先手必勝

シナーはベンチに座り空を見上げる。

放たれた光は、一瞬にして東京に到達した。


「来たか」


そう言うと、ベンチから立ち上がり、左手を光に向ける。

向けた左手に、光が突き刺さった。

光がシナー身を焦がす。

左手に突き刺さった光は、止まることなくシナーの顔めがけて前進を続ける。


まさかこれ加速系だけじゃなく、進み続けるための魔術が組まれてるのか。

まぁ、無理やり止めるけど!


左腕で無理やり軌道を変え、体の横を光がとおる。

左腕が後ろに伸び切り、光はそのまま腕を引きちぎろうとする。

肘を曲げ無理やりに腕を前に持ってくる。

そこで光は動きを止めた。

左手から、光を抜く。


さてお返しくらいするか。

と言っても、この距離じゃ本気で投げなきゃ避けられるんだよなぁ。

まぁ、思ったより威力あって驚かしてもらえたし、腕一本で許してあげよ。


狙いを定め、胸を広げ大きく振りかぶる。

自分の周囲にいるものすべてを壊してしまうほどの威圧感。

街灯は曲がり、ベンチにはひびが入る。

気合を入れ、掛け声とともに光を投げる。

投げられた光は木々を揺らし、ビルのガラスにひびを入れ、千四百キロ離れたフレイめがけて飛んでいく。


な、素手で止めた?

馬鹿な、そんなことが…って、何をしている。

まさかこの距離を投擲で狙う気か、できるわけが。


その時、フレイは自分の所属する騎士団、その団長であるイリスの言葉を思い出した

「私たちの中でもシナーは異常だ、常識などなにも通用しない、奴に限界など求めるな」


団長の言葉を信じるなら、この距離で奴は俺を殺す気なのか。

ならば逃げるしか道はないな。


フレイには余裕があった、自分の持つ未来予知の能力で攻撃が当たる未来を予知していなかったから。

しかし、シナーが光を投げると同時、海へ落ちる自分の姿を見た。

咄嗟に回避行動をとるも見てからでは間に合わなかった。

放られた光、瞬きの後に見えたのは宙を舞う左腕だった。


俺より速い。


それは、規格外の五人を除いた中で最高峰の魔術師が、ただの身体能力に敗北したことを意味した。

羽が焼け、飛ぶことができず落下する。

空間に穴が開き、その中に飲み込まれた。


「おかえりフレイ、ずいぶんとボロボロだな」

「何だあれは、なんだあの化け物は、あんなもの規格外だ」


今だ血の止まらない肩を押さえ、息を切らして言う。

ふむと、考え質問する。


「私は最強の魔法使い、君の眼に私はどう映る」

「――っ!規格外の…………化け物」

「化け物と言うか悩んだようだが、私はそれが本心ならば別に構わない」


うつむくフレイを慰めるように言った。


「それにだ、上には上がいるというか…いやまぁその通りだな、私より強い奴もいる。それどころか、私が勝てるのは、最近目覚めたばかりのローランくらいだ」


悲しそうに笑い、自分の弱さを嘆く。


「一人と四人、これが君たちから見た規格外の化け物たちだ。一人はアマデウス。最強にして、絶望の象徴たる、魔王アマデウス。そして残り四人は同等の力を持つと言われている、鴉の二つ名を持つ殺し屋シナー。猫と呼ばれる謎の能力を持つクロ。

