第7話報い

「ひとみちゃんかー。良い名前だね。じゃあ、そのオススメの場所はどこだい?」


 新堀が尋ねると、彩はタブレットPCをバックから取り出して、新お台場の埠頭を新堀に伝えた。画面を見る新堀。


「へー、確かにここなら誰も来ないな。ひとみちゃん凄いね。普段使ってるんじゃないの?」


 新堀が聞くと彩はおどけて見せた。

そして彩はホテルを出る直前サングラスを掛ける。


「あの、サンシェード下げて良いですか?車のライトまぶしいの苦手で。」


「ああ、良いよ。」



車で移動中、彩はタブレットPCを見ながら指示を出したり、化粧を直したりと、落ち着きがない。


(なんだ?緊張してるのか?まぁ、別に良いか。)


 新堀の車は人気の無い倉庫街に入ると、彩が指定した場所に付く、新堀は車を止めて、直ぐ様、彩の左の太腿ふとももに手を置く。


「最初からその気だったんだろ?」


新堀は自分のシートベルトを外して彩の脚に触れ、更に彩の胸に手を回した。


(我慢我慢、後少しの辛抱。頑張れ私。)


 彩もシートベルトを外して、手持ちのバックから何かを取り出し、両手を新堀の頭に回す。その時、新堀は首の後ろに何かの感触を受けた。


「ん?まぁ、良いか。」


新堀の首に両手を回したまま、彩はチラリと時計に目をやる。


「新堀さんて本当に凄いんですね。今日はその—私、芸能会の事を——その代わりに——」


はチラチラと新堀の目を見る。

新堀は笑顔になり。


「ああ、分かっているさ。任せてくれよ。だから、ね。」


「はい。あの、ドラマとかも良いんですけど、それでその……売れたら映画をお願いします。」


「ははははは。心得ているよ。チャッカりしてるな瞳ちゃんは。」


         *

新堀はなにかの違和感を感じつつも、彩の服を脱がそうとする。

が、なかなか上手くいかない。

次第に新堀は、自身の身体に感じていた違和感が、更に大きくなっている事に気付

く。


「可笑しいな。なんだか急に指に力がは、入らないんだ。飲み過ぎたかな?」


「大丈夫ですか?顔色も良くないですよ。」


新堀は身体全体に力が思うように入らない事に、次第にあせり始める。


「あれ?やっぱりおかしいな。」


彩は新堀の身体の異常を確認すると、車のクラクションを小さく押す。彩の突然の行動に新堀は驚く。


「なんでクラクションを押すんだい?」


「何故って?そろそろ頃合いかと思ったからよ。」


「頃合い?」

          *

 新堀が不審そうな目で彩を見ていると、さらにヘッドライトを点ける。 

 するとヘッドライトが照らす先から、ダイビングスーツ姿の男が一人現れた。

 直ぐにライトを消す彩。新堀の表情が固まる。そして大声で怒鳴った。


「どう言う事だ?!どうなってるんだよ!お前!……?」


「あら?まだ口が動くの?けっこう強い薬なんだけど。」


「薬?だそ…ふぁ…」


新堀は喋る事も段々上手く出来ない事に恐怖を感じていた。


「なんで自分がこんな目に合うか解らないって表情ね。教えてあげる。

 あんた、3ヶ月前にこの女の子の命を奪ったでしょ?これはその敵討ちよ。」



 彩はそう言うと、山岡の娘の瞳の写真を新堀に見せる。この時の為に山岡から借りてきた物だ。

 やっと理解したようだが、もう上手く身体を動かせないようだ。



「あんたに打った薬は、オランダで安楽

死用に使われている薬なの。痛みも苦しくもないけど、打たれた相手の命を確実に奪うわ。あの世で、瞳さんにびを入れて来る事ね。

 もっとも、あなたの場合は被害者の瞳さんと違って地獄だから無理でしょうけど。」


そう言うと彩は車から降りた。


 入れ替わりにダイビングスーツ姿の男が入って来る。零士だ。零士は一言も喋らず、新堀をシートベルトで固定する。


 そしてワインボトルを新堀の口に突っ込み、鼻をまんで半分以上強引に飲ませた後、ワインボトルをブレーキペダルの間に入れた。

 それから窓を開けた後、サイドブレーキを倒し、新堀の身体にしがみつきながら思いっきりアクセルを踏み込む。

 新堀の車、青のブラスカ.バティーニは急発進して、そのまま海に飛び込んだ。


[バシャーン!ゴポゴポゴポ……]



 新堀は驚愕の表情のままだ。

零士は車の窓から新堀の顔を見る事なく脱出し、そのまま水面に浮上する。

 そこには彩が手を伸ばして待っていた。


「ご苦労様。さぁ、さっさとここを離れましょう。」

          *

 彩に引き上げられた後、零士は来ていたダイビングスーツを脱ぎ、自分が乗って来た車に乗り込む。すでに彩が運転席に座っていた。


「彩、あの薬効きが悪いのか?新堀の奴はまだ生きてるぞ。」


「あれで良いの。あのまま徐々に脳や神経が麻痺して、思い通りに身体を動かせなくなる。やがて心臓も止まるの。

 あの男は生に執着しゅうちゃくするタイプだから、指1本動かせない、ジワジワと迫る死の恐怖を味わって死ぬのよ。

 あの高級車が棺桶になるなら、本人も満足でしょ。そう思わない?」


楽しそうに話す彩を見ながら、思わず零士は呟く。


「やっぱお前って恐ろしいは。怒らせないように気を付けるよ。」


「ふふっ、そうした方が良いかもね。さっ、帰るとしますか。」


「ああ。」


二人を乗せた車は発進する。車の中でゲンに、古いガラケーから連絡を入れる零士。


「ゲンさんか?俺だ。仕事は終わったよ。氷室に伝えておいてくれ。」


「おう。そうか、早かったな。それとな、さっきトッテンの親っさんから、メールじゃなく、スカイトークで連絡が来たぜ。

 なんでも、ヴァルハラにチョイチョイちょっかいを出していた連中が分かったそうだ。

 そいつらは、ロシアで暗躍している組織みたいなんだが——」


ゲンがそこまで話した所で、零士が話を切ろうとする。


「ゲンさん。俺はもうヴァルハラの一員じゃないんだぜ?昔の仲間の事は確かに気になるが、まさか助けにアイルランドまで行けって言うのか?」


「そうか....。まぁ、そりゃそうだな。すまん。つい昔の癖でな。

分かった。志村には伝えておく。ご苦労様。ゆったり休んでくれ。」


「ああ。良いんだよ。それじゃ。」


         *

携帯を切ると、零士は目をつぶった。

しばらくして、眠りかけた所で、零士は彩に起こされる。


「零士、眠ったの?家に着いたよ。」


「ああ。大丈夫だ。また連絡する。」


 それだけ言うと零士は車を降りて、自宅マンションに入った。

 部屋に戻った零士はシャワーを浴び、自分のベットに倒れ込んだ。


「有香さんが居てくれたら、今の俺を見てどう思うだろうな———」

零士は、有香と初めて会った時の事を思い出す。やがて意識が深く沈んで行く。



つづく。

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