ファラオと宰相

暗い館内に響く何かが割れる音。

次に聞こえたのは警備員の悲鳴だった。

建物全体に響き渡るほどの、絶叫。

腰が抜けて知りついた警備員の視線の先には、未だ開けることの出来なかった箱、その中にはミイラが入っていると言われていた。

誰のミイラかは不明だが、どのピラミッドよりも保存状態がよかった。

その箱は、傷もなく風化もしていなかった、そして、その箱を開く方法は不明とされていた、接合されているわけでもなく、何か特殊な開け方があるわけでもない、にもかかわらず開けることが出来なかった箱が今、ひとりでに開き中のものが出てこようとしていた。

箱に手をかけ、身体を起き上がらせる。

中から出てきたのはミイラだった、他と違うのは、保存状態が群を抜いてよかった。

ミイラが、水分が抜けた人であることを認識させるほどに、そのミイラは人としての姿を保っていた。

乾いた細い腕を伸ばして、探るようなしぐさをする。

やがて何かを見つけ呼び寄せる。

その瞬間、壁を突き破って何かが飛来する。

飛来したなにかは杖だった。

月と時の装飾がされた杖。

それを持ち、一度念じれば、空中に球体状に水が出現する。

その中へと吸い込まれるようにミイラは入っていく。

肌に潤いが戻っていく。

水を消し、隣に置かれている箱へ近づく。

少年が手をかざすと、蓋が横に移動していく落ちた蓋がガラスを割る。

少年が唱えると、箱の中が水で満たされる。

しばらくすると包帯にまかれたミイラだったものが、上体を起こす。

少年は跪く。

包帯にまかれた男はもごもごと何かを言う。

包帯をずらし少年に言う。


「ちょっと包帯取ってくんね」

「仰せの通りに」


立ち上がった少年の手から杖が光となって消える。

男の後ろに回り、手作業で包帯をはがしていく。


「なぁ、お前ってさぁ、俺の身体好きだよな」

「何を言っているんですか、私は一介の神官に過ぎません、敬愛こそすれど、情愛はありませんよ」

「……やめてくんね、そのかしこまった感じ。あとなんか逃げようとしてるだろ」

「何のことでしょうか、私は王から逃げることなどしませんよ、私はあなた様の神官、何なりとご命令ください」

「そう、じゃあ、結婚して」

「お断りさせていただきます」

「何で?良いって言ったじゃん」

「だって……なんか」

「あ~、恥ずかしくなっちゃった?」

「あとから冷静になってあの状況を俯瞰して見ると……あぁぁぁぁ、もう恥ずかしい、なんだよあれ、顔赤らめて、照れながら小声で、『我も好きって』思い出しただけでもう」

「あっはっはっは、可愛かったぜあの時のお前」

「殴るよ、我は男だ、そこわかってる?」

「そうだよ、それでいいんだよ、堂々としてろ、かしこまってるお前なんて気持ち悪いぞ」

「ほんっと殴るよ」


そんな風に楽しそうに話しながら、包帯をはがしていく


「んー、さて、そろそろ行くか、んでどこ行くの?」


身体を伸ばしながら少年に問う。


「日本だ。言っていただろう、いつか我らの力を借りる日が来ると」

「その日が近づいてるってこと?」

「そうだ」

「でも確か俺たちが目覚める条件てさぁ、地獄の門が開かれる時だろ?それだと、俺らが手を貸すのって、地獄から出てきた奴らの対処ってこと?」

「わからん、そんな簡単なことではないと思うんだが」

「まぁいいや、とりあえず日本だっけ?行ってから考えようぜ」

「あぁ、そうだな」


そう言って二人は歩いていく。

少年は地面にへたり込んでいた警備員を見つけると近づく。

笑いながら頭を掴む。


「現代のことをあまり知らなくてなぁ、記憶を読ませてもらおうか」


気絶した警備員から手を放し、周りの展示物を見る。


墓を暴くなど、現代の輩はどうしてこうも……


「はぁ」

「どした?」

「いや、知らなくていい」

「そか、んでここってどこなんだ?なんか移動させられてるよな」

「知らなくていい」

「隠さないでよ、俺王様だぞ」