最後にして最強の勇者ローラン。そして私だ。お前が相手したシナーは四人の中でも規格外だ、腕一本で済んだのは奴の優しさだろうな」


魔法使いである私、いくつもの能力を使うクロ、法則を支配するローラン、そのすべてにその身一つで勝つ男シナー、本当に君は規格外だ。

でも、今回は勝たせてもらう。




「おかえりアインス、今日はどうだった」

「どうもこうもねーよ、八時間近く歩かされてへとへとだ」


そう言ってベッドに倒れこむ。

そんな姿を見て少年は笑う。


「確かに、引きこもりにはつらい運動量だ、ひどいよねボスも」


その言葉に、すぐに訂正が入る


「いや、そんだけ歩いたのは情報を集めるためだ、それも俺に必要な情報をな」


言い終えると、アインスは眠りについた


「おいアインス」


その声と共に扉が開く。

部屋の中、カラミティと巫は目が合った。

カラミティーは人差し指を口の前にやる。


「しー」

「すまん寝てたか」


静かにしろと言われた巫が小声で言った。

巫は椅子に座ると机の上に置いてあった紙束に目を通す。

十分ほどたつと、アインスが飛び起きる。


「巫、何の用だ」


起きて第一声がそれだった。

だれも驚く様子はなく、巫が答える。


「少しチェスを打ちに来ただけだ」

「わかった」


そう言い、チェス盤に駒を並べた。

十五分。

お互い一手たりとも迷わずに指した。


「チェックメイト」


巫が勝利した。

最初から最後まで、巫の優勢は崩れることなくアインスを完封しきった。

しかし巫には不満があった。


「アインス、そろそろ本気で指してくれないか」


巫はアインスが自分を相手に本気で指していない、そう思っていた。


「何言ってんのさ、俺はいつだって本気だよ」

「俺はお前と千局以上打っている。お前は打ち筋を変えた。お前は本気で指さなくなった。今の俺はもう強い、本気で指しても相手ができるくらいにはな」


アインスは困ったように笑って言う。


「俺ホントに本気で指してるんだ、ただ、勝つだけがすべてじゃない、そう思ったんだ」


面白おかしくやって、そのうえで勝てなきゃあいつを驚かせないと思って練習してたんだが、練習台にするのはかわいそうだったな。


「いいよ、もう一局指そうか」




「チェックメイト」


結果は、アインスの圧勝。

勝負がつくまで五時間かかった。

そのすべてが巫の長考によるものだった。

アインスはつまらなそうに、巫が駒を置くと同時に次の駒を動かす、まるで作業のようにチェスを指していた。


「巫、君の言う本気とやらを出してみたけど、何かつかめた?」


脳をフル回転させ指した巫は肩を大きく揺らしながら喋る。


「ただの真似だから本気と言わなかったのか。そしてようやくわかった、自分の戦い方もいいが、強い奴の真似をしてみるのも、いいかもしれないな」

「そう、それで、相手は誰だ?」

「……酒呑童子。それが俺が相手する奴の名前だ」

「鬼、か。いつ行くんだ」

「んー、できれば早いほうがいいけど、お前から助言か何かもらってから行こうと思ってたから、チケットとってないんだよね」

「一か月分」

「?」

「俺は、こんなこともあろうかと、今日から一か月の間に走る新幹線、三席分ずつ予約してある。京都へ行くぞ」


そう言って、アインスは勢いよく立ち上がり、必要なものを探し始める。


「お前もついてくるのか?」


引き出しをあさりながら答える。


「当たり前だ、ちょっと嫌がらせしたいしな、でも途中までしかついていかねえぞ」

「嫌がらせ?は置いといて、ついてきてくれよ、お前がいれば絶対に勝てる」


探していたものをポケットに入れ振り返る。


「確かに俺が行けば酒呑童子との賭け事にも勝てる。けど、俺は行っても帰ってこれない。ここで俺が死ぬのはまずい。それにこの賭け、たとえ負けたとしても俺が勝って情報たくさん手に入れるより、お前が少ない情報を直接手に入れるほうが価値が高いんだよ」


まぁ、俺がここで死ぬと一気にギルドが頭脳戦において不利になる、それどころか敗北すらあり得る。

だからここで死ぬわけにはいかないしな。


どういうことだ、アインスの情報より俺の情報のほうが価値が高いか…………まったく意味は分からないが、アインスが言うならそうなんだろう。

アインスが言うのだから、間違いはない。


「わかった、俺が一人で行く、それでいいんだな?」

「あぁ、それでほかのとこより一つ先を行ける」


京都を目指し二人は部屋を後にした。

取り残されたカラミティは、一人寂しくふて寝した。

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