第5話仲間


 彩の運転する車は、零士のマンションには戻らず。仲間であるゲンの居る、大田区の工場街に向かった。一見どこにでもありそうな中小企業の町工場群。

 

 その中でも、一際ひときわ古そうな工場の前に車を停める。

 零士と彩は車から降り、零士は工場のインターホンのボタンを、天井に付いている監視カメラを見ながら押す。するとインターホンのマイクから低い男の声が聞こえて来た。


「おう、零士に彩か。そろそろ来る頃だと思ってたぞ。今ロックを外すから入ってくれ。」


 男の方もれているようだ。

工場はコンクリート作りで、見た目はボロく見えるが、中は以外と広く、幅は約10メートル奥まで40メートルくらいはある。

 

入口から少し入ると、真ん中に幅2メートルほどの通路を挟んで大型工作機械が両側に2台づつ並んでおり、それが更に3メートル程の空間をとって12台6列に並んでいる。


 置かれている工作機械はどれも高性能で有名な物ばかりで、中には1台で1億以上する物まであり、稼働しているようだ。


 明らかに下町の町工場には不釣り合いな物ばかりだった。


通路の奥から見た目が40代前半の、口回りに髭をたくわえた男が姿を現す。


「よお、待ってたぜ。で、今回はなにを用意するんだ?」


 現れた男は、髪の毛はボサボサで、着ている白の上下作業服は至るところが汚れていた。

 男の名前は源啓一みなもと.けいいち

零士が初めて有香に出会った10年程前からの付き合いで、零士も彩もミナモトではなく、ゲンさんと呼んでいる。その方がゲンさん自身も良いらしい。


「ああゲンさん。今日は、彩の方が用があるみたいなんだ。」


零士は親指で彩を指す。


「ん?彩の方がか。3ヶ月ぶりだが、大丈夫なのか?」


少し意外そうな顔で、ゲンは彩を見やる。


「ええ、今回は、どうしても私が始末したい相手なの。ゲンさん。用意して欲しい物があってね。」


 そう言うと、彩はてのひらサイズのメモ帳を取り出して、なにかを書き込み始め。

「これなんだけど、直ぐ用意出来るかな?」


 書き込んだ一部をメモ帳から切り離し、ゲンに渡す。アナログだが、ゲンの方で記録を取り終えると、直ぐ他の書類等と一緒に処分される。つまり、やり取り事態を極力残さないやり方だ。依頼品の記録自体も、引き渡しできる段階で消去される。



「あー、これか。1週間待ってくれるか?ロシアルートが今使えないんだわ。すまないな。」



「1週間?ずいぶん待つのね。前は3日くらいで用意出来たのに。」



「すまないな。取引先が2ヶ月半くらい前から、何故か連絡を取れない状況でな。

 向こうはマフィア崩れだから、敵対相

手につぶされたか、サツの手入れを受けたのかもな。今使えるのはシンガポール経由なんだが、ヴァルハラの時と違って付き合いが浅くてな。どうしても時間が掛かるんだ。」


「ヴァルハラか、久しぶりに聞いたな。今はどうしてるんだろうな?

要人護衛任務で有香さんや隊の皆と一緒にアイルランドを出て日本に来てからは、ゲンさん以外とは会話に出ないし、トッテンのオッサンは元気にしてるのか?」


ゲンは笑顔にで答えた。


「ああ、まだ訓練生をシゴイテいるよ。最近の奴は根性無しばかりだとなげいていたな。

 日本に来てからあまり連絡を取ってないんだろ?

