警察

「お前はあそこで何を見た、すべて答えろ」


灰色のコンクリートで覆われた部屋。

パイプ椅子に二人の男が向かい合って座っていた。

一人はハンス、背もたれに寄りかかりうなだれている。

もう一人は警察で、机に頬杖をついて問い詰める。


「人と人ならざる者、その差はなんだ」


ハンスは小さな声で呟いた。


「その問いに答えれば、俺の問いにも答えてくれるのか?」


ハンスは何も言わない。


「そうだなぁ、では」


男が触れると、目の前の机が、塵となった。


「こんなことが出来る俺は人間か?」


そう笑って問う。


「人だ、いくら人間離れしていても、君は人だ」


淡々と、興味なさげに答える。


「そうか、ならお前はなぜ人を護る」


人間離れしている者を何故守るのかと。


「俺が勇者だから、人ならざる者から人を護る、勇者だから」


自分が勇者だから、それが当然だからだと。


「ならお前の種族はなんだ」

「……人と、エルフの混ざり物」


初めて少年は言い淀んだ。

自分が人であるかすらわからない少年は。


「何故エルフと混ざってる」

「もともと勇者がエルフの森に棲んでいた……くらいしか知らない」

「その勇者は、エルフを殺したのか?」

「殺してない」

「なら答えは決まってる、人なんか護ってるくらいなら、自分の大切なものを護れ」

「でもそれじゃ、勇者としての」


ようやく少年は顔を上げ、感情的に発言した。


「何を言っている、その勇者はエルフを殺さなかったのだろう、だったらそいつが護っていたのは、人ではなく自分の大切なものだ」

「でも勇者は」

「じゃあ聞くが、勇者とはなんだ」


言わせない、言い訳などさせない。


「善を為す者、正義だ」

「だったら、エルフの森に棲んでいたという勇者は勇者じゃない。善も正義も、平等の上で成り立つものだ、エルフを贔屓したソイツは、勇者ではない。そして、人以外すべて殺して人を護るなら、まずは自殺から始めろ、ハーフエルフの小僧」


そこまで徹底して初めて、正義を語れるのだ。

そう自分に言い聞かせるように。


「な、でも、俺が死んだあと、だれが人を護る」

「誰が護ってほしいなどと言った。被害者ぶるな。勇者の俺は人を護らなきゃいけない、それが勇者としての役割だから、運命だから。ふざけるなよ、運命だなんだ言うのなら抗って見せろ、己が運命を変えて見せろ、抗ってもいないお前に、弱音を吐く資格などない」


