生放送

「急遽予定を変更して、この時間は、アイドル白銀九音に迫る、を放送いたします。大変申し訳ございませんが、十二時から一時までの間に放送が予定されていた番組は中止となりました。テレビの前で楽しみにしていた方々、本当に申し訳ございません…………それでは、アイドル白銀九音に迫る、の生放送を開始いたします」


カメラが切り替わり、椅子に向かい合って座る二人を移す。


「こんばんは。わずか二年で日本中にその名を轟かせたトップアイドル白銀九音、彼が一体どんな人なのか我々は知らない。そこで我々の知らない白銀九音を知る人物にお越しいただきました。昭和の大スター、明石茂さんです」

「どうも、今回疑問に答える側として呼ばれた、明石茂あかししげるだ」

「……自己紹介はそれで終わりですか?」

「ん?あぁ、そうだが、何か問題でもあったか?」

「情報が少なすぎます、あまりテレビに出ていないのですから若者たちは、明石さんを知らないでしょうから、知らない人が自分たちの好きなものに対して喋ると言うのは、内容次第でデンジャラスな展開になりかねないので、貴方がどんな存在であるかをこの場で確立させたいのです」

「面白いなお前、俺がどんな奴かって?ずっと昔に、白銀九音と同じ景色を見た男で、今じゃただの隠居爺だ」

「……隠居爺ということでいいんですか?」

「え、じゃあ……影響力のある爺だ」

「そうですか、それでは、番組のほうを進行していきましょう。ではまず、なぜこの生放送をしようと考えたのですか?」

「生放送なのは、編集で発言を消されたくなかったからだ。内容に関しては気にするな。さ、次に行ってくれ」

「そうですか、では……」

「ん?どうした」


ドアを開けて元気な老人が入ってきた。


「よぉ、面白そうなことしてんなぁ。俺も混ぜろ」

「何故ここにいる」


遠野弘とおのひろし。明石と共に昭和の時代に全国を虜にしたトップアイドルで。


「何でってそりゃあ、近くで生放送してたから遊びに来ただけだ。お前になら迷惑かけてもいいかなと思ってな」

「いいわけないだろ。それに許可なんて出るわけが」


視界の端に、立ち上がり手で丸を作っている姿が映る。


「ほら、良いって言ってんぞ」

「な。はぁ、まったく、こいつを生放送に出す危険度が分からないのか」

「俺の何がだめだってんだよ」

「正直すぎるんだ、お前は。苦手なものは食べないし、嫌いなものは嫌いだと言う。その上お前の意見はどれも的確で、反論の余地がない。生放送に向いてないんだよ、お前は」

「んーと…俺が発言するからダメってことか?」

「今説明していたこととは違うが、それもある」

「だったらこの生放送になら出てもいいだろ。お前、この生放送で本来言えないことを喋るだけ喋って、消えるつもりなんだろ」

「……はぁ」

「一人でいなくなるな、俺もつれてけよ、親友」

「仕方ない奴だな。椅子か何か持ってこい」


上を向いて目頭を押さえる。


「始めてくれ、大丈夫だ」

「了解しました…………予定外のことも多々ありましたが、始めさせていただきます。それでは、明石茂さんにお話を伺っていきたいと思います。まずは、そうですね、この放送を企画したのは明石さんと聞いているのですが、なぜこの」

「おい、それは白銀に関係ないだろう。白銀に関した質問した情報しか俺は答えない」

「了解しました。では……そうですね、皆さんが聞きたい情報、本来言えないような情報は、メインとして放送の後半に持ってくるのが普通ですが、この放送に限っては消される前に言わなきゃなのでさっさと聞いてしまいましょう。ズバリ、巷で流れている白銀九音の噂についてです。とてつもない速度でトップアイドルとなり、その地位を何年も守り続けている、彼のせいで他のアイドルが世に出れていないなんて言うほどに彼の人気はとてつもないのですが、その裏で何かしているのではないか、それこそ、枕営業などしているのではないかという噂の真相について答えていただきたい」


