開戦前3

子供の使おうとした魔術は、発動しなかった。


「うそ」


間抜けな声を出した。

そして、うめき声を出し、ベッドの上でゴロゴロしながら、部屋の中の者達が聞き取れるくらいの大きな声で一人反省会を始めた。


「なんでだよ~、眼のいい奴が来るからいつもより多めに隠蔽魔術掛けたのにそれでもばれるとか、眼~良すぎだろ」


実際は何も見えていなかったんだけどな。


「じゃあ次やるときは、とりあえず今の十倍にでもしよ」


十倍⁉

魔術を無効化した瞬間、一瞬だけだったが使われていた隠蔽魔術が見えた。

その数は百以上、情報の多さに正確な数は不明だがそのすべてが別の魔術だった。

術式を展開していなかったため、詳細な情報はわからなかったが百種類以上の隠蔽魔術を同時に使用していた。

それをとりあえずで、千以上にすると言った。

同時に発動すると言った。

同じ魔術ならまだしも、別の魔術となると、術式展開したとしても爺さんでも五つが限界、俺でも五十がいいところだ。

それを千以上にまで増やすだと、こいつ子供のくせに俺以上の魔術師か、それどころか魔法使いの可能性すらある。


同時という発言に引っ張られ、見落としていた。

同時と言っても、この少年は同時に使用すると言ったのであり、同時に発動させるというわけではないのだが、アルバが気付くことはなかった。

次はこうしようだとかああしてみようだとか、いろいろと考えていたようだが、「戦闘で僕に勝てるわけないからいいや」と、一人反省会を終わらせた。

寝転がるのをやめ、ベッドの上に立つと見下す形で話し始めた。


「先輩として威厳ある姿になろうとしてたのに阻止されちゃったからこの姿のままでいることにするよ、それじゃあ」


満面の笑みで続きを言った。


「自己紹介をしよう」


自己紹介?

あぁそうか、そのために来たんだった。

新人からしたほうがいいのだろうか。


「俺」

「それじゃあ先輩である僕からするよ」


アルバの言葉は、子供によって遮られた。


「僕の名前はカラミティだ、ろっぴゃく~…何歳だっけかな、まぁいいや、六百ちょいの子供の吸血鬼だ」


吸血鬼、その単語を聞いた瞬間、ハンスは腰に携えた剣を抜き、カラミティに向かってとびかかった。

しかし、その刃ががカラミティのもとに届くことはなかった。

吸血鬼、そう自分で言ったその時点で、そいつが人間ではないと確定した。

空港では、人ではないかもしれない、程度だったから攻撃しなかったが、人ではないのならば、勇者の力を使い問答無用で切り捨てる。

そう思い、人ではないという発言を聞いた後に全力で切りかかった。

ソルトには、ギルドに入るだけの力がないと言われたが、勇者として戦った際のハンスは、アルバ程とはいかずともとても強かった。

全力で床を蹴り、一歩で間合いを詰める、その最中剣を抜き、止めることなく振り抜く、その剣は相手の首を斬り飛ばすはずだった。

しかし吸血鬼カラミティにとっては遅すぎた、音速すら超えられないようでは話にならない。

向かってくるハンスをカラミティは、壁に向かって蹴り飛ばした。

壁に当たり、床に倒れたハンスの上に飛び乗り、大笑いして話す。


「突然切りかかってくるなんて、面白い子が入ってきたね、ってあれ?なんで壁壊れてないの、何部屋かぶち抜いちゃうと思ってたのに」


壁紙が少しはがれた程度で壁はへこんですらいなかった、人類の中で最強クラスである勇者が、反応すらできないほどの速さで蹴り飛ばされたというのに。


「それはこの部屋のみ特殊な素材…あそこ名称がないんだよな、まぁいいや、ソルトがよくいる部屋と同じ素材で作られている。お前なら必ずやらかすと思って、以前改修工事をしてもらった」


