試験
「暇だ」
ホテルの一室、男はつぶやく。
「なんで新幹線ないんだよ~」
新幹線に乗り京都まで行こうとしていたが、新幹線が走ってなかったのである。
日は暮れ、日付がすでに変わっていたからだ。
「もう一時を過ぎてる当然だ」
あきれたように言う。
「だったら出る前に言ってくれ」
「それはそうなん…いや、俺はお前を信じてるからこの時間の新幹線があるのかと思ったんだ」
「信じてるだなんて嬉しいこと言ってくれてありがたいんだが、人間だれしもミスするんだよ」
へらへらと、悪びれる様子もなくアインスは言う。
「それを言われたら……」
そこで言葉が止まる。
ミス?アインスが?
人間はミスをするもの、その通りだ。
だが、アインスがミスを許容するような発言をするのか。
答えは否だ。
アインスが元居た世界、話を聞く限りでは、ミスなどゆるされない。
それどころか一つでもミスをすれば死ぬような世界だったはず。
アインスは、その世界をたった二人で生き抜いてきた。
そんな奴が時間を確認し忘れるようなミスをするのか?
いやしない、意図的なものだ。
これは問いただす必要があるな。
「おいアインス」
考えをまとめ、顔を上げる。
しかし部屋には誰もいなかった。
逃げやがった。
「くそ、逃がすか」
巫は、思考をめぐらす。
あいつが逃げたしてすでに三分ほどたっていると思われる。
ならば走って追いかけるよりも、あいつがいるところを予測してそこに向かったほうがいいな。
この時間に空いてる店となると居酒屋かコンビニくらいしかないが。
居酒屋にあいつが入とは考えづらいが、取引ならあり得る。
コンビニは…いやないな。
帰りならまだしも行きで荷物を増やすとは思えない。
どこかで取引してるのか?
とりあえず、結論を出す前に情報の整理からするか。
あいつが寝ている間に目を通した資料に書かれていたことは、この二日間に起こるであろう事と、情報を手に入れた後で書いた考察だった。
開始前日・ボスが新人を何人か連れてくる
カラミティがどうせ喧嘩を売るが、ボスがこのタイミングで連れてきた奴らだ、失敗に終わるだろう。
どの程度嘘を見抜けるかを試してみるのも面白いかもしれない。
何かあっても、そろそろ巫が俺に相談に来ると思うのである程度なすりつければ問題ない。
魔術師アルバ
アルバの妻アルト
アルバの兄兼勇者ハンス
ボスが連れてきたのは三人だ。
アルバはかなり強い、魔術師の中では最高峰だろう、目指せ魔法使い。
ただ、その実力は彼の持つ眼、そして彼の中にいる者の力が大きい。
嘘を看破したのも中にいる者だろう。
彼自身も強いが、本来の魔術師とは少し違う形での強さな気がする。
ハンスは対して強くないと思った、強いには強いのだがあの程度ではギルドの下っ端がいいところだ。
しかし、カラミティが吸血鬼と名乗った瞬間にそのちからが急激に上がった。
おそらく勇者としての覚悟の表れで、人間以外にしか力を使う気がないのだろう。
と言っても、あれではまだ足りないがな。
早く吹っ切れてくれると嬉しい。
アルトに関しては戦闘要員ではないので戦闘面では期待していない、そもそも戦闘の機会はないだろう。
アルトのかけていた眼鏡は特殊なものだった、アルバの眼と似た性能と思われるがよくわからない。
アルトの魔術に対する理解度はとてつもなく、魔術国家に彼女がいれば魔術及び魔術工学が他国より最低でも四、五世代先を行けると思われる。
おそらくアルバよりも頭がいい。
嘘をすべて見抜かれたので巫になすりつける必要もなくなったと思っていたが。
ハッキングがばれてもっと怖いほうが怒り出したのでやっぱりなすりつけた。
ちなみにこれは書く必要はないと思ったのだが、どうせ読んでる巫に対する嫌がらせだ。
資料には、その先の巫がチェスを指しに来るまでに起こったすべてが書かれていた。
ボスが休んでいいと言って、皆を寝かせることも。
そのせいで警備がおろそかになりボスが襲われることも。
襲われたことが判明し早朝から大騒ぎになることも。
アインスが、ボスに連れられ街に出ることも。
そこで遠方から攻撃されることも。
すべてアインスは予測していた