その質問に、明石は笑う。

スタジオ内には、大声で笑うものもいた。


「面白い奴だ。わざわざ自分からファンの反感を買うような真似をするとは、本当に面白い」

「そんな、滅相もない。私はただ腹を括っただけです。あなた方と共にここで消えると。ただ、少し残念なのは、初めての大仕事が最後の仕事になってしまったことですかね」

「若いのに覚悟を決め過ぎだ」

「っと、脇道にそれましたが質問に答えてください」

「枕営業か……そう言ったものはない。彼を見たことがあるならわかるだろう。白銀九音は、天才だ。白銀を見れば、虜にされる。金を積んだか、枕をしたかして出番を手に入れているはずがない、その必要がないからな。白銀はその実力で認められている」


そこで区切って続きを言う。


「ただ白銀は、機会があった。誰かに見てもらえる機会があった。そちらの方ならば、少々黒い話があるぞ」

「ん、それって、白銀の入ってる事務所のこと?」

「ようやく来たのか。そうだ、その事務所のことだ」

「つまり、非公開にしている白銀さんの所属事務所があかされるのですか」

「あぁ、公開できない情報をどんどん公開していくから、突然生放送が切られたらすまないと、先に謝っておこう」

「そんじゃまずはなぜこの事務所が公開できなかったかだが、公開してしまえば調べられるからだ、一般人や、そうでない者達にも、それをその事務所の社長は嫌ったからだ」

「そんな事務所の名称は、エンジェルナンバー、ただこの名前で検索しても意味はない。もっと調べたいなら、そうだな、ギルドというのを調べるといいだろう。噂や都市伝説とつければ、信憑性皆無な怪しい情報が山ほど出てくる。調べるならそちらの方がいいかもしれないな」

「でも、詳しく知ろうなんて思わないほうがいいと思うぞ」

「そうだな。図書館やネットで調べる分には構わないが、情報屋と呼ばれる情報の売り買いをしている奴らにはかかわらないほうがいい。奴らは危険だ。情報屋自体はあまり危険ではないが、情報屋は多方面から狙われている。情報が欲しい奴らに、自分たちの情報を売られるわけにはいかないやつら、そして、犯罪者の情報を欲しがる警察、とかな」

「これ本気で危ないから、調べに行って死んだとしても自己責任でね」

「とのことですので皆さま、危険には近寄らないよう、娯楽の範疇で調べてみるのは面白いかもしれませんね。それでは次の質問です。先ほどエンジェルナンバーについては調べても出てこないと言っていたのですが、事務所を公開しなかった理由や、調べるのではなく、お二方に聞いてみたいのですが、答えられないようなら構いませんがどうでしょう」

「答えられないということはない。知っているか知らないかだけだ。ということでエンジェルナンバーについて答えるが、事務所を公開していなかった理由は、事務所からギルドとの関連性に気付かれ、ギルドについて調べられることを危惧してのことだ。そのため事務所の情報を一切公開していなかった。俺たちが知っていた理由としては、うちの社長に…いや、うちだけじゃないな、古いとこの設立者のほとんどに芸能事務所を作れと言ったのがギルドの人間だったからだ」

「ちょっと待ってください、芸能事務所は古いものでは百年を超える歴史を持つものもありますがそれだとギルドは百年以上前から存在したということですか?」

「そうだ。ただ百年以上前からある組織なのは確かだがいつからあるかがわからない。一番古い話では、アメリカ建国前から存在していたというものもある。あるんだが、表舞台に立たない組織だからか、情報が残されておらずまったくわからないという状況だ」

