第8話邂逅

 零士は目をつぶりながら、有香に初めて出会った頃の記憶を、疲れて消えつつある意識の中思い出す。

 10年前ポーランド。そのポーランドの首都ワルシャワに、俺は家族四人で住んでいた。


 俺が13歳の時、父親の仕事の都合で来てから2年の時が経過し、来週の土曜日には日本に帰る予定だった。

 最初ポーランドに引っ越すと父親に言われた時、俺は寝耳に水で正直嫌だった。ポーランドがどこにあるのかも当時の俺は知らなかったし、何より遠い異国での生活は不安だった。


 だが、実際に来てみると、ポーランドはヨーロッパの中でも比較的親日で、現地の日本人学校に通ってはいたものの、地元の人達は優しかった。



 また不安だった日本食は、近所に日本食の食材を扱うスーパーがあった事で、その日うちに消えた。ポーランドに進出している日本企業の社員と家族を当て込んでの事らしい。

 

 ここでなら、なんとかやって行けるのではと思った俺はポーランド人の友達を作りたいと考え、地元のサッカーチームに入った、そこで仲の良い友達も出来、いつしか2年過ぎたら日本に帰る事を忘れていた。

 そんなある日の朝、父親は俺と、まだ5歳の妹に来週の土曜日に日本に帰る事を伝えて来た。

 まだ日にちがあると思っていた俺はあせったが、妹の方は喜んでいる。


 日本人学校やサッカーチームの友達に、日本に帰る事をどう伝えるか考えてる間に、学校のその日の授業も終わり、俺は家に帰る途中もずっとその事ばかり考えていた。

 メインストリートから郵便局の角を曲がり、直線で200メートル程自転車で走った先に、俺の家が見えて来る。いつも通りの帰り道。


 だが、この日は少し様子が違った。普段車など止まっていない家の前に、見馴れない黒い車が止まっている。


 「どこの車だろう?これじゃあ、うちの車を車庫から出せないじゃん。母さんまだ帰って来てないのかな?」


母親はママ友同士で、よく買い物に出かけていた。俺は玄関のドアに手をかける...ドアに鍵はかかっていない。


           *

 「母さん鍵かけるの忘れて行ったのかよ。またお父さんに怒られるのに。お父さんには黙っておくしかないな。」


 ドアを開けると、俺は直ぐに異変に気付いた。玄関を真っ直ぐ行とリビングになっており、二階に続く階段も、玄関から左側に直ぐ上がれる位置にある。


 リビングのドアは半分開いていて、誰か居るようだ、だが母さんの声じゃない。

複数の男の声がする。

 俺は父親が珍しく会社の現地社員の人を、家に招いているのかと思い、そのままリビングに入った。


「お父さんただいまー。」


 だが、そこに居たのは、見た事のない大柄の3人男達だった

 リビングの中は、右端がカウンターキッチンになっていて、カウンターを挟んでテーブルがあり、その奥にテレビが置いてある。

 俺から見て、キッチンの中に黒いスエット姿でデニムの男。


 俺の目の前には緑色のスーツ姿にサングラスをかけた金髪の男が、リビング中央のテーブルに腰掛けている。

 最後の一人はテレビ台の下を探っている、青いフライトジャケットにデニムの男。

スーツ姿の男は携帯電話でなにか話していた。多分ロシア語だった思う。

 俺に気付いた男は、一瞬、あっ?と言った表情をするも、また携帯での会話を続けていた。



 俺は、こいつら泥棒だと思い後退あとずさりする。しかし、後退りする俺は、直ぐに絶望的な情況になった。

 俺は後ろから左の肩を何者かに捕まれてしまう。振り向くと、そこには高級そうなダークブルーのスーツを着た小太りの男が立っていた。

 男の表情はけわしい。

もう逃げる事も出来ない。

 俺は殺されると確信する。今までに味わった事の無い恐怖で、俺の脚は既に小刻こぎざみに震えていた。


 スーツ姿の男が、キッチン居る黒スエット男に話し掛ける。

 なにを話しているか解らないが、黒スエット姿の男は、嫌そうな顔をしながら、左のふところからトゥーラ設計局のGsh-18ハンドガンを取り出す。

 俺は小太りの男に左肩を捕まれたままで、あまりの恐怖になにも喋る事が出来ず、ガタガタ震える事しか出来なかった。


           *

(こんな訳の解らない奴等に殺されるのか?お父さん...お母さん...無理だ...誰も助けになんか来ない。来ても殺されるだけだ。)


