死後の世界

「はい、僕の勝ち」

「やはり勝てぬか。わかっていたことだが、悔しいものだな」


閻魔はそう言って苦笑する。


「それで、だれの魂だ」

「えっとねぇ、かんなぎきくの。大江山で死ぬと思うから、回収しないでね」

「……わかった、皆にもそう伝えておく」

「うん、ありがとね。それじゃあ、用事はこれだけだから帰るね」

「さっさと帰れ、ここは生者の居ていい場所ではない」


そう言った閻魔はどこか寂しそうにも見えた。


「またねー」


手を振って、来た道を戻っていく。




「なぁ、俺なんも教えてもらってないんだけど、どんな鳥居探してんだ?」

「う~ん、そうだなぁ……君は、赤くない鳥居を探して」

「赤くない、赤くない……あれ、かなぁ」


思い当たるものがあるのか、ぼそぼそ呟く。


「なんか知ってんの?」

「いや、あの~、赤くなけりゃいいんだよなぁ」

「あぁ、赤くない奴だ」

「…だったら俺、見たことあるなぁ」

「え、マジ?」

「うん、あるわ」


手招きをして案内する。

しばらく歩くと、小さな神社が見えてくる。

その鳥居は古めかしく、そして何より、赤色をしていた。


「あ、ごめん、赤も入ってた」

「それはいい、他には何色がある」

「えっと、黄色と、青と、黒。ぐちゃぐちゃに混ぜられてて、すっごく気持ち悪い。まるで呪いみたい」

「これだ、行くぞ」


そう言って、手を引いて鳥居をくぐる。

その先は、真っ暗闇だった。


「何処ここ」

「まだ黙ってて」


その一言で口をつぐむ。

やがて辺りは真っ白になる。


「着いたよ」

「それで、ここは何処なんだ?」

「じごく」

「え?……え、ちょ、おま。うそ…だろ」


それがさも当然のように地獄と言ったせいで認識できなかったが、遅れて事の重大さに気付き声を上げる。


「というか君さぁ、妖なんだから少しは地獄とかそういう知識あるべきだろ」


とんでもないことをした側になぜか呆れられる。


「いや、だって、俺がどれだけ特殊な妖かわかってる言ってるの?俺記憶喪失みたいなもんなのに、知識なんてあるわけないだろ?」

「そう」


反論されてめんどくさくなった。

しばらく歩いていると、前から歩いてくる人影が見える。


「よぉ、シナー。久しぶりだな」


白髪の少年に声をかける。


「やぁ、久しぶりだね、クロ。こんなところに何の用だい?」


シナーは探るように目を見て微笑む。


「内緒だ。それでお前はこんなとこに、何の用だ」

「ふふっ、ないしょ」


お返しと言わんばかりに、同じ回答をする。

そんなシナーの横でアルバは、辺りをきょろきょろと見まわし、自分の眼を気にしていた。


「どうしたのアルバ」


明らかに様子のおかしいアルバに問う。


「なんか、見えないけど、何かが見えてないって感じがする」


自分でもよくわからないままに発言する。

ふむ、と、少し考える。


「ねぇクロ、何連れてきた」

「さぁ、しらねー」

「そう」


ポケットからチェスゴマを取り出し虚空へ向かって投げる。


「痛」


何もないところから声がした。


「さすがだな。今の見てて、戦いたくなってきた。俺と戦おうぜ」

「嫌だ。それと、もう帰るから」

「残念、振られちまった。まぁいいや、じゃあなー」

「うん、またね」


お互い、背を向けて歩き出す。

数歩歩いたその時、クロが刀を振り抜いた。

光すら置き去りにする、神速の居合。

《貸せ!》

半ば強引に肉体の主導権を奪い取り、神の超常的な演算能力をもってして、多重結界を発動させる。

真っ白な空間に、響き渡る轟音。

クロの刀は、シナーのナイフによって止められた。

刃が交わった衝撃は空間を駆け、あらゆるものを破壊した。

多重結界は砕け散り、それでもなおアルバを護るために神として、全身全霊をもって衝撃を防ぐ。

だが、神の御業をもってしても、その衝撃を防ぎきることはかなわず、その体に傷を作ることとなった。

己がすべてをかけアルバを護っていたウラノスは、眼の端で信じられないものを見た。

ソレは、神でさえもその正体を捉えられないモノだった。

ソレは、そこにあって、そこにはいないモノだった。

ソレは、この衝撃の中、平然と立っていた。


何だアレは。

正体不明。

意味が分からぬ。

