第9話ホテルクレムリン
辺りを警戒しながら俺を乗せた車は発進する。直後、イギリス製のRV車が、有香と零士が乗る車の前後に入る。
「自己紹介が遅れたわね。私は有香。助手席の
予定より早く零士君が学校を出たものだから、
零士君の自宅にマフィアの連中が入った報告を受けた後、零士君を保護する為に張り込んでいた他の仲間が突入する直前でね。とにかく間に合って良かった。
あなたの家族も、私達の仲間が保護に向かっているわ。」
その言葉に正直俺は驚いた。家族全員が狙われている事に。
「え?みんなも。大丈夫なんですか?」
有香さんは笑顔で答える。
「大丈夫。みんなその道のプロだから。さっきみたいなマフィアなんかに遅れは取らないは。走りながら事情を説明するから、落ち着いて聞いてね。」
車が家から離れる時家のドアが開き、中から先程有香さんに脚を撃たれたサングラスの男が、脚の撃たれた部分を押さえて、よろめきながら出て来た。
それを見たゲンさんは
「おい、お嬢っ!なんで始末しなかったんだ?後々厄介になるだろうが!」
有香さんは冷静だ。
「あの男はメッセンジャーよ。私達の組織の事も話したわ。余程物を知らない愚か者か、無謀な命知らずでもない限り、これ以上手を出しては来ないはず。」
ゲンさんは納得したようで、再び前を向く。
「……解った。お嬢が判断を間違えた事はなかったからな。信じるよ。」
そこにゲンさんの持つ携帯に着信が届いた。
「こちらセイバー。ライダーか、雛鳥はどうなった?そうか、解った。こちらは予定通り
一匹は逃したが、こちらの素性を明かしたから、これ以上の攻撃はない筈だ。解っている。リーダーの判断だ——了解。また連絡する。」
ゲンさんが話している間、有香さんも誰かと携帯で話し始めた。
「ええ。こちらは予定通り。負傷者なし———了解。」
ゲンさんが振り向き、笑顔で話しかけて来た。
「坊や、妹さんは無事だ、あと2時間もしないうちに会えるはずだぜ。」
有香さんも笑顔だ。
「こっちも、お母さんは無事よ。あとはクライアントのお父さんね。まだランサーからは連絡はないけど。レナートはベテランだから大丈夫でしょう。」
零士達を乗せた車が家から離れて行くのを、有香に脚を撃たれたサングラスの男が
「ちくしょう!ちくしょう!なんでこんな事になるんだ.....ボスに殺されるぞ.....。」
その上役は———
ロシア、モスクワ。赤の広場に面した一際目立つ豪華なホテル、クレムリン。
10階建のこのホテルは、80年以上前に建てられ。
内部こそ改装によって現代でもホテルとして通じるよう近代化されている。
そのホテルクレムリンの最上階の支配人室で、部下からの連絡を待つ男が、高級そうな椅子に身を 沈ませ、葉巻に火を点けようとしていた。男は年齢50代後半くらいだろうか。
黒い専用の机の前には高級そうなソファーがテーブルを挟んで両側に1つづつ置かれており、それぞれに部下の男が1人づつ座っていた。
精悍な髭の男の携帯に連絡が入る。
「おう、俺だ、遅かったな。で、首尾はどうだ…はぁ!?なんだそりゃてめぇ!!失敗しましただぁ?……なっ…本当なのか?ゲオルグが……てめぇ、簡単な仕事だから大丈夫だと言っておいて、ゲオルグが死んだだと?
やったのはどこのどいつだ!?ヴァルハラ?なんだそりゃ。もういい!お前はそこで死ね!この糞間抜けが!!」
それだけ言うと通話を切り、怒りのまま拳を自分の机に叩きつけた。
髭の男の向かって右側の中年の男が話しかける。
「ボス、ゲオルグ坊っちゃんが——」
「ああ、俺の甥っ子がヴァルハラとか言う訳の分からねえ連中に殺されちまった……畜生が!
雇い主の北朝鮮の連中に、どう言えば良いんだ、ふざけやがって……エゴール、お前なら知っているか?」
「どこかで聞いた気はするんですが———」
うつ向くエゴール。
「それなら知ってますよ。」
そう言って立ち上がったのは、まだ20代後半に見える若い男だった。
「本当か?レフ。」
「ええ。ヴァルハラってのは、アイルランドにある民間軍事会社ですよ。
元々は第二次世界大戦直前に、アイルランド出身の貴族が移住先のフィンランドで作った民間の防衛組織でしてね。
戦争終結後に警備会社に。その後ソ連崩壊による冷戦の終結で、フィンランド政府と取り引きをしてアイルランドに本部は移転。今も支部はありますがね。
その後80年代末期に民間軍事会社に。要人警護や各国に兵隊の訓練をする教官となる隊員を派遣した り、身代金目的の人質救出作戦を展開したりで、大盛況。
ヴァルハラが初めて歴史の表舞台に立ったのが1991年に起きた湾岸戦争。
イラクのバグダッド市内で、フィンランド人とオランダ人、合わせて68人が人質に取られているホテルに侵入して、人質全員、作戦に参加した隊員30名も含めて死傷者ゼロで見事作戦成功。
あまりにも見事な手際が有名になり、以降各国からあまり表に出来ない様々な荒事も引き受けるようになったそうです。
噂じゃあアフガンでソ連軍と戦ったとも、こいつは厄介ですよ。相手はその道のプロだ。」
「クソッタレ!!エゴール、どうにかならねえのか?」
エゴールは少し沈黙した後、口を開いた。
「俺に良い考えがあります。任せてくださいボス。」
そう言うとエゴールの口元がにやけた。
「良い考え?どうするんだ。」
「ボス、ヴァレリーの奴は覚えてますか?」
「ヴァレリー?ああ、あの糞野郎か。
モスクワのド真ん中で派手にドンパチやりやがって、今思い出しても胸糞悪くなるぜ。
あの後警察や政治屋にいくら金を使ったか考えるとな。」
「奴にやらせます。」
「はぁ?お前、正気で言ってるのか?」
「はい。奴は元スペッツナズです。それに、奴の部下も皆元軍人揃い、うちのゴロツキどもよりは役に立つでしょう。
ヴァレリーの奴はクレムリンに戻りたがってましてね。
ロシアを追い出された後、ワルシャワで燻(くすぶ)ってて、何度も俺にロシアに戻れるよう、ボスに取りなして欲しいってメールでもうるさいんですよ。
上手く日本人を始末出来たらと条件を付ければ話しに乗るでしょう。」
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