第3話慟哭

 

 山岡は用意された椅子に腰掛けるとうつ向いたままになり、不思議な静寂せいじゃくが部屋を包んだ。

 すると動かない山岡に氷室の表情がかわり、山岡に仕事の件をうながす。



「あの~山岡さん。うちの始末人に、誰の始末を依頼するのか見てもらわないと行けません。例の写真を持って来てますよね?お願いします。」



 山岡は服の左ポケットから、1枚の写真を取り出して、うつ向いたまま無言で零士に差し出した。



 写真には、どこかの高級クラブらしき店内で、高級そうなダークブルーのスーツを着て日焼けした金髪の男が、シャンパンタワーを前に、周りをこれまた高級そうなドレスを着飾った女性に囲まれ、笑顔でピースサインをしていた。

 その写真を見た零士は、見覚えのある男だと気付く。



(こいつは確か、大手芸能プロの社長をしている男だったな。いや、問題はそこじゃない……)



 零士は山岡ではなく、氷室の方を見る。氷室も零士がなにを言おうとしているのか察したのか、零士に近づく。

 零士の左脇に前を向いたまま並ぶと、零士の左肩に左手を置き語り出した。



「キリちゃんの言いたい事は分かるよ。

この写真に写っている男は、今の政権与党自由共和党と連立政権を組む、労働平和党の幹事長、木下学きのした.まなぶの息子なんじゃないのか?こんな大物の親族を消して大丈夫なのか、だろ?」



 零士は氷室を見ず答える。


「ああ。」


 それを聞いた氷室は左肩から手を離し、くるりと右から振り向くと零士と同じ向きになり、さらに言葉を続けた。


「それなら心配は要らない。もうこの件に関しては話が着いている。だから引き受けてくれ。親父かいちょうも了解済みだ。」



軽い感じで答える氷室に対して向けられる零士の視線には、不審の色がにじむ。


「話が着いているだと?労平党の実質ナンバースリーの木下の息子だぞ?今までも政治絡みはあったが、こいつは格が違うんじゃないのか?」



「そうだな、2年前なら無理だったろうな。だが、今は情勢も変化してるって事さ、心配は要らない。連中の権力もおとろえたって事だよ。あとは察してくれ。」



 政治その物には興味は無かったが、消した後の事を考えれば身に危険が及ぶ可能性は大きい。零士はけわしい表情になってゆく。


 その時、氷室と零士のやり取り黙って聞いていた山岡が急に大声を挙げた。


「うああああー!わ、わた、私のむ.....むむ娘を殺したに、にに新堀の糞野郎をおおお殺してください!!お願いしますうううぅぅぅぅーーーー!」



それは、TVドラマや映画で俳優が見せる演技染みた物ではなく、心の底から絞り出した、魂の叫び声のように部屋中に響き渡った。



 零士と氷室もそうだが、それまで自分達には関係ないと談笑していた氷室の部下達も、思わず全員が山岡に視線を向けてしまう程に。

 山岡はそれだけ言うと椅子に崩れるように座り込み慟哭どうこくする。


「うーうーうぐぐ……うああああ……」


「やれやれ。これはまいったな。」


 

氷室は自分のひたいに手を当てて天をあおぐようなポーズを見せ、零士をチラリと見るが、零士の方はお前がなんとかしろと言いたげな目だ。



 氷室は観念して山岡に新堀に付いての説明をうながすと、5分ほどして山岡は落ち着いて来たのか、ゆっくりと口を開く。




「……わ、私の娘は、ま、まだ20になったばかりでした。名前はひとみと言います。千葉から東京の私立の大学に行きたいと必死になって勉強して、その私立大学に現役合格したんです。

 私も妻も瞳も、瞳の妹の由佳理ゆかりも一緒になって大変喜びました。



 合格して入った大学で中学時代の仲の良かった友人と再会したのですが、その友人が新堀が経営している芸能プロダクション、ヴィーナススターに所属するタレントだったんです。


 親の私が言うのもなんですが、瞳はとても可愛い子で、その瞳の友人は、自分が所属するヴィーナススターに入らないかと瞳を誘ってらしいのですが、しかし、瞳は別にやりたかった事が、夢があったんです。

 服のデザイナーになる夢が。


 だから断っていたのですが、また一緒の学校だからと、その友人の女の子とは一緒に遊びに行ったり仲よくしていました。


 ところが、その友人の女の子が娘とデイスティニーランドに行った時に写したスマホの写メをは新堀が見たらしく、娘を、瞳をヴィーナススターに引き込むよう指示を出していたみたいなんです。



 後から分かった話しですが、新堀は自身が経営するヴィーナススターのタレントに手を出していました。

 気に入った子を人気TV番組や、映画や雑誌に出演させる代わりに、自分のいいようにしていたんです。」


 山岡の言葉に、オフィス全体が重苦しい空気に支配されて行く。



「さらに新堀は、危険薬物にも手を出していました。所属する女性タレントに使っていたんです。

 中には薬物による拒絶反応で入院した女性も居ましたが、父親の木下が全て手を回して握りつぶしていました。


 新堀は娘の友人に、連れてこなければ予定していたTV番組のレギュラーの話しは無しだと脅していたらしく、自身が開く六本木の高級ホテルで、土曜の深夜に開かれるパーティーに来る人気ダンスユニットの名前を出せば来る筈だと、必ず連れて来いと言ったそうです。

 娘は、そのダンスユニットに所属する高野と言う男の大ファンでした。」




 山岡がここまで話したところで零士は何となく察した。

「そのパーティーに連れて来られて、薬物を盛られた訳か。」



「はい。貴女が来てくれなければ、仕事を失ってしまうと娘は言われたそうなんです。

優しい子でしたから、高野に会える事よりも、友人の為に行ったんです。

 あの日、行かないと沙知絵さちえが可哀想だから、直ぐ戻るから行って来るね。

これが、娘と最後の会話になってしまいました。あの時止めていれば———」



 オフィスの中の空気が更に重くなる。

氷室も部下達も一言も喋らないが表情は険しい。断れない空気が醸成じょうせいされて行くのを零士は感じていた。

 目をつぶり、少しの間考える零士。



 (氷室は大丈夫だと言うが、正直何が起こるか解らない。だが、断るのも難しいな……。

 彩が聞いたらその場で引き受けると言うだろうが……家族の命を奪われる喪失感、法で裁かれない特権階級……今までも無かった依頼じゃない……)



つづく。

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