情報戦 ギルド対妖組

一、チェス十回勝負

一、チェスで一勝するごとに情報を得る

一、情報の受け渡しは脳から脳へと行う

一、五勝目からは幹部の情報が手に入る

一、情報は重要度の高いものほど多く勝利しなければ手に入らない

一、五勝目は相手の最も印象に残っている者の情報を手に入れられる

一、上記の方法以外で情報を手に入れることを禁ずる

一、酒呑童子は妖組構成員の情報を渡すこと

一、かんなぎきくのはギルド構成員の情報を渡すこと

一、違反行為を行った場合は即刻死刑とする


「問題ない、この条件で構わない」

「それじゃあ、契約を交わそう」


お互いに針を指に刺す。

血を紙に垂らすと煙を上げチェス盤が出現した。


「さぁ、始めよう。お前が先手だ巫」


そう言って酒呑童子は取り出した煙管きせるをふかす。

閉め切った部屋に紫煙が充満する。

霧がかかったような部屋、聞こえるのは二人の息遣いのみ。

攻防の末に一勝目を手にしたのは、酒呑童子だった。

勝利し情報が渡ると同時、何かが倒れる音がした。

お互い、その音を気にすることなく、二局目を指し始める。


チェスはこいつのほうが上か、だが打ち筋はもうわかった、次は勝てる。


二局目、勝者は酒呑童子。


打ち筋が、変わった。

先手、完全な有利。

にもかかわらず負けた、二度も。

俺はこいつに読み負けてる。

まずい、このままじゃ勝てない。

どうすれば


三局目、また負けた。

だが、今回は少し違った。

突如として負けた。

盤上を見る限り、チェックはかけられない。

それどころか、いくら探しても負け筋が見つからなかった。

圧倒出来てたはずなのに、負けた。


どうして、負けた?

考えられる可能性は、幻覚?

だとしたらもう勝ち筋がないじゃないか。

アインス、お前はどんな方法をもってしてこいつに勝てると言ったんだ。


四局目、またも敗北。


次に負ければアインスの情報が…


息が詰まる。

苦しくて仕方がない。

この場から逃げ出したい。

もういっそのこと、死んでしまいたい。


このままじゃ、全敗する。

そしたら、ギルドの情報がすべて……それはだめ、情報は命だ。

世界を敵に回して、警察やら特殊部隊やらに追われてたから情報の大切さはわかってる。

でも、俺はこいつに、勝てない。

それなら、いっそのこと俺が死ねば、情報は取られずに済む。


懐のナイフに手をかけたその時「信じてる」そう聞こえた気がした。

涙が頬を伝って零れ落ちる。


アインスは信じていると言った、なら俺は応えなきゃだ。

幻覚がなんだ。

もっと深く、もっともっと先を読め。

俺は敗北を望み、初めての敗北で屈辱を味わった。

二度と負けない、そう心に決めた。

だけど、また負けた。

ボスに負け、アインスに負け…これ以上もう、負けられない。

読め、読み切れ、全部全部読み切れ。


五局目、ついに巫が勝利した。

呼吸は荒く、全身全霊をかけての、一勝だった。


狙い通りのチェックメイトだった。

俺はちゃんと読み切れた。

幻覚で隠された見えないチェス盤、俺はちゃんと読み切った。

大丈夫、じゃないけど。

きついな、これ……ちょっと、まずいかも。


脳内に流れ込んでくる、複数の記憶。

妖組構成員十数名の情報。

見たもの、聞いたもの、あらゆる情報が流れ込んでくる。


このままじゃ、気絶する。

ダメ、勝たなきゃなんだよ。


意識がもうろうとしたまま、六局目を指し始める。




「ボス、見つけた。黄色い鳥居だよ」

「これが、か?」

「うん、ただ、青に見えるって言ってんだよ」

「それでいいんだ、僕には赤く見えているんだから」

「そう……で、何するの」

「ほら、手をつなぐんだよ」


そう言って手を差し出す。

アルバはその手を握る。


「よしそれじゃぁ鳥居をくぐるよ。同時にだからね」

「ん、あぁ、わかった」

「それじゃぁ行くよ、せ~のっ」


二人同時に鳥居をくぐる。

世界が暗転し、空間自体が先ほどまでとは全く異なるものへと変わった。

アルバは周りを見回す。

自分の知らない空間に飛ばされたという事実確認をする。


最近こんなことばっかだ。

俺の眼がまったく意味をなさない。

さすがに俺も自信を無くすな。


真っ暗の次は、真っ白。

まぶしいくらいの白だった。


「さぁ、着いたよ。地獄へようこそ。地獄じゃないけど」


《この国にもまた、死後の世界への入り口が、存在したのか》


死後の世界って、マジで言ってんの?


《残念ながらここは死後の世界で間違いない》


俺は帰れるの?


《肉体のあるものならば問題なく帰ることが可能だ》


そう。ならいいや。


「さて、確認も終わったところで、閻魔様に会いに行くよ」

「わかった」


閻魔様って誰だ?