運命に抗った者達を思い。


「……そう、か。ねぇ、俺は何を護ればいい」

「自分で考えろ。だがまぁ、すでに言っていることだからもう一度言おう、自分の大切なものを護ればいい。だってお前は、勇者である必要がないのだから」


そうか、勇者に縛られてたのは、俺の方だったのか。


「ありがと、おじさん。今度は俺がおじさんの問いに答える番だ」

「おじさんか、まぁ否定はしないがな」


一息ついて、真剣な面持ちで問う。


「まずは、お前の所属を聞かせてもらおう」

「所属って言うと、あぁ、ギルドって答えやいいのか?」

「ギルドか、京都まではどうやって来た」

「京都ってのはここのことだよな?だったら、走ってきた」

「そうか、では、妖組・騎士団・ギルドの三つの組織が争っている理由はなんだ」

「えっと、世界の覇権がどうこう言ってた」

「……となると、どの国が関わってる……ん?お前、出身国は何処だ」

「……あぁ、そっか、確かにどこの国から来たか聞かれたとき、国の名前がないのは困るな、実感した」

「国に名前がないのか?」

「あぁ、俺が知る限りじゃあの国に名前はない」


おそらくその国の国王が何か知ってるな。

まぁ、確認はできないだろうがな。


「ではお前の通っていた学校の名はなんだ」

「第一学園だ」

「数字は何処まである」

「第二まで」

「そうか、その二つの学園の違いはなんだ」

「第一学園は実戦、第二学園は魔術の開発なんかがメインだ。わかりやすく言うなら、第一学園は英雄を育てる、第二学園は英雄が使う武器なんかを作る、ってとこかな」

「ほう、第一のほうに通っていたということはお前も英雄なのか?」

「言ったでしょ、俺は勇者だ。もっとも、もう廃業したけど」


満足げに、誇らしげに言う


「アッハッハ、そうだ、それでいいんだ。勇者だの英雄だのってのは荷が重すぎる、やってっても損しかねぇんだからな。人らしく生きればいいさ」

「あれ?なんか、知り合いに英雄かなんかいるみたいに聞こえたんだけど」

「いるぞ、世界を救った大英雄がいる。ソイツが世界を救う前からソイツのことを知っていたからこそ、英雄なんかなんなくていいと俺は思うんだ」

「世界を救った英雄か、会ってみたいな」

「あまり期待しないほうがいいぞ、まったく英雄らしくないやつだからな。さ、話を戻そう」


また、問答を再開する。


「お前はあそこで何を見て、何故今勇者であることに悩んでいた」

「すごいね、なんで俺が悩んでた理由がさっきの戦いにあるってわかったの?」

「ふん、企業秘密だ。手の内はあまりさらしたくないのでな」

「そう、なんか似てるね。ギルドにも、そういう人いるよ。少し見ただけで、何してたかがわかっちゃったり。少し話すだけで、心の内までわかっちゃったりする。心が休まらない場所だよ、あそこはさ。何より、壊れてるのに無理やり動き続ける奴がいるんだ、そいつが俺はとても怖い。笑顔なのに笑ってなくて、話してるのに何も言ってない、目と目は合うのに別のものを見てる。あれはもう、破綻してる。まるで生きていないようで、俺は怖いんだ」


そう、椅子に座る虚ろな目をした男を思い出し、身を縮ませる。


「そんなことはどうでもいい。俺はお前の問いに答えた、お前も俺の問いに答えろ」

「あ、そう。おじさん、良い人じゃないんだね」

「いい人だと言った覚えはない」

「うん、だって、おじさんは正義だもんね」

「……ッフ。まだ正義にはなれそうにないがな」

「でも目指してるんでしょ」

「あぁ、なりたいなぁ、正義に。って、脱線しすぎだ、問いに答えろ。何を見て何故悩んだ」

「テレビっていうんだっけ。それを見てたら、人が何かに襲われてるって言ってて、何に襲われてるかを聞いたら、妖って、人じゃないって答えたんだ。だから、人を襲ってる連中を、人じゃないやつらを、殺していった。そしたらいつの間にかこの町についてて、あいつと出会った。最初は、妖だってわかんなかった、けど、あの不明瞭さは、確実に人間のそれとは違った。だから戦ったんだ。この時アルバ、俺の弟なんだけど、俺を追いかけてきたみたいで、協力してその妖と戦ったんだ。けど勝てなかった。すごく強くて、二人で戦ったのに、少し優勢程度だった。その上、本気を出してなかったんだよ、あいつ。それで鬼が現れてさぁ、あいつと会話したら二人で帰っていったんだ。追いかけようともしたけど、一瞬で、動く間もなく逃げられたんだ。そいつらが逃げた直後に一人の人間が現れたんだ。そいつは、人なのに人らしくなくて、妖と混ざってて、いや、人の身体が、妖に近づいていて。そいつは、妖に近い人という状態で、俺は戦えなかった。この時俺は人と人以外の混ざりものをどう判断すればいいかわからなくなっていたんだ。その上、アルバが戦う前に言ったんだ。あいつが人なら俺も人だって。それを聞いたらさ、自分の人生のすべてが、無駄だったように感じたんだ。人を護るために戦ってきたのに、人同士が、人ではない力で戦う。人を護るためには、人を斬るしかない。その矛盾にたどり着いたら、壊れちゃったんだよ。これが、俺が見たものと俺が悩んだ理由だ」


しんみりと、その時の感情を思い返すように、暗い表情をして話していたハンスは、打って変わって、今度は明るく話し出す。


「長過ぎてわかりにくかったな、簡潔に言おう。妖と戦って逃げられて、妖っぽい人間と戦って、これから本気出すってタイミングで、戦闘が終了した、ってとこかな」

「ふむ……お前たちが戦った相手の狙いはわかるか?」

「うーん、たぶん妖の方は、狙いとかはなくて、ただ強い奴と戦いたいだけって風に感じた。人間の方は、なんだかおじさんに似てたよ。ただ、おじさんは正義なんだけどさぁ、あの人は、悪の敵なんだよ。それも、妖を第一とした線引きをしてるんだ。だから、俺はおじさんの考え方のほうが好きだな」

