第20話それぞれの思惑

新堀を始末した夜から、既に3週間近く経過しようとしていた。


10日経った辺りから、少しづつ新堀が失踪した情報がTVやネットをにぎわすようになり、それを見た依頼人の山岡から、氷室に礼の電話が届いたそうだ。


そして———


お台場。お台場湾岸警察署。大した事件もなく、暇を持てあまし気味の捜査1課に匿名のたれ込みが届いたのは、昼頃の事だった。


「はいこちらお台場湾岸警察署、あ、え?なんですか?」


受話器の向こうからは、加工された音声が流れる。


「1度しか言わないからよく聞け。今メディアを騒がしているヴィーナススターの社長の新堀が、愛車のブラスカ.バティーニごと新お台場埠頭13番倉庫近くに沈んでいる。目印は壊れた車止めだ。」


「え?ヴィーナススターの新堀社長が?新お台場埠頭13番倉庫近くに?もしもし、あ、ちょっと。」


そこまで若手の刑事が聞いた所で通話は切れた。それを見ていたベテランの刑事がたずねる。


「どうした?イタズラ電話か?」


困惑した表情の若手刑事は答える。


「それが加工された声で、今失踪中の新堀が、愛車のブラスカ.バティーニごと新お台場埠頭の13番倉庫近くに沈んでいるって。目印は壊れた車止めみたいなんですが。佐々木さん、大竹課長に報告して良いですかね?」



佐々木博文ささき.はろふみは刑事になって26年、現場にこだわる交番勤務からの叩き上げのベテラン刑事で、今年53歳になる。



 「イタズラにしては手が込んでるな。ま、ヴィーナススターの新堀失踪事件は、手がかり1つないのは事実だし、俺が行くよ。

 新お台場埠頭13番倉庫近くだな。大竹さんには報告頼むわ。」


「分かりました。」


まだ寒い2月初旬。佐々木はコートを手に取る。それを見た、去年配属されたばかりの若い女性刑事が佐々木に近づく。


「佐々木さん、外出するって事は、事件ですか?」


目を輝かせる女性刑事に、少し笑みをこぼしながら佐々木は答えた。


「ああ、多分な。ガセかも知れないが、例の新堀で匿名のたれ込みがあってな。武田、お前暇なら来るか?」


「はい!是非お願いします!」


大きな声で答える武田。


武田梨沙は今年24歳、飛び級で大学を卒業し、熱意と能力で刑事となった才女で、お台場湾岸警察署に今年配属になったばかりの新人刑事。

親子程歳の離れた上司と部下だが、不思議と馬があった。


「よし、行くぞ。付いてきな。」


それだけ言うと佐々木は部屋を出た。それを見て慌てて追いかける武田。



お台場湾岸警察署から現場までは20分程の距離でしかない。


車の中で武田は思っていた事を早速佐々木にぶつける。


「佐々木さん、匿名のたれ込みが捜査1課に直接掛かって来るってあるんですね。ドラマとか、フィクションの世界の事だと思ってました。」


ハンドルを握る佐々木は興奮する武田とは対称的だった。



「まぁ、胡散臭いたれ込みだがな。だがよ武田、ドラマみたいに簡単に解決する事件なんてないんだ。」


「そ、そうですね。すいません。」


「ふっ、何も怒ってなんかいないさ。ただ、お前を見ていると駆け出しの頃を思い出すんでな。ま、あせらず行こうや。」


「似ているんですか?」


「ああ、無鉄砲な所とかな。はっはっは。」


「からかわないでくださいよ。」


「いや、実際その通りだろ?それはともかく、初めて水死体を見る事になるかもしれんが、大丈夫か?」


「大丈夫です。死体なら配属されてから何度か見ていますから。」


そんなやり取りをしながら、二人の乗る車は目的地に到着した。


「人気のない寂しい所だな。まぁ、倉庫街なんて、どこもそうか……さて、13番倉庫だが......」


埠頭の管理所から場所を聞き出して、大体の場所は分かっていたが、似たような倉庫が建ち並ぶ。


「あ、壊れた車止めがありますよ佐々木さん。」


「あれか......さて、ガセか事実か。」


13番倉庫前で止まる車。車から降りた佐々木と武田は、壊れた車止めに近づく。


車止めから東京湾を覗く佐々木と武田。


「ん?油が浮いているな。若干だが、何か青いのが見える。あれは車の屋根か?確か新堀の車は青だったな。」


「佐々木さん、これってビンゴなんじゃ...…」


「かもな。やれやれ。署に連絡してくれ、新堀の車らしき車両を見つけたとな。鑑識と車を引き上げるクレーン車とダイバーの手配もだ。」


「分かりました。」


およそ40分後には、現場は騒がしくなった。


クレーン車によって引き上げられた車は、新堀の愛車の青のブラスカ.バティーニだった。


「まぁ、忙しくなりそうだ。」


引き上げられた車を調べる鑑識は新堀の遺体を調べる。


「どうだった?」


「監察医に見せないとなんとも、水温が低かったとは言え、腐敗もだいぶ進んでいますし。ただ、ブレーキの所にワインのボトルが挟まってました。酔っ払ってアクセルを踏み込んだんじゃないですかね?」


あきれたように鑑識の警官は話す。


「なるほどな。」


黙り込む佐々木。


「佐々木さん?」


心配そうに佐々木の顔を覗き込む武田。


「こりゃ出来すぎてるな。胡散臭うさんくさいたれ込みと言い、間違いなく事件だろうよ。嫌な予感もするしな。」


「嫌な予感ですか……」


「ああ。」

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