《死後の世界で最も偉い神だ》


そう


「いきなり最高権力者に会えるものなの?」

「問題ないよ。あいつ、過労死するくらい働いてるから」

「それは問題大ありなんじゃ」

「大丈夫だって、この先ギルドがミスると、仕事が今の数倍に膨れ上がるから。そうならためにも、今動いてるんだから」


そんな他愛もない(閻魔大王にとってはかなり重要な)会話をしながら、二人は歩いていく。

しばらくすると、巨大な何かが見えてくる。

近づくと、それは人間に近しい姿かたちをしていた、大きさを除いて。


「よぉ、久しぶりだな閻魔」

「何故ここにいる」


見た目がかなり怖い、声も怖い。

というかこれ確実に怒ってるよねぇ、怒ってんだよねぇ閻魔大王。


《いや、こいつは元々怒った顔をしている》


あ、じゃぁ大丈夫かな。


《だが、普段こんな声してなかった》


やっぱり怒ってんじゃん。


「なんでってー、用事があるからじゃない?」

「ついに死んだか?」

「あっはっは、ついにも何も、僕ら割と死んでるよ。冗談がうまくなったねぇ君」


これ、会話成り立ってんだよねぇ。


《おそらくは》


「さて本題に入るけど、生き返らす子がいるから…」

「却下」

「ちょ、途中までしか言ってないんだけど」

「却下だ」

「そんなこと言わずに、交渉くらいさせてくれ」

「断る、死者蘇生など許すはずがなかろう」


そこでつい口を出してしまった


「あれ?でも俺って、一度死んでたはずだ。蘇生されてるんだけど」

「それは蘇生の意味が大きく違う。医療においての蘇生、魔術においての蘇生、この二つは構わん。死は死だが、厳密にはまだ死んでいないからだ。だが本当の意味で死んだものを、蘇生させるのは許可できない。魂への干渉は許すことはできない」


先ほどまでとは打って変わって優しい口調だった。


「チェス指そうよ、それで勝ったら……許可して」

「断ると言っている。そもそも、チェスなど勝てるわけがなかろう」

「そう、ではこちらは切り札を切らせてもらう。アルバ、出てきてもらって」


いいの?そんな軽々しく出てきて。


《構わん、そのために連れてこられたのだからな》


わかったよ、じゃぁかわるね。


こうべを垂れよ、えん


アルバの雰囲気が一変した。

先ほどまでは、閻魔大王に対して多少なりとも敬意や、それに近い感情をもって接していた。

しかし今は、閻魔大王を下に見て、それどころか、自分を敬えと言った。

そして、そう言うに見合うだけの風格、そして圧倒的なまでの存在感を放っていた。


「誰に対してそのようなことを言っているか、わかっているのか」


閻魔大王は、その発言に対し完全に切れていた。

閻魔大王もまたアルバに負けず劣らずの存在感を放つ。


「貴様こそ、この我に向かってその口のききよう。死にたいようだな」


そう言ってアルバは、右手を天へと掲げる。

手の先には、惑星、そう呼ぶのがふさわしい物体が、浮かんでいた。

惑星全体にひびが入り、惑星を裏返すようにして、光すらも取り込む物質が誕生した。


「——っ‼その権能、まさか貴方は、貴方様は」


そのちからを見て、閻魔は震えだす。

己が過ちに気付いたから。

ここで消されない方法はもう、恥も外聞もなく、みっともなく謝るしかない、そう思った。

椅子から飛び上がり、机を飛び越え、アルバの前で土下座した。


「申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ。まさかウラノス様だとは思わず。本当に申し訳ありませんでした」

「ふん、わかればよい」


そう言って謎の物質を消し去った。

肉体の操作権を譲渡していたアルバは、閻魔大王かわいそう、と思いながらその光景を眺めていた。


「それと、ふつうの話し方でよいぞ。それに先ほどの謝罪の件もよい。貴様がこの、死後の世界を任されておるなど知りもしなかった故な。怒りに身を任せ、危うく貴様を失うところだった。こちらこそすまぬな」

「そんな、最高神であらせられるウラノス様が謝るなど」

「謝罪は素直に受け取れ。それと元だ元。それになぁ、我は人間に触れ、その弱さと、その強さを知った。いつか彼奴らも、知る日が来ると良いのだが」


まさか、な。

我はアマデウスという男を知らぬ故に言いきれぬがもしかしたら。


「ところで、貴様に死後の世界を任せたのはどちらだ。我はハデスに任せていたのだが」

「現最高神、ゼウスです」

「ふん、敬意を払っておらぬのだなぁ。まぁ、我も好いてはおらぬ故、別に構わぬのだがな」


そして突如として、先ほどまでの流れもろともすべてを無視して、ウラノスは発言する。


「それでははじめるぞ。神ウラノスの名のもとに、今ここに、契約は成り立った。裁定者は我、ウラノスが努めよう。さぁ、存分にチェスを指すがいい」


な、ウラノス様はこのためにここに来られたのか。

これで退路は断たれた、もう許可を出すしか…いやまだだ、我の全力をもってして、シナーに勝つ。


そう決心して、閻魔大王は必敗の勝負に応じた。




「さて仕事の時間だ、行くよ」

「わかった。で、どこ行くの?」

「鳥居探し」


京都にて、黒猫は動き出す。

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