼をもっている、けれど翼を使うわけにはいかない。

この世界では、どんなことだってできる、信じていればなんだって。

翼はある、見えずとも、触れられずとも、そこに翼はある。


イザヤは大空に羽ばたいた。

見えぬ翼で、空を飛んだ。


これなら、間に合う。


イザヤは飛んだ。

周りの被害など考えず、見えぬ翼で暴風を起こしながら。

どうだってよかった、大事なものが護れるのなら、他のすべてはいらなかった。


ほんの数秒だというのに、とても長く感じた。

ようやく見えた少女は、今にも殺されそうになっていた。


この距離じゃ、間に合わない。

そんな、嫌だ。

また護れないのか。

また失うのか。


あの日の記憶がよみがえる。

初めて大事に思った。

初めて恋した、初めて愛した少女。

目の前で、殺された少女。

血だらけで、折れた骨が体から飛び出ている、少女の亡骸。

何の理由もなく、理不尽に殺された少女。


「やめてくれ」


もう失いたくないんだ。

もう、愛した女が殺されるのは嫌なんだ。


「うおおおおあああっ」


護れるというのなら、命程度くれてやる。

二度と会えなくていいから、頼む、護らせてくれ。

速く。

もっと、速く。

足りないんだよ‼

間に合わないんだよ‼


自分の思考が加速していくことにも気づかずに、イザヤは手を伸ばす。


お願いだ、お願いだから、愛した女の一人くらい……護らせてくれよ。


イザヤは願う。

誰に願ったかなどわからないが、イザヤにはもう、願うくらいしか、祈るくらいしか、奇跡に縋るしかなかった。


その時、周りの景色が、徐々に遅くなっていった。

イザヤがそれに気づくことはなかったが、イザヤは、異常なほどの速度で動いた。




「ついにきたか。今はまだ無意識の内だが、君が限界を超えるのも、そう遠くない。君を始まりとして、次々と限界を超える者が現れるだろう。そうでもしなければ、奴らには勝てないから。限界を超える術を知っていながら、停滞している者は気に食わないが。あぁ、これからが楽しみだ」


無限とも思えるほどの本の中で、その者は笑った。

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