椅子に座る男が解説する。


「それじゃあ俺の自己紹介だな」


そう言うと明るく自己紹介を始める。


「俺はアインス、戦闘能力は皆無だが頭にだけは自信がある」


そこまで言って、立ち上がりリブの前にひざまずき


「美しき人よ、俺と結婚してくれ」


プロポーズをした。


「へ?わ、私はもうここにいるアルバと結婚しているのでお断りさせていただきます」


突然のプロポーズに驚き、慌てた様子で断った。

アインスは完全玉砕したように見えたがあきらめていなかった。


「日本には、一妻多夫制というものが存在します、なのであなたが何人夫を取ろうと問題ないのです」


そんな制度は日本にない。


「夫は、だ、だいすきなアルバだけで…だけがいいです」


恥ずかしそうに顔を赤くして、声も少しづつ小さくなりながらまたも断った。

さすがにアインスもあきらめたようだった。


「くっそー振られた~。えっとアルバだっけ、嫁さんあんたにべた惚れじゃん、い~な~こんな美人に顔赤くしながら大好きって言われるほど惚れられてるなんて。はぁ、いーなー。っとこれは忠告な、あんたの嫁さんとんでもない美人だからさ、すぐほかの男が口説きに来る、眼を光らせておけよ~」


振られたというのに明るいまま言う。

そんなアインスをにらみながらに言う。


「問題ない、俺の妻を口説こうものなら問答無用で吹き飛ばす」

「あれ、俺はいいの?」

「お前は本気じゃなかったうえ、ただ俺を試しただけだったからな。それにお前には、本命がいるようだしな。そうだ、これは忠告だが…浮気はやめておけよ」

「……そう」


先ほどまでの明るい男はいなかった。

そこには、死んだような眼をし、心をどこかに落としてしまったような、それでいて、その口元には笑みを浮かべる男がいた。


「どこからどこまで気づいてた」

「全部だ、お前の発言行動は嘘ばかりだ。カラミティとの会話では嘘をついていなかったが、お前の自己紹介…名前以外すべて嘘だ。結婚してくれという言葉も、美人だという言葉も、頭に自信があるという言葉も、戦闘力皆無という言葉も、すべて嘘だ」

「まて、戦闘力は本当にないぞ」

「知っているとも、ギルドで自慢できるほどの戦闘力はないだろうな」


なんだ、割と冷静だな。

それじゃあ、嫌がらせでもするか。


「よくぞ見破った、すごいのなお前……いや、お前の中にいるソレ」


ソレという単語に反応して、アルバは殴りかかってきた。


はぁ、感情を隠すってことを知らねぇのかよ。

知らないんだろうな。

それに、こいつは優しすぎる。

気絶してる勇者なんかより、よっぽど優しい。

これじゃ、自分が壊れるだけだ。


アルバのこぶしがアインスの顔に到達する直前、ハンスの上ではねていたカラミティが横に現れ腕をつかみ、そのこぶしを止めた。


悪いな、これが俺の戦い方だ。


「僕に対してならふいうちでもなんでも好きなだけすればいい、けど」


にらみながら、怒りのこもった声でその先を言った。


「アインスには手を出すな」


なんだこれは、恐怖、俺が?

そんな馬鹿な、堕落していたとはいえ、神すら殺した俺が、子供の吸血鬼ごときに恐怖しているのか?

ありえない、そんなこと。


《かわれ》


頭の中に声が響く。


だめだ、今かわったら負けたことになる。


《我はいまお前に体を借りている、故に我はお前の力だ、かわれアルバ》


……わかった


アルバの雰囲気が変わった


「その手を放せ、弱き者よ」


その言葉は威圧的で、すべてを見下しているように聞こえた。


おっと、とんでもないのが出てきちゃった。

こんなもんが中にいたのか、どうしよっかな……まぁとりあえずは煽ってみよう。


「アルバはすごいな、こんなもの飼ってるだなんて」

「それは褒めてるのか?」

「もちろんだ、アルバを褒めてるんだ」

「…そうか、ならばよい。次はお前だ、その手を放せと言っただろう。むやみやたらに殺したりはせん、安心しろ」


カラミティはアルバの眼をのぞき込み、問題ないと判断し、手を離した。


しかし、とんでもないのがいたが、力と一緒にあいつら特有のプライドもなくしていた。

ま、その代わりにアルバのことを悪く言うとまずそうだけどな。

とりあえず情報収集はもういいかな。

おわりおわり、気ー張ってるのつかれた、ゲームの続きしよ。

パソコンのほうに向きを変え画面を切り替えようとしたその時、ずっと無言で立っていたボスがアインスの横に移動した。


「君また、監視カメラハッキングしたでしょ」


背筋が凍るのを感じた。


やばいやばいやばい、どうしよう、ずっと無言だったから怖かったけどまったく行動しないから油断した。

何も対策を練ってない…いやあるにはある、だが仕事をしなくちゃいけなくなる、ただでさえこれから始まる大規模ゲームのためにひたすら作戦練ってるってのに、これ以上となると……だが、シナーに怒られるよりましだ。

あと三秒……二……一……零。


扉が開いた。

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