 叫んだ所で、直ぐ拳銃の引き金を引かれるだけと思い、俺は覚悟を決めて目をつぶった

 だが、目を瞑った次の瞬間、誰がかリビングに飛び込んで来た。

 俺は何事かと瞑った目を開ける。


 そこに飛び込んで来たのは、髪をポニーテールにして、ドイツのヘッケラー&コッホ社製拳銃USPを両手で握った女性だった。

 その女性は、次々に男達を握っている銃USPで撃ち抜く。

[バシュッ、バシュッ、バシュッ]


 サイレンサーと呼ばれる消音機を装着しているせいで音は小さい。

 最初は拳銃を持った黒スエットの男の頭部を、次にフライトジャケットの男、その次は何事かと振り向こうとした小太りの男を。

 男達はなにも抵抗もできず、あっという間に女性に頭部を撃ち抜かれて次々と倒れた。

 最後にスーツの男はイタリア製のベレッタ92Fを抜こうとするも、その銃を撃たれてはじかれた上に、右大腿部だいたいぶを撃ち抜かれてあっさり倒れた。

 俺は、あまりに一瞬の出来事に口をポカーンと開けたままだった。


だが、男達が全員倒されたのを見て、助かったと安堵あんどした。

女性は、今度は俺に話し掛けて来る。


「君が零士君ね。大丈夫?怪我とか無い?」


 優しい感じの声に、この人は味方だ、大丈夫と安心したのか俺はぎこちないが笑顔で答えた。

「は、はい。大丈夫です。」


「そっ。良かった。私は、貴方のお父さんに依頼をされて、貴方達家族の保護を頼まれた者よ、安心して。

 事情は車の中で説明するから、10分で荷物をまとめて此所ここを出るわよ。

 お父さんから、荷物をまとめとくよう言われていたでしょ?急いでね。」


 それだけ言うと、女性は倒れているスーツの男にロシア語でなにか話した後、リビングを出ようとする。俺は慌てて彼女の後を追った。

 

 リビングを出ると、女性の仲間と思われる男達が二人、アメリカ、ブッシュマスター社製マグプルマサダ自動小銃をかまえて立っている。日本人と思われる男が、女性に話し掛けて来た。


       

「流石お嬢だ、俺達の出番は無かったな。その子が例の坊やか。宜しくな」


 ノリの軽い男だが、顔は均整きんせいが取れていて、口とあごに髭がある。

 男の渋い声には、妙な安心感があった。


「あ、はい。宜しくお願いします。」


 「時間がないわ。急いでちょうだいゲンさん。この子と一緒に2階に上がって、荷物を取って来て。

 ハンスは母親のをお願い。私は妹さんのに荷物を出してから、車を回すは。」


「分かった。ハンス来てくれ。」


 言われるままに俺は彼女の仲間と、用意してあった荷物を部屋から引っ張り出す。

 考えてみたら、父さんはこうなる事を知っていたのかもしれない。


 思い出が沢山詰まった部屋。本当なら、もっと色々持って行きたい———

 選んでいると、さっきの女性の仲間、ゲンと呼ばれた人が話し掛けて来た。


        

「気持ちは分かるが、ゲーム機とかは、あきらめてくれ。日本帰れば、また買えるだろ?こっちはもう用意出来てるぜ。」


「ああ、はい。」


本当はサッカーチームの時の写真を探していたんだけど。もう時間がないみたいだ。

俺は持てるだけの荷物を持って急いだ。

家の前は青いアメリカ製のワンボックスカーが止まっている。中に入ると、俺を助けてくれた女性が誰かに携帯で話をしている。


荷物乗せ、全員乗り込むと彼女は携帯を切り、運転席のハンスと呼んでいた男に話し掛けた。


「さぁ、さっさと此所を離れましょう。」


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