「もうそこまでいくと嘘にしか聞こえませんね」

「嘘だと思ってくれたほうが俺らとしては安心できんだけどな」

「そうはいかぬだろうさ。人は娯楽に飢えている、面白そうの一言で、きっと彼らは死に急ぐ」

「あのー、しんみりしているところ悪いのですが、次の質問に移らせていただいても構いませんか?」

「あぁ、すまなかった。質問を続けてくれ」

「それでは次は、白銀さんが、いったいどのような経緯でギルドに入ったのか。そして、どうしてアイドルになったのか。というのを聞かせてもらえないでしょうか」

「それはつまり、白銀の過去について聞いているのか?」

「ええ、その通りです」

「そうか」


二人は目を伏せ、辛そうに息を吐く。


「わかった、話そう」

「ただ、その前に何故アイドルとしてあそこまで早く世に出れたのかを話す。これは質問とは関係がない。言いたくないことを言う決心をするまでの時間稼ぎだ」

「それでは話そうか。はぁ」


溜息を交えながら話し始める


「白銀の後ろ盾となっていたギルドは顔が利く。芸能界だけじゃない、政府にだってそうだ。大きいところや古いところは、総じてギルドに対して頭が上がらない。それだけギルドに恩がある。だから、有名になる前から、少なかったとはいえテレビにも出れた。そして、その出番を必ずものにしていたからトップアイドルになれた」

「……それでは話すとするか。白銀の過去について」

「白銀は、独りだった。母親は亡くなっていて、父親は虐待をしていた。ゴミだらけの部屋で、父親が食べた飯の、残り物を食べる。残り物と言っても、父親は自分の分しか用意していなかったから、食べかすくらいしか残ってはいなかったが、必死に生きていた。身体中傷だらけで、栄養不足から、痩せ細っていた子供の身体は、大人の力に耐えきれず、骨がいくつか折れていた」

「いつ死んでもおかしくない彼を救ったのが、ギルドのボスだった。すすり泣く声を聴いたギルドのボスは、彼を誘拐し、まともな食事を食べさせ、怪我を治療したそうだ。そんなギルドのボスに恩を感じてか、彼は、ギルドへ入ることを決める」

「ギルドに入った彼に対しボスは言った『したいことをすればいい』と。そう言われて彼は、アイドルになった。鳥籠の中で、誰の目にも止まることなく、その短い生を終えるはずだった少年は、一人の男の手によって大空へ羽ばたいた」

「これが、彼がアイドルになるまでの話だ」


その時、扉を開けて二人の男が入ってきた。


「あれま、早い迎えだな」

「死神が来たみたいだ。テレビ的に大丈夫なラインだとありがたいんだが」


二人の内の一人、鴉の面をつけた少年を見ると同時、自分たちの死を確信した。


「そう身構えなくていいよ、今回はただの忠告だ。これ以上情報を開示するようなら殺すよっていう、そんな忠告だ」

「そうか。では隣にいる奴の用はなんだ」


少年の隣にいる白銀を見て言う。


「俺はただ、嘘だらけのこの生放送をつぶしに来ただけだ」

「嘘だらけって、ひどいな。俺はただ表現を甘くしただけだと言うのに。確かにまぁ言ってないことはあったんだが、今ので言う気になった」


そう笑みを浮かべる。


「なに?」

「神に捨てられた少年。それが黒鉄ましろを最も的確に表す言葉だ」

「いいや、俺は死に拾われた男だ」

「死はお前に何を与えた?」

「生を、生きる意味をもらった」


その時扉が勢いよく開いた。


「警察だ。この場にいる全ての者を……逮捕する」


警察手帳を見せる男を見ながら、鴉は笑った。


「邪魔はしないで」


その動きを捉える者はいなかった、ただ一人を除いて。

凄まじい速度の攻撃。

だが、男はその攻撃を防ぎ会話する。


「鴉。ここで何をしている」

「ここにいる者達を逮捕させないため。そして、君にある情報を渡すため。日本に情報屋が入った」

「……?情報屋などどこにでも」

「君の求めてた情報屋だよ」


その発言で自分にとっての重要度に気付いた。


「まさか奴が、いやしかしなぜ日本に」

「知る必要ないでしょ、なぜ来たかなんて」

「探すうえで最も重要な情報だろう」

「はぁ、仕方ないなぁ、ヒントをあげよう。一つ、最近殺人事件が増えてるよね、特に東京で。二つ、君は京都で何を見た。三つ、北海道上空から放たれた光はなんだ。君は……もう答えを知っている」