「そう言えばそうだったな、我の夫」


その言葉に、目を輝かせる。


「今のすげーいい、もっかい言って」

「ふん、さっさと行くぞ」

「うわ、スルーされた、そういうとこも好き」


無視して歩いていく少年に、後ろから抱き着き耳元で囁く。


「好きって言われるだけで、耳まで真っ赤にして照れてるとことか、すごく可愛い」

「ふぇ」


少年の驚きの声と共に二人はその場から消えた。


「ちょ、おま、何処だここ」


二人は、頭から落ちていた。


「おい、何とかしろって、嘘だろ、何こんな状況で照れてんだよ。おい、トキ、トキィ。クッソ、仕方ねぇ」


トキを抱きしめ、青年は炎を纏う。

踵落としをするようにして、炎を地面に放つ。

その炎によって、木々は灰と化し。

その衝撃によって、地面にはクレーターが出来た。


「はぁ、あぶねぇなぁ。俺らといえど体は人間、さすがに死んじまうぞ」


お姫様抱っこの状態で、斜めに見上げる。


「だって……あんなこと急に言われたら、心乱されるに決まってる」


顔を赤らめ、見上げながら、小さな声で話す少j……少年はとても可愛かった。


こりゃ確かに不意打ちでこんなことされたらやばいな、めちゃくちゃかわいい。


「あぁ、うん。そうだな、確かに急にこんなこと言われたら照れちまうのも無理ねぇわ」


大丈夫かな、俺、顔赤くなってるかも。


「なぁ、そろそろ降ろすぞ」

「え」


驚き、残念そうな表情をする。


「あ、ちがっ、わかった」


好きな人にお姫様抱っこされて嬉しくてつい出てしまった言葉を急いで訂正する。


「えっと、魔術使うから……降ろし、て」


残念そうに、降ろしてほしくないと、まだこうしていたいと言いたげだった。


「わかった……いちゃつくのはまた今度な」

「うん……また、今度」


地上に降り立った少年は、少し離れると、魔術を展開し始める。


「って服、俺ら裸のまんまだから服頼む」

「ふん、任せておけ、もちろんそのことも考えてある」


先ほどの少女と見紛うほどの可愛らしい少年は……顔に笑みを浮かべ、堂々としていて、ここに俺はいると、そう言うような存在感の美少年が、そこにいた。

二人を光が包み込む。


「なんだこれ」


光が収まると、二人は燕尾服を、着ていた。


「執事が着る服だそうだ」

「いや俺王だぞ、王、ファ・ラ・オ。不敬じゃないこういうの」

「似合っているから問題ないだろう」

「いやいや、執事ってつまりは従者でしょ、いったい俺は誰に仕……」

「師匠がいるだろう、今の我らは従者みたいなものだ」

「そう、わかったよ、もう服については何も言わないから、ここがどこか教えて」

「中国だ、よかったな。狙ったところではないが、誤差の範疇だ。まぁ、海を渡らねばだがな」

「そか、ところでこいつなんだ?」


そこには、二メートルを優に超えるサイズに黒い縦じまの模様がある生物がある。


「虎だな」

「何それ」

「デカい猫だ」

「ライオンみたいなもんか」

「肉食だそうだ」

「そりゃまぁ、あんな牙してるしそれくらいは気付いてるけど、どっちを狙うかな」

「どちらでもいいだろう」


虎は一目散に青年めがけて駆け抜ける。

飛び掛かり、叩き付けるように、右前足を振り下ろす。


「俺を狙ったか、いい子だ」


振り下ろされる右前足に上段回し蹴りを叩きこむ。

骨の折れる鈍い音がする。

右前足を引きずりながら、またも青年目掛けて駆けて行く。


「はぁ、なんだ、そういうことか」


そう呟いた青年は、噛み付きやすいように、左腕を横にして出す。


「な、ばか、やめろ」

「手ぇ出すんじゃねぇぞ」


叫ぶトキに、だが青年はそれを制す。


差し出された左腕に、虎は牙を突き立てる。


「そうだ、しっかり噛み付いとけ、絶対放すなよ。俺の眼を見てしっかり話聞け」

「何を馬鹿なことを、獣に言葉など通じるわけが……思念伝達」


獣との会話も可能なのか?

