第4話分岐点

 しばしの沈黙の後一呼吸置き、零士は山岡の方を向いて答えた。


「分かった。あんたの依頼を引き受けよう。」


 この言葉に山岡はスッと立ち上がり、そこで初めて零士と顔を向き合わせる。

「本当ですか!?ありがとうございます!お願いします!娘の、瞳の無念を晴らしてください!」


 

それまでの重苦しい空気は幾分いくぶんやわらいだ。

 氷室も笑顔になっている。



「いや~、ありがとうキリちゃん!まぁ、キリちゃんなら引き受けてくれると信じてたけどね!」



「で、今その新堀に関する情報はどうなっているんだ?奴の行動パターンを含めて詳しく知りたいんだが。」


氷室は待ってましたとばかりに。


 「こいつは確かに社長ではあるんだが、学校は全て父親の木下のコネ、なんの苦労もなく入っている。

 真面目に勉強して受験している学生からしたら、これだけでも頭に来る奴なんだが、大学に入っても相変わらずでな、就職も覚束おぼつかないと、木下がヴィーナススターをこしらえてやったのさ。

 経営に関しては、常務の松平と秘書の大家おおやに丸投げ、普段は会社には居ないで遊び回ってるよ。」



「真正のクズって訳か、政治家を目指さなくて幸いだったな。この国にとっては———」


 「毎週土曜の深夜にやってるパーティーは、今は月1まで減っている。木下に怒られたんだろうな。だが、気に入った所属タレントに飽きたらず、素人にも手を出している。

 木下がバックに居るから大丈夫だと信じているんだろう。実際山岡さんの娘さんも、警察はろくに調べずに、突然の心臓発作と片付けている。あきれたもんだ。」


 氷室はそう言うと、肩をすくめた。


「奴がパーティーをやるのは月末か月初の土曜日、六本木の高級ホテル、グランティアーナ東京。そこの最上級スイートが、奴の今のお気に入りだ。

 奴はパーティーの後にホテルの高級バー、フレイアで飲んでいる。

 まぁ、奴に飲酒運転でキップを切れる度胸のある警官は居ないだろうからな。

 車はイタリア製の高級車、青のブラスカ.バティーニ、ナンバーは1121。

 奴の誕生日にちなんでいるらしい。大体パーティーを楽しんだ後、深夜1時には一人でフレイアに姿を現す事は確認済みだ。」


「分かった。ボディーガードみたいなのは居ないんだな?」


氷室は小さくうなずく。


「ああ、いつも一人だ。バーで更に気に入った子を物色する事もある、お盛んな事だな。

 だが、奴がヴィーナススターの経営者である事は有名だからな、中には、わざわざ声をかけてもらうためにフレイアに来る女も居るくらいだ。呆れるやら関心するやら。次回のパーティーは2月1日だ。」


 氷室の説明を聞いた零士は、今度は山岡に向かって話す。


「次回のパーティーの日に依頼を済ませる。2月中には奴の最後を、あんたはTVで確認できるだろう。」


 零士が話し終えると、山岡は感謝の言葉を述べた。

「あ、あありがとうございます!ありがとうございます!後はお任せします。どうかお願いします!」


 会話を終えると零士はオフィスから出ようと氷室と山岡に背を向けて歩き出した。

 氷室の部下達は無言のままだ。

構わずドアを開けてオフィスの外に出ると氷室が追い掛けて来た。


「キリちゃんよ、彩ちゃんはどうしてるんだ?もう3ヶ月は顔見てないんだけどよ。」


 零士はこうなる事を予想していたのか、呆れた表情になる。


「サネ、お前なんか彩を怒らせるような事をしたのか?お前の話をすると、決まって不機嫌になるだけどな。」


 氷室はとぼけた表情になるが、どうやら身に覚えがあるらしい。

 零士と氷室は、二人きりになるとお互いの愛称で呼び合う。零士は父親の仕事の都合で海外に12歳で移住したため、日本に戻るまで疎遠そえんだったが、二人は零士が小学1生の頃からの幼馴染だ。


 お互い実力で生き抜いて来た自負があり、それを互いに認めあっていた。

 ヴァルハラの任務で帰国した後、横浜で襲撃を受け負傷した零士とゲンを助けてくれたのは、当時横浜の龍星会若手構成員の氷室だった。


 氷室は髪が金髪で見た目はまるでホストのようだが、竜星会の荒事や裏の仕事を進んで引き受ける事で、まだ28と零士より3つ上にもかかわらず、構成員3000人準構成員1200人を超える竜星会の中で序列8位と、若手の中では間違いなくトップの実力者だ。

 更に横浜にある赤龍会、構成員300人の組長もつとめている。


「あー、まぁ、そのなんだ、個人的に仲よくやろうとしただけだ。」


氷室の表情に零士は思わず吹き出してしまう。


「ははっ、彩は軽いノリが嫌いだからな。会う度にそうしてたんじゃないのか?何回か注意されたのに聞かなかったんだろう。」


零士は破顔する。

 「彩にはお前が反省していたと伝えておくよ。確かホストも嫌いだと言ってたな。イメチェンしたらどうだ。」


「まじか?そうか彩ちゃんチャラいの嫌いなのか。もっと早く教えてくれよ。半年この格好だったぜ。変えようかな。」


「そうしろ。じゃあな、また連絡する。」


 そう言うと氷室に背を向けてエレベーターに向かう。エレベーターの中で彩に連絡を入れた。


「彩、俺だ。話しは着いたから拾いに来てくれ。」


「分かったわ。10分待って。」


彩らしく10分程すると東亜ビルの前に彩の車が着く。車に乗り込む零士。


「で、今回はどんな依頼なの?」

「ああ、こいつだ。」


 零士は胸のポケットに閉まっていた新堀の写真を取り出し、彩はそれを零士から受け取ると車を発進させた。


「なんかチャラそうな感じね。」


彩は数秒写真を見ただけで零士に返す。


「ああ、実際見た目通りの奴さ。この男はな——」


零士は新堀について説明を一通、話の途中から彩の表情がけわしくなった。

「父親の木下と名字が違うのは、母方の姓な訳ね。……なるほど、女の敵な訳だ。久し振りにいらついたわ。この子の家族も悲しいでしょうね。」


「……そうだな。」


 彩の反応は零士にとって予想していた通りだった。女性なら新堀を許す事は出来ないだろう。そして、次の彩の言葉も、零士は大体予想していた。


「ねえ、この男の始末、私にやらせてくれない?」


零士は彩を一瞥いちべつすると。直ぐうなずく。


「そう言うと思ってたよ。で、方法はどうするんだ?」


「うん。ゲンさんの所に寄ってく。この新堀って男に相応しい最後を思い付いたから。」


少し口元がにやける彩に、零士は嫌な感じを受けるのだった。


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