「な、まさか、奴はすでに情報を手に入れていた。この国で、小さな島国で、せn」


そこで、言葉を止めた。


「お前今、誘導したな」


声を荒げ、そう問いただす。否、確信していた。それ故にその声には、怒りが込められていた。


俺が逮捕の為に乗り込んでくることを予測し、突然雰囲気を、仕草を変えて、俺の警戒心を解かせ、その後の発言で思考を急に切り替えさせる、それによって周りを見えなくさせられた。


「お前は俺に、警察である俺に国民を不安がらせるようなことを言わせようとしたな‼警察は、国民の平穏な暮らしを、法律の名のもとに護っている。それをお前は、警察という職を、肩書を利用して、国民を不安にさせようとした。それを俺は、許さない‼」

「残念不正解だ。国民を不安にさせようとした、そう君に思わせようとした、が正解だ。あとは、法律の名のもとにって言ってるけど、君、よく犯人殺してるでしょ」


その言葉に、息が詰まる。

否定したくても、否定できない。

事実だ、何人も殺してきた。

正義のためだと、自分に言い聞かせて。

仕方のないことだと、諦めて。


「そうだよねぇ、仕方ないよねぇ」


まるで心を読まれているようだった。


「だって、彼らを捕まえられるような牢屋はないのだから。自力で抜け出すか、取引によって釈放される。どっちにしろ、彼らは何の罪も償わずに外へ出てくる。そしてまた罪を犯す。それを止めるにはもう、殺すしかないものなぁ。その選択が、間違っていたとしても」


何も言えなかった。

人を殺した。

二度と動かない。

この罪は、どうあっても償えない。


「ちょっと意地悪が過ぎたな。かつて、人を殺せば褒められる時代があった。多くの人を殺した者が、英雄と称えられる時代があった。それは決して悪い時代ではない。すべての人間が分かり合えるものではない。殺しという手段が、最善策だと言うのならば、君の正義の名のもとに、殺せばいい。何十人何百人だって、それが最善だと言うのならば、殺してしまえ。君は英雄じゃない。正義の味方なのだから。少なくとも、僕はそう信じているよ、早乙女天さおとめそら


その時初めて、鴉は男の名前を呼んだ。


落ち着いていた。

先ほどまでの苦しさはなくなっていた。

少年の言葉が、重い罪に押しつぶされそうになっていた心を、後悔で折れそうになっていた心を、自分の正義を信じられなくなっていた男を、再び立ち上がらせた。

罪を意識させ、過去を後悔させ、正義を疑わせたのもまた、少年だというのに。

だけどそんなことはどうでもよかった。

だって、男が正義を疑い、そしてまた正義を信じた。

きっと、もう二度とこの正義を、疑うことなどないだろう。


「それじゃあ僕はそろそろ行こうかな。ギルドのボスは忙しいのです。それじゃあバイバイ。あ、白銀は置いて行くから」

「え?ボスどういう」

「もう冷静なんでしょ?そのおじいさん二人が好き放題言わないように監視を任せるって言ってるの。気を付けることは一つ、挑発に乗せられないこと。わかったね」

「わかった」

「んじゃ、今度こそ」


そう言って出口に向かって歩き出すと、また声をかけられる。


「シn、鴉」

「今度は何?」


そう言って振り返る


「ありがとう」


お礼など、久しぶりに言われた。

依頼を達成すれば、確かにお礼は言われる。

だけど、自分で考えて行動したことに対して、お礼を言われたのなど数百年ぶりのことだった。


「僕は、以前の君が好きだった。殺しは悪だと定めておきながら、正義のために人を殺す。仕方がないと言い訳をして、正義のために悪をなす。言い訳をする自分が、自分に嘘をつく自分が嫌いで仕方がなかった君が、人間らしくて好きだった。けど、今の君は、もっと好きだ。ちゃんと目指すものが見えてる。その目指した先にあるものを、僕にも見せてくれよ」

「あぁ、きっとたどり着いて見せる、俺の目指した理想に」

「楽しみにして待ってるよ。それじゃあ、またね」


鴉は、テレビ局から出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る