「強い相手と戦いたいだけ、か。厄介だな。まぁ、仕方ない襲ってきたら対処するか。悪の敵か、だとすると妖を殺していたのはそいつか」

「え、そうなの?」

「あぁ、おそらくな」


妖を護るために妖を殺すという矛盾した行動、だがあの馬鹿どもが動かないようにするには、これしかないか。

もう少し人間らしく生きればいいのに。


古き友の姿が頭に浮かんだ。

暗い部屋で椅子に座る白髪の少年。

虚ろで、何も映さない少年の瞳。

人形のようなその少年。


「まだまだ聞きたいことはあるが、あまり長くここに拘束しておくと俺が怒られてしまうのでな、もう帰っていいぞ」

「え、あれ?おじさんって、法を犯した者を捕まえるのが仕事なんじゃないの?俺結構殺してるんだけど」

「そうだが、俺は特殊でな。異能力や魔術を使う普通の法では裁けない者達を捕らえ裁くのが仕事だ、その上この仕事、すごく権力がある、罪を犯した者を独断で逃がせるくらいにはな。そもそもお前が殺したのは人ではないモノのみだ、それも人を護るためとあっては俺も見逃すさ。あと、お前の持っていた剣も、この国では銃刀法違反というものに当たる、まぁ武器を持ち歩くなという法律なのだが、俺としては武器を持ち歩くのは別に構わん、俺が気にするのは、それをどういう意図で使うかだ。異能力者や魔術師たちは戦闘にかかわりやすいからな、武器の一つや二つ持っていないといざというとき困るだろう。だから俺は、武器を持っている程度では捕まえない」


真剣に、自分の考えをを話し、最後に冗談のように一言付け加えた


「ただ、俺以外の奴は捕まえに来るからしっかり逃げろよ」

「ん、わかったよ、気を付ける。おじさんも頑張っていっぱい捕まえてね。じゃ~ね~」

「いっぱいか、あまり捕まえる必要がないほうがいいんだがな」


手を振って走っていくハンスを見送り男は電話をかける。


「俺だ、京都にて情報を集めろ。陰陽連については特に詳しく調べておけ」


そう言って電話を切り、歩き出す。


大規模な組織戦。

軍も警察も大忙しだな……軍の中にも関わってくる連中がいるのか。

面倒くさいな、人命救助を最優先とするか。


今後の方針を決め、頭を上げるとテレビが目にはいる。

内容は、トップアイドル白銀九音しろがねくおんについて有名人に話を聞くというものだが、なぜかその番組は生放送だった。

白銀九音は今を時めくトップアイドルだ、それは紛れもない真実である。

テレビをつければ白銀九音の出ているCMが流れているし、外に出れば様々な看板で白銀九音の姿が確認できる、とてつもない人気を誇るアイドルだ。

そんな白銀九音は、突如芸能界に現れ、わずか二年でその地位まで上り詰めた異常なアイドルだ。

そんな異常なアイドル白銀九音だ、有名人から話を聞く、それだけで一本くらい番組を作れるだろう。

だが生放送である必要がない。

これではまるで、口を滑らして隠し事を話してもらいたがっているようだ。


…まさか、この男自身が情報を消されないために生放送と指示したのか?


カメラの前で話す男は、四十年ほど前に人気を博したアイドルだった。

よくテレビ番組で見かけるのだが、生放送などには全く出ていなかった。

理由は簡単で、その男は嘘がつけなかった、そのうえ男の発言はどれも的確だったからだ。

そんな男がアイドルの裏話をしている。


いったい何が飛び出すやら。


そう思ったのもつかの間テレビから聞こえてきた話は衝撃のものだった。


「あいつがあそこまで早く人気になれた理由は、あいつには機会があったからだ、白銀九音というアイドルを見てもらえる機会があったからだ。そしてそんな機会が与えられた理由は、裏にいたやつのちからだ、そいつは芸能界に顔が利くんだ、芸能界だけじゃなく、国に対してもな。たいていの大企業はアイツに対して頭が上がらないし、政治家たちも同じだ、特に古ければ古い程な」


なんてことを喋っている。

場所は東京か、間に合うのか?

いや、間に合わせる。


放送しているテレビ局を目指し、走り出した。

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