読んでいるであろう巫に対しての嫌がらせも所々に記載されていた。
そして最後には、これ以上の情報が知りたきゃ見つけ出してみろと書かれていた。
読んだ当初はわからなかったがアインスが逃げ出した今ならその意味が分かった。
見つけてみろと、アインスが挑発していたのだ。
そのためにわざわざ、こんな時間にギルドから出たのだ。
必ず探し出す。
引きこもりのアインスに体力はほとんどない。
ならあまり遠くには行けないはずだ。
この周辺の地図は覚えてる。
いけるような場所は、今あいている店、そして見つかりにくそうな路地裏。
コンビニが三軒あったがアインスにはいく用事がない切り捨てる。
路地裏はいくらでもある、だが、行動範囲内で奴が誰かと取引だとかをする場合に指定しそうなのは…一か所だけだ。
そこにあいつはいる……と思う。
部屋を飛び出し廊下を走る、ホテルから外に出て目指す場所へと駆けて行く。
その様子を、屋上から見下ろす影が二つ。
その正体は今しがたホテルから出て行った巫の探している相手、アインス、そしてギルドボス、シナー。
「彼は、勝てるだろうか」
シナーは問う。
「無理だな」
否定される。
「それは何故?」
「俺を捕まえる、そんな簡単なこともできないやつじゃ、勝てない相手だ」
シナーと二人きりで話すアインスは淡々と何の感情もなく自分の友が勝てないと、そう言った。
部屋に引きこもって、ゲームやアニメに時間を使い、フィギュアやタペストリーにお金を使う、へらへらしていて、悪だくみが大好きなアインスは、そこにはいなかった。
勝利のためだけに動く、感情を凍らせた機械のような男がいた。
「勝てないのか」
「あぁ、酒呑童子についてある程度調べた。鬼なので伝説と呼ばれるものになるが、おおむね伝説は正しいと思う、性格などは別として。異端だ、鬼にもかかわらず頭の回る奴だ、だから妖術も使える」
「使ってくるのか」
「幻覚だけだと思うが使ってくる。手札は多いに越したことはないと考える
「そうか、勝負内容はどうなる」
「将棋かチェスの十回勝負。そうだな、五回勝てれば幹部の情報も手に入り始めると思う、ただし印象に残っている者から順にとなるだろう、トップを除いて」
「勝敗はどうなる」
「何度も言ってるけど勝てない、負けだ、百パーセント負けだ」
「君が確立を提示するのか」
「言い方などどうでもいい。負け以外ありえない、それが伝わるのなら、言い方などどうでもいい。そして言おう引き分けると」
「負けるんじゃなかったのかい」
「あぁ負けるとも、確実にな。だがあいつは引き分ける、意地でもな」
「感情でどうこうなるものなのか」
「この世界において魂が、心が、どれほど重要かは理解している、それも込みで負けると言ったが、俺があいつを信じてる、だから引き分ける」
そこには、いつものように楽しそうに笑うアインスがいた。
情報を精査し、合理的な判断で勝敗を予測していたアインスが、突如として感情で勝敗を予測した。
「引き分けるんだね」
最終確認だったこれに対してもう一度引き分けると答えるなら、負けはあり得ない。
「あぁ、引き分けるとも、だから用意しとけよ。そのためにあいつをギルドに入れたんだろ」
その答えは、負けはあり得ないというものだった。
そして、シナーが用意している備えにも気づいていた。
「やはり必要になるのか」
「必要だ早く用意してきたらどうだ」
「あぁ、そうしよう」
そう言い扉に向かい歩き出すシナーに、そうだ、と思い出したように告げる。
「信じるのはいいが、信じすぎるのはやめておけ。裏切られたときが辛いだけだ」
それを聞くと、ボスは振り返り言った。
「それじゃあ僕からもアドバイス。一人二役なんてしないほうがいい、身体は問題なくても心はすり減る」
その言葉にアインスは苦笑する。
ほとんどのギルド幹部の肉体は、老いることも疲労することも食事も必要としない、しかし心は違う。
「ありがたい言葉だ、悪いな。もう、一人しかいない以上こうするしかないんだ」
「……そう」
それを最後にギルドに帰っていった。
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