たまには声を聞かせてやったらどうだ?今でも昔話になると、有香とお前に彩の名前が出てくるぜ。」


「....そうだな。考えておくよ。」


 二人のやり取りが終わったのを見た彩は。


「もう良いかしら?分かったはゲンさん。それでも良いからお願い。零士。私達は新堀の行動を監視しましょう。」


「ああ、しかし、この依頼品はなんだ?」


「これ?これは薬。あのクズ男に、一番相応ふさわしい終わり方を用意してあげるの。」


 彩の言葉を聞いてゲンが不思議そうな顔になる。そして零士のほうは、薬を使うと言う彩に、殺害方法がリスキーではないかと一瞬考えた、だが。

 こいつが間違った事はないから大丈夫か、と思い。あえて口には出さなかった。

 ゲンの方はと言うと。



「どんな相手か知らないが、彩の話している途中の表情は、チョッと恐かったぞ。だが、この薬だと、あんまり苦しまないぜ。良いのか?」



「この薬が良いの。私に考えがあるから。じゃ、お願い。」



「分かった。届いたら連絡するよ。」



「じゃなゲンさん。」



「零士、地下で射撃の練習をして行かないのか?」


「やめておくよ。気分じゃないんだ。」



「あまりサボると、腕が鈍るぞ。まぁ、銃が使える仕事は滅多に無いけどよ。最近は氷室も来ないからな。」



「サネは忙しいから無理だろう。じゃあ、頼んだぜ。」


「ああ、またな。」


 ゲンとのやり取りを終えて、二人は帰路にく。

 車の中で零士は新堀の事、そしてヴァルハラの事ついて語り出した。


「クズ男に相応しい最後か、まぁ、お前に任せるさ。しかしゲンさんもゲンさんだな。

 ヴァルハラに居た頃の気持ちがまだ抜けきれてないか。今はヤクザお抱えの殺し屋をしているなんて、ヴァルハラの皆に言えないしな。

 正直思い出さない日はないけどさ、嘘をつき続けるのもな——。(一瞬彩をみる)

 

まぁ、俺も人の事は言えないけどさ。トッテンのオッサンは、もう60近いだろうし、ドミニク隊長にロウ、ヴァルハラを抜けたミハイル、みんな元気かな?彩はリヴさんに会いたいんじゃないか?」


「薬の意味は新堀を始末する時に解るわ。そうね、私はウルが気になるかな?リヴさんは有香さんに隠れて訓練する私を見てくれたけど、そんなに会いたくないかな?厳しかったし。」


零士は表情を変えず。


「それ聞いたらリヴさん悲しむぞ。あー、ウルスラか、あいつは何も変わらない気がするけどな。」



「だって本当の事だし。ウルも良い女になってるかもね。それで零士。あんたヴァルハラでは1番有香さんに認められてたんでしょ?

なのに有香さんと私が出会う前の事は、ほとど話してくれないし。私と出会うの有香さんは、どんな感じだったの?いい加減教えてよ。」


「優しい人だったよ。恐い時は本当に恐かったけどな。でも、あの人が居なかったら、俺とお前も そうだが、妹も生きてない。だから今でも夢に出てくるし、感謝しているよ。」



「私も最初の出会いが衝撃的だった。

だから最初は凄い恐い人って印象しかなかった。でも、そうね、零士の言う通り有香さんが居なかったら私は死んでた。だから私も感謝している。今でも生きてるんじゃないかなって。あんな事で死ぬような人には思えないし。」


会話の中、零士はふと思った。

(自分が無理に有香さんに着いて来なければって言わなくなっただけ、彩も成長したって事か…)


「そうだな。俺もそう思うよ。お互い衝撃的な出会いをしているんだよな。

もっとも、普通に生活していたらあの人と関わりをもつなんてないし、出会いは必然だったのかもな。」


 そんなやり取りをしながら、二人はアジトにしているマンションに着く。

マンションに着いた二人は打ち合わせを始め

た。


「彩、必要な物は他にあるのか?」


「ええ、そうね。服は考えている物があるし——あ、ダイビングスーツを1着用意しといて、零士。」


「ダイビングスーツ?それをどうするんだ。」


「貴方が着るの。ちゃんと説明するから聞いて。」


つづく。

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