情報戦開幕

夜も更け、空が暗くなる。

月明かりが差し込む一室で、ベッドに寝転がり天井を見つめて一人考える。


アインスは俺を信じてると言ってくれた。

俺もアインスを信じてる。

勝てないから、俺じゃアインスに勝てないから。

同じ頭脳派としてギルドに勧誘されたけど、俺じゃアインスに…勝てないから。

アインスは俺なんかよりずっと先を読んでる。

俺があの日部屋に来ることも。

俺が酒呑童子と戦うことも、部屋にこもってボードゲームをしていたことも、それでは足りないと思ってアインスのもとに行くことも、全部読み通りだったんだろうな。

あの時も、アインスは疲れて寝てたんじゃなくて、手に入れた情報を整理してたんだよね。

それに、ボスもボスで、あの日アインスを連れまわしたのは、情報を集めるためだったんだよね。

この先必要になるから。


「アインス……お前はこの戦い、どこまで読んでるんだ」


部屋にアラームの音が響く。

ゆっくりと体を起こし、アラームを止める。


「大丈夫、頭は冴えてる」


日本酒を手に、部屋を出た。




整備されていない場所から、山へと足を踏み入れる。

山は暗く、ものの数分で迷ってしまう。

暗い中、自分がどこにいるかもわからず、周りがどうなっているかもわからない。

心は不安で埋め尽くされる、今にも地面に倒れこんでしまいそうなほどに。

それでも、信じている、その言葉でその足を止めることなく、歩いて行ける。

少しすると、暗い山の中に灯りが見える。

その灯りを目指して歩いていく。

コンコンと玄関をノックする。

足音が近づいてきて、戸が開く。

中には、着物を着た長身の男が立っていた。


「こんな時間に出歩くなんて感心しないな、どうして夜遅くに山に入った」


男は警戒している、一目瞭然だ、アインスじゃなくてもわかる。

大丈夫、本当のことを言えばいい。


「友人に、届けてほしいものがあると言われたのですが、夜でなくてはだめだとのことでしたので、夜に出たのですが、闇に惑わされこのざまです。外で夜を明かすことになるかもしれないとあきらめかけていたその時、この屋敷の灯りが見え泊めてもらえないかと思い戸を叩いたのです」


男は目を細めてかんなぎの顔を見る。

そうしてしばらく見つめた後、笑って言った。


「そういうことなら泊まっていくといい。広いんだがもう俺しか住んでなくて、広い屋敷なのに誰もいなくて寂しくてな、来客は嬉しい。まぁ、こんな時間に来るような奴がいるとは思ってなかったがな」


その言葉に、巫は苦笑する。


「いんだよ別に時間なんか。というか立たせっぱなしで悪かったな、中に入りな」


そうして中を案内される。

外から見た時も広かったが、長い廊下を歩いているとその広さがよくわかる。


「あんた、飯は食べてきたのか?食べてないなら用意するが」

「そんな、泊めていただいているだけで充分です、そんな食事まで用意していただく必要は」

「だからさっきから言ってるが来客は俺的には嬉しいんだ、だから食べてないなら用意させてくれ」


頼むと、懇願されるように言われては断れない。


「わかりました、それではお言葉に甘えて、ご相伴にあずからせていただきます。ただ、おつまみでお願いします」

「あぁ、喜んで」


そう笑って言うと台所へと向かった。

案内されたのは広い和室。

着物や屏風びょうぶが飾られている。

他の部屋も見てきたからこそ、この部屋が普通の客を招く部屋ではないことに気付けた。

部屋に入った瞬間に空気が変わる、まるでこの部屋だけ異質だった。


この部屋に通されたってことは、俺が敵だってのにも気づいてるわけか。

こっから情報戦の始まりだ。


しばらく待っていると、ゲソのから揚げと焼き鳥を膳にのせて持って来た。


「うん、おいしそうだ」

「感想は食べてからにしてくれ」

「それもそうだな。んじゃあ俺からは」


料理につられ、先ほどまでの下手に出ていた演技を忘れてしまっていた。

正体がばれていた以上、演技など必要なかったのだが。


「このお酒をあげよう」


そう言って持っていた袋から、酒を取り出す。


「いやいや、それは友人のに渡すものだろう」

「いいんだ、よくしてもらったのなら恩を返すべきだろう、あいにくとまたここに来れる自信がないので、今のうちに返させてもらおう。まぁ、俺も飲むがな」

「わかった、それじゃぁいただこうか」


男の持っていた酒器に酒を注ぐ。

男は注がれた酒を一口飲むと、表情を和らげる。


「懐かしい味がする」


そう言って、一口、また一口と、すぐに注がれた分を飲み切った。


「これは、なんというお酒なんだ?」

「えっと、ごめん、このお酒選んだの友人でさ、ラベルもはがし変えちゃったから元の名前わかんないんだけど、今書いてある名前でよければ」

「あぁ、それで構わない。名前がある、それだけで、また別の感情をもってこのお酒を味わえる」

「うーん、これなんて読むんだ?しん…べん、き、どくしゅ。でいいのかな?」

「あぁ、それであってる」


そう言って苦笑する。


それもそうか。

毒には耐性がついたが、因果など、俺が酒呑童子である限り、この因果からは逃れられない。

向こうからも、頭脳面でのトップが出てくると思ったのだが、意地の悪い嫌がらせだ。

何が狙いか全く読めぬ。

だが、この酒を飲まされた時点で、かなり不利になってしまった。

どこまで気づいて行動していたかはわからぬが、この男は相手にしたくないな、勝てる気がしない。

とりあえず、かなりまずい。

早く勝負を始めないと。


「なぁ、賭けでもしないか」


男の雰囲気が変わった。

気を張っていなければ気絶してしまうほどの気配を漂わせていた。


「いいぜ、チェスでどうだ」

「構わない。では、賭けるものは」

「情報だ」

「では契約をしよう」


そう言って、紙とペンを取る。

手のひらに傷をつけ、器に血をためる。

すぐに血は止まり、傷口は閉じる。

男が人外であると、認識させられる。

ペン先に血をつけ、呪文を書いていく。

あれ?こういうのって陰陽師の分野なんじゃ、などと考えているうちに完成する。


「できた、読めるか?」


完成したその契約書を見せる。

巫は、書かれた文字を見る。


「読めない、が…理解はできた。すごいな、これが妖術とかいうやつか」


その発言に、男は驚き、そしてあきれた。


「隠す気、ないのか?」

「すでにばれてる情報、隠す意味ない」


それに、ここに本気で迷い込んだ可能性なんて捨ててもらいたかったし。


「それもそうか」


男は床を勢い良くたたく。

額からは角が生える。


「自己紹介がまだだったなぁ、酒呑童子だ、よろしくな」


巫を見つめるその顔は、笑っていた。

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