情報戦事前準備

抜き身の刀を持ち、音もなく廊下を走り抜ける。

何者もその姿をはっきりと捉えることが出来ない。

膨大な妖力を感じ、突如として走り出した男?

玄関にいる妖力の発生源たるその男にその刃を……


「よう、久しぶり」

「あぁ、久しぶりだな」


笑顔であいさつを交わす二人。

刀は首に触れているが薄皮一枚切られていない。


「そろそろ俺と戦ってくれよ、さっきの馬鹿でかいの、お前だろ?」


男は、納刀して酒呑童子へ問いかける。


「確かにさっきのは俺だ、けどな、お前とは戦えない」


酒呑は、苦笑いする


「何でだ、妖とは本来弱肉強食。弱き者は、強き者に殺されるか、その下につくほかない。そういった力関係、そして、化かし化かされの化かしあい、妖独自の力のはかり方もあった。だがお前は違う。お前は、力のみで上下関係を決める鬼を、その頭脳をもってしてまとめ上げた、はっきり言って異端だ。だからこそ、そんなお前と戦いたいんだ、酒吞」


焦がれるように、男は語る。


「だめだ、俺はお前に勝てない。俺のちからは、強い力を相手取ったとき、それに適した強さを手に入れられる。だからお前にこのちからは使えない。お前は……曖昧で、不確かで、不鮮明だから。その姿かたちも、そのちからも、すべてまやかし。最も妖らしい誕生をしておきながら、最も妖らしくない本質を持つ者。だから俺は勝てない」