まぁそもそも思念伝達自体が魔術として完成していないが。

それもここまでよ、我が興味を持ったからには、必ず完成させる。

応用すれば相手の考えが読めるようになるかもしれぬしな。


そんな風に、トキが関係ないことを考えている間にも青年は虎と会話をする。


「お前も、護るために戦ってんだろ、目を見りゃ分かる。俺もそうだから、護るために戦ってる。俺ら別に、互いの大切なものを奪い合ってるわけじゃ無くて、互いに自分の大切なものを護ってるだけ、だったら戦う理由なくない?お前はどう思う」


その言葉に、虎は、恐る恐る牙を抜く。


「騙し騙されの裏切り合い、だれも信じてこなかっただろうけど、一度くらい信じてみない?」


少し後ろに下がり、頭を下げる。

青年は虎に近づき頭を上げさせ、抱き着き頭を撫でる。


「いい子だ、やっぱり。野生だし、肉食だけど、話せばわかってくれるいい子だ」


頭を青年にこすりつけたりと、一人と一頭はじゃれ合う。


「そう言えば自己紹介してなかったな。俺はレオだ、よろしくな。それであっちがトキ、俺の一番大事なやつだ。おーい、トキ、俺らの怪我治してくんね」


何やら笑いながら考え事をしていたトキを呼ぶ。

考えを中断して顔を上げると、何やら仲良くなった一人と一頭の姿が目に映る。

嫉妬の思いを心に秘め、トキは歩み寄る。


「まったく、出来るだけ怪我をしないようにしてくれ」


そう言ってはいるが、レオの役に立てているのが嬉しそうだった。


「さて、んじゃ行きますか」


治った腕の動作確認を済ませ、準備運動をする。

そんなレオに、虎はすり寄ってくる。


「ん、なんだ?付いてくるってか」


虎はレオの足元に跪く。


「そうか、でも、これから俺たちが行く場所は、ここよりずっと危険だ」


跪いたまま、虎は動かない。


「そっかー、わかった。いいぜ、付いて来てもいいぜ、だけど家族もつれてこい。

お前が俺に付いて来るのは勝手だが、残されたやつのことも考えてやれ、家族離れ離れはだめだ。説得できなかったのなら、お前はここに残れ、ただ、説得できたのなら、みんな一緒に行こう」


返事のように一度吠えて、虎は駆けて行く。


「居なくなった今なら、連れて行かずに済むぞ」


トキは知っていた、レオが連れて行きたがっていないことを。


「だめだ、勝手に置いて行くなんてしねぇよ。信じてみろって言ったのは俺だぜ、裏切るようなことできねぇ。そうだろ?」

「……あぁ、そうだな」


脳裏によぎるは過去の記憶。


『こいつと共に生きていきたいっていう、俺の願いを信じやがれ』

『神に誓えるのか?我が息子を死なせないと』

『こんな運命を用意しやがった神になんか誓わねぇ。俺は手前の息子、レオに誓って、運命に抗い、レオが死なずに済む、そんな未来へたどり着いて見せると誓おう』

『……ふっ、その誓い、違えるでないぞ』

『当たり前だ』


すでに果たされた誓い。

今も胸の内にある願いを思い出していた。

レオの頬にキスをする。


「――⁉なんだ急に」

「何でもない」


思えば、先に好きになっていたのは、我の方だったのかもしれぬな。

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