今度こそ護ると誓った。

なのに、脅威に気付けないなど……護れないなど……あってはならぬ。

大事な者を失う辛さなど、もう二度と味わいたくないのだ。


咄嗟にその衝撃を操作し、正体不明にぶつける。

正体不明もまた、攻撃されると気付きこちらへと突っ込んでくる。

衝撃は…当たったはずだった。

まるで何もなかったかのように、正体不明は突き進む。

正体不明は刀に手をかける。

そこはもう、刀の間合いだ。


「残念だ……おぼろ


ウラノスと正体不明の間で爆発が起こる。

正体不明の左上半身が吹き飛ぶ。

刀を右手に持ち替え着地する。

吹き飛んでいた左上半身は、攻撃など受けていなかったように、出現した。

衝撃は止み、お互い本気で殺しあおうとする。

しかし動くことはできなかった。

動けなかった。

恐怖が体を縛り付けた。


「殺気駄々洩れ。0点だ」


一言目がそれだった。

クロを、蔑むように見つめ、シナーは言う。


「僕を本当に殺してしまう、なんて考えて手を緩めた。避けれなかったら、防げなかったら、殺してしまったら。ふざけるのも大概にしなよ。僕の心配するほど、君は僕よりも強くない」


一通りの文句を言い終え、ウラノスのほうを向く。


「君はそんなほいほい喧嘩売らないで」

「わかっ、た」


震える声で肯定する。

二人してシナーの殺気に中てられ、恐怖で動けなくなっていた。


「なぁシナー、何あいつ。うちの子に傷をつけれるなんて、意味わかんないんだけど、なんなの?」


そう言ってアルバを一瞥する。


「君が気にすることじゃない。君が気にするべきなのは、傷つけられる者を、意味が分からないと評価したことで、僕に情報をわたしてしまったことだ」


「そして」と煽るように笑って続きを言う。


「妖組とギルドの情報戦は、僕等の勝ちだ」


その言葉にクロは、ひきつった笑みを浮かべる。


「シナーお前さぁ、ちょっとばかし、うちの酒呑童子をなめてんじゃねぇかぁ」


シナーはより一層笑みを深める。


「まさか、最大限評価してるよ、彼のことは。その上で僕らの勝ちだ。ギルドの参謀が、引き分けると言ったんだ。これは予測じゃない。僕を相手に唯一頭脳戦ができる彼の言ったことならば絶対に外れない、確定事項だ」

「お前を相手に頭脳戦?本気で言ってんのか?」


勝つと言ったにもかかわらず引き分けと言っていることなどどうでもよくなるほどにその言葉は衝撃的だった。

自分を殺そうとする者がそろそろ動くと読み。

狙撃ポイントを読み。

狙撃手がうとうとするタイミングを読み。

それに合わせて動きを変えることで、射撃すらさせなかった。

そんな未来視並みの化け物と張り合える男。

もし本当にいるなら、情報戦及び頭脳戦では、ギルドの独壇場となる。


「そんなん勝ち目ねぇじゃん………あれ?引き分けって言ったよな。お前らの勝ちじゃねぇのか?」


今更ながらシナーの発言に気付いた。


「うん、僕等の勝ちだ。だけど、いま酒呑童子と戦ってる、ギルドの頭脳たるかんなぎきくのは引き分ける」

「……いや、意味わかんないわ」

「そう、えっとねぇ、僕が送り込んだ巫って子は、酒呑童子との勝負に引き分ける。それでお互い情報を手に入れる。けれど巫が情報を手に入れているため、情報の価値がうんと上がる。だから、戦闘、支援、頭脳、において彼は、ギルド内トップクラスとなる。器用貧乏にならないように気を付ければ、彼は万能となる…制限はあるけどね。まぁ、だから、総合的に、全体的に、ギルドの勝利なんだよ」

「つまり、お前らのほうが、情報をうまく扱えるから勝ちってことか?」

「うん、そゆこと」

「…まずい、が、まぁいっか。聞きたかった話も聞けたし帰っていいぜ」

「じゃあ、今度こそ本当に帰らせてもらうよ。ばいばーい」

「おう、またな」


お互い手を振って歩き出す……若干の温度差があるように感じるが。

ようやくシナーが殺気を消し、二人は膝をつく。

アルバは走って追いかけて行った。

ソレは、地面に座ったままにつぶやいた。


「次は負けない」


そう決心した。

それを見て、クロはひとまず安心した。


「それじゃ、俺らも閻魔のとこ目指していくぞー」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る