百鬼夜行の主、それだけがこの男を言い表せる唯一の言葉。

足が二本、腕が二本、胴体があって、首もあり、髪も生えている、もちろん頭もあって、その頭には、目鼻口耳、すべてついていて、服も着ている。

なのに、そこまで認識できるのに、その姿は不明瞭。

二足歩行だと思う、二足歩行じゃないかもしれない。

人型な気がする、人型じゃない気もする。

その姿を捉えようとすればするほどに、頭を、心を、矛盾が埋め尽くす。

捉えようとしなければ、不明瞭だというのに、違和感を感じさせない。

その異常性こそが、この者だ。

名もなき妖、百鬼夜行の主。


「そっか、残念だ」

「悪いな」

「いや、引き留めて悪かった。行ってらっしゃい、勝ってきてね」

「おう、もちろんだ」


そう言って自分の家に、大江山へと帰っていった。


「さて、お前も仕事の時間だ。ただ、いつでも酒吞のとこに飛べるようにしとけよ」

「働きたくないな~、まぁわかったよ」


酒呑童子とかんなぎきくのが出会うまで、あと一日。



「おかえり、遅かったね巫」


時刻は朝五時。

巫はあの後もずっとアインスを探し回り、見つけられず、あきらめて帰って来た。


「どこに隠れてた」


巫は全くわからずアインスに問いかける。


「残念だったな、お前が見に行った時にはもう部屋に戻ってきてたよ」

「やっぱり屋上にいたんだ。その言い方、またハッキングしたの?」


その発言に、アインスは笑う。


「知らなかったのか?俺は何でも知ってんだぜ」

「ねぇ、殴るよ」


馬鹿にした態度をとるアインスに巫もいらだつ。


「わるいわるい、頭脳戦で負かせば、頭脳戦でやり返そうとする。おんなじ土俵で戦ってくれるから楽しくて、ついね」

「お前が楽しいなら、まぁ…よかった」


何か小声で言っていたようだが、ここはラノベ主人公よろしく聞こえなかった、そういうことにしよう。


「ん、なんか言ったか?」

「…何でもない」


柄でもないことを言ったと、巫は少し照れる。

それに対しアインスは、男の照れに需要はねえと失礼なことを思っていた。


「んじゃ行くか」

「そうだな、行こうか」


二人はホテルを出て駅に向かう。


「何食べる?」

「へ?」


駅に着き新幹線を待っていると、アインスが突如として話しかけてきた。


「いや、へ?じゃなくて、何弁当食べたい?それとも一緒に見に行くか?」

「別に食事しなくていいんだが」


何故食事をとる必要が?と、当然疑問に思う。


「はぁ、腹が減っては?」

「……戦は、できぬ」


巫はしぶしぶ答える。


「そういうことだ、それじゃ弁当見に行くぞ」

「いや俺は、えっと…じゃぁ……わかった、行くよ」


ここ数年食事をとっていなかった巫は、咄嗟に食材も料理も浮かばなかった。

観念してアインスの後ろをついていった。



「うまいな」


新幹線の中、弁当を口にしての一言目である。


「これからは色々食べたらどうだ?」

「うん、帰ったら他の料理も食べたいな」

「わかった、カラミティに用意させとく」

「いやそれはだめ、何が出てくるかわかったもんじゃない」


慌てて止める。


「確かにあいつなら、バケツに血を入れて完成、みたいなことしそうだもんな」


巫は大きくうなずく。


くしゅん。

一人ぼっちの吸血鬼がくしゃみをした。


「アインス、僕のこと考えてくれてるんだ」


吸血鬼は笑って断言する。

「うれしいなぁ」と心を躍らせる。


「どうしたんだアインス?」

「いや、寒気がしただけだ」

「風邪でも引いたか?」

「そんなわけねーだろ」


アインスは笑い飛ばす。

巫が不安にならないように、いつも通り戦えるように。


「俺の心配なんかしてないで、着くまで寝てろ」

「いや、寝なくても大丈夫」

「いいから寝てろ」

「わかったよ、おやすみ」

「あぁ、おやすみ」


巫は目を閉じ、夢の中へと落ちていく。


そう、それでいいんだ。

お前はこれから、今までにないほどの屈辱を味わって死ぬ。

今のうちに心を回復させなきゃいけない。




「おーい、起きろ巫、着いたぞ」

「あ、アインス、おはよう」


まぶたを少し開ける。

眠そうに眼をこすりながら、席を立ちあがると、床に毛布が落ちる。


「ん?あぁ、ありがとう」


まだ頭がぼーっとしているからか、掛けられていた布団に気付かなかったり、いつもは見せないような微笑んだ顔をしたりしている。


「降りるぞ、京都だ京都」

「えっと……あぁそっか、やっと頭ハッキリしてきた…っ!さっきのは忘れろ」

「いやだね」


ようやく意識がはっきりし、自分がどんなことをしていたかを、どんな恥ずかしいことをしていたかを思い出し慌てる。

それに対してアインスは、煽るように笑った。


「クッソこんなことなら寝なきゃよかった」


などと巫はぼやきながらアインスにの後を追う。




「なぁ、どこ向かってんだ?酒呑童子が住んでるのは大江山だろ?」

「嫌がらせのために、酒買いに行くんだよ」

「あれ、コンビニにはなかったの?」

「残念ながら紙パックだったし、度数高いのがいいなと思ってスピリタスにしようかとも思ったんだが、あれじゃ弱いんだよ」

「え?いやいや、スピリタスはアルコール強いでしょ」

「アルコールじゃなくて属性の話、日本酒のほうがいいんだよ」

「どういうこと?」

「魔術的な話だ」


その時ふと、アインスが昔ぼやくように言っていた言葉が頭をよぎった。

「俺が魔術を使えたらよかったのに」

魔術を使えないのに、魔術に必要なものを探してるのか?


「お前は魔術を使えないんじゃないのか?」

「あぁ、つかえねぇぞ」


アインスのいた世界の人間は、他の世界の人間より弱い。

身体能力は変わらないが、肉体には魔力がなく、漂う魔力も扱えず、何か特殊な能力に目覚める者もいない。


「でも、俺以外は使える」

「まさか俺にやらせる気⁉」


驚く巫を笑い飛ばす


「そんなわけないだろ、やらせるならもっと事前に仕込んでる。それに、嫌がらせって言ったろ、ギルドの頭脳たる俺が、敵の頭脳に嫌がらせするだけだ。お前は深く考えなくていい」

「そう、わかった」


そんなこんなで酒屋に着き、並んだ酒を軽く見て一升とると会計を済ませてきた。


「お酒買うためにパスポート探してたんだね」

「あぁ、そう…だけど。なんかお前のそういう、あとから納得したみたいな発言聞くと、ホントに頭いいのか?って思うんだよな」

「失礼な、俺はお前と違って四六時中頭使ってるわけじゃないんだよ」

「あぁ、だから俺に勝てないのか」


納得したと、手をポンとたたいた。


「まぁ、そんなことはどうでもよくて」


重要なことを伝えると、アインスは言った


「大江山には夜に行け。

酒呑童子の館には迷えば着く。

その館の者には本当のことを言え。

ただし、情報を奪い合いに来ただとか、ギルドの人間だとかは言うな。

お前には、この酒を俺の友人に届けてほしい。

俺の友人は夜にしか家にいない。

俺の友人の家に行くには山を越えなければならない。

その家にたどり着く方法は、夜中山に入らなければならない。わかったな」

「あぁ、わかった。ちゃんと全部覚えた」


その答えを聞き、アインスは安心して笑って最後に伝える。


「恩人には、俺が持たした酒をくれてやっても構わない」


この意図をちゃんと汲んでくれよ。


「恩を返すのは当然のことだな」


アインスは大きくうなずいた。


「それじゃ、さっき買ったやつくれる」

「ん、はい」


レジ袋から、油性ペン、紙、カッター、テープを取り出しアインスに渡した。

アインスは一升瓶のラベルをはがしていく。

はがし終えると、紙に『神便鬼毒酒しんべんきどくしゅ』と書き一升瓶に張り付けた。


「これが俺が友人に届けてほしい酒だ、もし道中誰かがお前を助けてくれたのなら、お礼にこいつをあげてくれ」


そう言って酒を巫に渡した。


「巫きくの、俺はお前を信じてる。相手は伝説に名を遺す化け物だ、それでもお前なら大丈夫だって信じてる。頼んだぜ、親友」


親友、そういわれて心の底から、嬉しかった。

自分を信じてくれると、自分が一番信じていて、自分が一番あこがれている、最高の親友がそう言ってくれた。

今までにないくらい、頭がさえる。

絶対勝つ、そう心に決めた。


「あぁ、任せろ!」

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